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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
再興編
10/55

ハマト遠征

カユーマルス王は頭を悩ませていた。軍勢の配分についてである。


俗に「トゥーラーン連合軍」と呼ばれる軍勢は18万の兵力を数えた。トゥーラーンのエリマイス軍3万5000、オイラート軍7万。ハカーマニシュ王国の属国だったヒュルカニア軍2万、アレイヴァ軍1万5000。それに、アレイヴァやハカーマニシュから奪った資金でかき集めた傭兵が4万。十分に大軍と呼べる規模ではあったが、敵の兵力を考えれば決して安心はできなかった。


ハカーマニシュ王国軍残党は、少なくとも15万は残っていると思われる。これに、カリア軍5万、パルティア軍の生き残り3万、ダルダニア軍2万、ハマト軍2万が加われば総兵力は27万。当初よりは数段ましではあるが、未だに9万もの差があった。


この差は初めからわかっていたことだ。だからこそ、ハカーマニシュ王族を根絶やしにする必要があったのだ。王都という最重要拠点を押さえ、団結の核となる王族を消滅させる。何度も繰り返すように、これが達成できなければ勝利とは言えなかった。それどころか、敗北への最初の一歩と言ってもいい程だ。


だが、現実にトゥーラーン連合軍は失敗した。ナスリーン王女を取り逃がしてしまったのだ。この失態は今からでも取り戻さねばならない。しかし王女は既にハカーマニシュ王国内にはおらず、ハマト王国の保護下に置かれている。ハマトは比較的小国とはいえ2万の兵を有しており、優秀な騎兵を多数揃えている。加えて、砂漠という地の利もある。侮りがたい敵であった。生半可な兵力では撃退されかねない。だが他のハカーマニシュ勢力を考えれば、対応にそれなりの軍勢を手元に置いておきたい。


また、どの軍を動かすかも問題であった。トゥーラーン連合軍18万全てがカユーマルスの兵ではない。オイラート軍7万は当然カユーマルスの指揮下にはなく、それどころかバハードゥルがどこまで掌握しきれているのかも怪しい。ヒュルカニアはパルティア支配に忙しく、ハマトへの遠征に兵を出すとは考えにくかった。傭兵4万は一応はカユーマルスの名の下に集めてはいるが、訓練や編成は終わっておらず、未だ烏合の衆に過ぎない。かと言って自分のエリマイス軍をこれ以上割きたくはない。


消去法的に残るのは、アレイヴァ王国軍だ。アレイヴァもヒュルカニア同様ハカーマニシュ勢力からの離反組ではあるが、その立場は異なっていた。エリマイスにとってヒュルカニアはあくまで同盟者であり、国力の差はあれど対等な関係だ。一方アレイヴァは脅しまがいの手段、いや脅しに屈してトゥーラーン連合軍に加わった。国王も首都も押さえられ、資金や物資も無理やり提供させられている。兵も捨て駒のごとく扱われている。実質、エリマイスに降伏したも同然だ。カユーマルスにとっては、自分の意のままに動き、かつ自分の身を削る訳ではない便利な存在だった。加えて、ナスリーン王女を最初に発見し追撃したものの失敗したのもアレイヴァ軍であり、その責任を取らせるという口実もあった。


このような理由から、ハマト王国への遠征はアレイヴァ王国が担うことと決まった。だがアレイヴァは伝統的に実際の国力よりも劣る兵力しか有しておらず、単独ではハマト王国軍に対抗し得ないため、傭兵1万5000を加えた。さらに、ばらばらに行動していたオイラートのいくつかの部族を巧みに言いくるめ、4000の兵力を確保した。これに監視役としてセペフル将軍率いるエリマイス兵500をつけた。これだけでも3万5000の軍勢であるが、ハマト王国軍2万を打ち破るには心もとなかった。そこでカユーマルスがとった方法は非情なものであった。ハカーマニシュ王国からの降伏兵を使ったのである。


王都陥落やそれ以前の戦いで、ハカーマニシュ人の捕虜が4万ほどいた。その中から家族を持っている者たちを選抜し、遠征軍に組み込んだのだ。野蛮人と蔑んでいたエリマイスからの、自らが仰ぐハカーマニシュ王女を捕らえよとの命令。屈辱的であり、受け入れ難いものであった。しかし、家族を人質に取られている以上、反抗はできない。しかも集められたのは兵卒かせいぜいが下士官であり、士官や将校は一人もいなかった。彼らは同規模の傭兵たちと混ぜられ、エリマイス人士官や傭兵隊長たちの指揮下に置かれた。これでは、手も足もでなかった。歯を食い縛り、屈辱に耐えながら従うほかなかった。


こうして、セペフル将軍率いるハマト遠征軍はスーサを発ち、ハマト王国の都ラルサへと向かった。




遠征軍が来る。その情報を得たハマト王国の動きは迅速だった。元々、ナスリーン王女を保護した時点でこの日が来ることはわかりきっていた。対応を考えているのが当たり前であった。


まずは住民の避難である。ハマトは国土の大半を砂漠が占める国家であり、豊かとは言い難い。そのため首都であるラルサも元々人口は多くなく、4万ほどであった。これら住民たちをなるべく奥地の都市に分散して避難させ、物資も持てる限り持ち出した。持ちきれない物資は船に積み込み、それでも残った僅かな物資は焼き払った。国内の比較的大きな都市全てで同じことが行われた。


次に王族や貴族、大部分の兵を海沿いの都市ハループに避難させた。元々万一の時の城塞都市として建設されたために難攻不落の地勢にあり、避難させるべき住民も少ない。加えて海からの補給を確保でき、かつラルサより奥地であるために敵の兵站には負担をかけることができる。貿易によって密接な関わりのあるケメス王国に補給物資を依頼し、承諾の返事をもらったのである。もっとも、完全に足元を見られているため請求された額は法外なものであったが。


最後に、有力なハカーマニシュ貴族やカリア、ダルダニアなど味方の国々に救援を求めた。彼らは元々トゥーラーン連合軍と対立しており、わざわざ救援を求める意味はないとも思えるが、ナスリーン王女の名で使者を送ったことには大きな意味がある。現在唯一の王位継承権者であるナスリーン王女の救援要請は勅命に等しいものであり、各国もむげにはできない。また、ナスリーン王女がハマトの保護下にあることを示し、戦後に有利な立場を占めようとの思惑もあった。


これらの対応策の実施には当然時間がかかる。ハマトは機動力のある騎兵部隊を使った遅滞作戦を遠征軍に対して仕掛けた。マシニッサの第一騎兵連隊をはじめ、いくつかの騎兵連隊がハカーマニシュ王国内に入り込み、補給線の襲撃や奇襲を繰り返した。迎撃されそうになれば素早く逃げ去り、被害はほぼ皆無だ。相手にも人的損害は与えられないが、行軍を大幅に遅らせることに成功した。


遠征軍がハマトに達した時には、避難計画は完了していた。怒り狂った遠征軍はラルサを破壊したが、物資の一つも手に入れることができないまま、ハループを目指した。その途中にもハマト騎兵や土着の砂漠の民による襲撃を受け、出血を強いられるとともに兵站に大きな負担がかかった。慣れぬ砂漠の気候に倒れる兵も多く、病死者や脱走兵も出始めていた。ハマト遠征軍の雲行きは怪しいものとなった。


そしてハマト方面での苦戦に加え、西方でも動きがあった。カリア、パルティア、ダルダニアが遂に兵を挙げたのだった。

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