亡国の王子
絶句。もたらされた知らせはイスファーンから思考力を奪うに十分であった。
ハカーマニシュ王国。イスファーンの故郷パルティアも含め、6つの属国を支配下におき、大陸西方を事実上支配しているといっても過言ではない大国。その王都が陥落したという。それも、北方の蛮族と蔑んでいた者たちによって。
だが、知らせはそれだけではなかった。影響力においては先の知らせの足元にも及ばぬが、イスファーンに与えた衝撃においてはハカーマニシュ王都の陥落など何ほどのこともない知らせ。
パルティア軍の敗北。パルティア王都ダーハの陥落。そしてパルティア王イスファンディヤールの死。
(まさか…。我が軍が…。我が都が…。我が父が…)
パルティアの王子イスファンディヤール、通称イスファーン。しかし国が滅亡した今、その地位は空虚だった。亡国の王子。その苦い事実がイスファーンの心に広がった。使者を下がらせた後もイスファーンは自失の最中にあった。
「亡国か…」
ふとつぶやいたその言葉が、イスファーンの身体を雷のように走り抜けた。
「そうか、亡国、亡国か。亡国だ…」
パルティアは滅びた。しかし、一人パルティアのみが滅びたのではない。パルティアが守ろうとした国。パルティアの主たる大国。そう、ハカーマニシュ王国も滅びたのだ。
絶対的な力をもった国の滅亡。それがもたらすものは何か。混乱、混沌の世、すなわち乱世の到来だ。平時ならば、イスファーンの未来はパルティア国王止まりだ。今まではそれで満足してきた。否、それ以外の選択肢など思いもよらなかった。だが、今ならば、乱世ならばどうだろうか。「王の王」、すなわちハカーマニシュの王座すら夢ではないのではなかろうか。それも、蛮族から国を取り戻した「英雄王」、「解放王」として。
落ち着け。イスファーンは自分に言い聞かせた。しかし、身体を流れる血が野望で熱く燃え盛るのはいかんともしがたかった。イスファーンの心には、祖国や父を失った悲しみは既になかった。あるのは、燃える覇者の血だけであった。