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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
再興編
2/55

北方の梟雄

ハカーマニシュ王都スーサ。大陸西部に君臨する巨大王国の都に相応しく百万近い人口を有し、文化の中心地として古代より栄えた都市。そのスーサは今、異国の軍勢に蹂躙されていた。文字通りの蹂躙。略奪、暴行、放火、強姦、そして虐殺。兵士たちは己の欲望に忠実に、ありとあらゆる悪行に酔いしれた。


「ふん、蛮族どもめ。せいぜい楽しむがいい」


エリマイス国王カユーマルスは占領した王宮から城下を見下ろし、冷笑した。


城下を荒らし回っているのは、カユーマルス麾下のエリマイス兵ではない。ほとんどは同盟者たるオイラート兵やヒュルカニア兵である。生粋の騎馬民族あるいはその特徴を色濃く残した彼らはその猛々しい性を余すところなく解き放っていた。彼らが命を賭けて戦うのは、この時のためだと言っても過言ではない。無論、エリマイス兵も違いはない。貴族や騎士の中には己の名誉のために戦う者もいるが、大部分の兵は略奪で一財産を築き、欲望を吐き出すことを楽しみとしていた。


だが、カユーマルスはそれを禁じた。ハカーマニシュの民への憐れみからではない。そんなものはどうでもよかった。目先の欲望によって動く盟友たちと違い、カユーマルスの目は戦後統治を見据えていた。戦に敗れれば、その民は勝者の軍勢に踏みにじられる。それは人間が戦争というものを始めて以来、古今東西繰り返し行われてきたことだ。しかし、だからと言って踏みにじられた敗者は勝者に対して好意を抱き得ないのは当然の話である。カユーマルスは即物的な利益を捨て、スーサ市民の憎悪と怨嗟をオイラートやヒュルカニアに押し付けたのである。


もっとも、現実的な問題としてやむを得ないという事情もあった。兵力不足である。ハカーマニシュ王国に比べれば小国のエリマイス王国ではあるが、それでも5万の兵を有する国である。しかし、国王の親征といえど国を空にすることはできない。特に今回はハカーマニシュ侵攻に参加していない隣国アルカディアの動きが読めず、備えとして1万5000の兵を残してきた。さらにハカーマニシュ勢力圏に入ってからも要所要所に兵を配置した。オイラート軍やヒュルカニア軍が陥落させた後の城塞や略奪を終えた都市には興味を持たないことは好都合であったが、その分自分の兵を割かなければならないのはやむを得なかった。そのため、現在彼の手元には親衛隊を中核とする8000の兵しかなかった。粒揃いの精鋭とはいえ他国軍に比べれば少数のこの軍勢がさらに分散されることをカユーマルスはよしとせず、同盟国の兵士が略奪に明け暮れる中、王宮の制圧に向かった。先に降伏させたアレイヴァ王国の兵を陽動に用い、近衛兵が手薄になった隙をついて王宮に乗り込み、重要人物の殺害を行った。国王ホマーユーン4世をはじめ、王族、貴族、文武の重臣たちが虐殺された。宝物庫や食料庫、市庁舎、王立図書館など統治に役立つものは、他国の兵どもに荒らされる前にカユーマルスの手勢が押さえた。宝物庫や食料庫はエリマイス軍にとって貴重な物資となり、さらに一部は略奪を禁じられた兵たちの不満を和らげるために用いられる。市庁舎や王立図書館、その他行政や司法の役所に保管されていた膨大な資料は戦後大いに重宝するであろう。


(それにしても、予想以上にうまくいったな)


大陸においてハカーマニシュ王国の勢力は圧倒的だ。広大な国土と豊かな穀倉地帯を有し、また四方の国境は属国が固めているためにその土地を余すことなく使うことができる。故に人口も桁違いに多く、支配下の国々を合わせればその軍勢は40万を優に超える。とてもエリマイス一国で抗えるような相手ではない。事実、カユーマルスは当初、ハカーマニシュ王国に攻めいるつもりはなかった。きっかけは、オイラート王国の不穏な動きだった。


エリマイス、オイラート、そしてアルカディア。北方に位置するこの3つの国家をハカーマニシュは蔑みを込めて「トゥーラーン三国」と呼ぶ。しかしその呼称はあくまで外部からのものであり、「トゥーラーン王国」なるものは存在しないし、「トゥーラーン国王」などはいない。三国は独立した国家であり、民族すらも異なる。当然、共同歩調などとれるはずもなく、各国はそれぞれの思惑で動いていた。特に三国中で最も新興かつ騎馬民族の国であるオイラートは尚武の気性が強く、好戦的であった。国を富ませるのには地道な国土経営よりも他国からの略奪を好み、虎視眈々と周囲を狙っていた。ハカーマニシュ王国ほどではないにせよ、北方の地よりは遥かにましであるエリマイスやアルカディアは常にオイラートの脅威にさらされており、警戒体制も厳重であった。


そのような中、オイラート国内に放ってあった密偵から急を告げる知らせが届いた。オイラート王バハードゥルが国内に動員をかけ、エリマイスへの大規模な侵攻を決めたというのである。その数、推定で7万。数で言えば戦いにならないほどの差ではないが、騎馬民族であるオイラート兵は一人一人が屈強だ。加えて馬を自在に乗りこなす機動力を有しており、歩兵中心のエリマイス兵では追跡が難しい。たとえ撃退できたとしても国土が荒廃するのは避けられないと思われた。


そこで、カユーマルスは賭けにでた。バハードゥルに使者を送り、ハカーマニシュ王国への共同侵攻を持ちかけたのだ。ハカーマニシュ王国がいかに富で溢れているか、いかに魅力的かを巧みに訴え、バハードゥルを懸命に説得した。屈指の用兵家であるとともに貪欲でもあるバハードゥルはこの提案に乗り、両軍合わせての遠征が決まった。オイラート軍7万、エリマイス軍3万5000。合わせて10万5000の大軍である。


しかし、それでもハカーマニシュ軍には遠く及ばない。そこで、カユーマルスはハカーマニシュ勢力の切り崩しを謀った。


まず狙いを定めたのはヒュルカニアである。ヒュルカニアはパルティアの強大化を危惧したハカーマニシュ王国がその対抗馬として支援し成立させた国であり、故に歴史的にパルティアとは仲が悪い。また騎馬民族を祖とする国家であるためにその性質は勇猛で、悪く言えば思慮に欠けていた。そこで、パルティアへの反感を煽りつつハカーマニシュへの侵攻の利を説き、味方につけることに成功した。折しもパルティア軍主力は西方からの聖鍵軍の迎撃に向かっており、不意討ちが容易であると思われたこともヒュルカニアの寝返りを後押ししたのであろう。


次に標的とされたのはアレイヴァ王国だ。カユーマルスは、アレイヴァに対しては利を説く交渉ではなく恫喝をもって屈服させた。アレイヴァは国内に主要な街道が通っており、小さいながらも豊かな国家である。そのため、ハカーマニシュ王国から警戒されないよう、軍備は最小限に留めていた。全軍でも1万5000しかおらず、7倍のエリマイス・オイラート連合軍に敵う訳がなかった。抵抗したところで瞬時に粉砕され、ハカーマニシュ王国も時間稼ぎの捨て駒にしかしないであろうということを多少誇張しつつアレイヴァに訴えかけ、脅した。既に国内にはオイラートの軽騎兵が入り込んでおり、ハカーマニシュ王国に通ずる街道は見張られていた。仕方なくアレイヴァはエリマイス・オイラートに屈し、その兵力のほとんどを無理やり提供させられた。さらに莫大な財が接収され、兵站の提供も強いられた。アレイヴァから奪った財の一部でカユーマルスは2万の傭兵を集め戦力を増強した。


こうして、別行動をとるヒュルカニアも合わせれば16万の軍勢を確保したカユーマルスはいよいよハカーマニシュ王国に攻めこんだ。属国の寝返りを予想しておらず、さらに聖鍵軍への対応に軍を派遣していたハカーマニシュ王国軍は敗れ、一気に王都まで迫られた。パルティア軍もまた敗れ、敗走した先でヒュルカニア軍に襲われて壊滅した。ハカーマニシュ王国軍は必死の防戦の構えを見せたが、カユーマルスと内通した貴族により城門が開かれ、スーサは陥落した。そして今に至る。


(まあ、まだ先は長いがな)


国内にはまだハカーマニシュ軍が残っており、西方や南方の属国は健在だ。パルティア軍もまた、主力は無傷である。その勢力は残党と呼ぶにはあまりに強大すぎた。


しかし、それでも王都を落とし王族を皆殺しにした成果は大きい。敵に大きな精神的打撃を与え、団結の核となるハカーマニシュ王族を消滅させた。これで一致団結した行動は難しくなるだろう。そこを各個撃破していくのだ。


ハカーマニシュを手に入れたならば、次はアルカディアとオイラートだ。そして、史上初めてハカーマニシュとトゥーラーンを支配下におく偉大な王となるのだ。道は険しい。だが決して通れない道ではない。カユーマルスにはその道を進む覚悟があった。たとえ、一歩間違えれば奈落の底であったとしても。

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