漁夫の利
オイラート軍、動く。
ハカーマニシュ国内に放っていた密偵の報告を受け、イスファーンとファルザームは祝杯をあげた。
ハカーマニシュ王国内の貴族や将軍たちに兵を挙げさせ、トゥーラーン連合軍を分散させる。それが当初の策だ。しかし、実際に二人が仕掛けたのは、順序を逆にした策であった。
「ハカーマニシュ国内には、スーサ以外にも豊かな地が数多くある。しかし、エリマイスはそれをオイラートに隠し、利益をヒュルカニアと山分けにしようとしている。その証拠にヒュルカニアはパルティアに向けて動き出したではないか」
このような噂が、いつしかオイラートの一般兵の間で囁かれた。やがて士官の知るところとなり、ついには族長たちの耳に入った。バハードゥルをはじめとする族長たちはざわめき、驚愕し、憤慨した。エリマイス王を問い詰めても、あの曲者は言を左右にして逃れようとするだろうとの結論に至り、彼らは無断でスーサを出た。
動き出したオイラート軍をハカーマニシュ軍残党は放ってはおかないだろう。敵が小規模に分散していれば積極的に攻撃し、多数であっても向かってくれば迎撃する。特に貴族は先祖代々の領地を死に物狂いで守ろうとするだろう。当然、ハカーマニシュ人にもオイラート人にも被害が出る。
それこそが、イスファーンとファルザームの狙いだった。
オイラート軍は無論彼らの敵であり、その出血は望ましい。バハードゥルが戦死でもしてくれれば、二杯目の祝杯をあげるところだ。
一方のハカーマニシュ軍は表面的には彼らの味方だ。しかし、同じ勢力に属しているとはいえ結局は他の国家だ。特にハカーマニシュ人とその属国の人間は必ずしも良好な関係にあるとは言えなかった。ハカーマニシュ人は程度の差はあれど属国の民を下に見ており、そんなハカーマニシュ人に反感を抱く属国の人間も少なくなかった。特に上流階級ではそれが顕著であり、ハカーマニシュ貴族が戦死あるいは力を弱めることは、イスファーンらにとって都合がよかった。弱体化した貴族たちは属国の力がなければ生き延びることができず、カリアやパルティアが主導権を握ることができるだろう。まさに一石二鳥、漁夫の利の策である。
また、彼ら属国の軍勢が動かない口実も存在していた。聖鍵軍である。彼らがいる限り、カリアやパルティアは引き上げる訳にはいかない。当初、聖鍵軍にも工作員を送り込み内部分裂を誘発する予定だったが、残した方が都合が良いとの判断からそのまま捨て置かれた。いや、実は聖鍵軍にも手は伸びている。ファルザームは時至ればすぐに動けるよう、既に手は打っていた。
「しかしイスファンディヤール王子、貴公も案外人が悪いな」
「陛下こそ」
二人は低く笑い合った。
天の時を得たと自称するエリマイス王カユーマルスも、この時はファルザームとイスファーンの手の上で踊らされていたのである。
だが、策士といえど全てを見通すことなどできようはずもない。そんなことができればそれは最早人間ではない。
遠く南方のハマト王国から驚くべき情報がもたらされた。それはカユーマルスどころか、ファルザーム、イスファーンの思惑をも揺るがすものであった。




