(1)
乾いた風が、砂漠の大地を撫でるように吹き荒れる。
湿り気の一切ない砂は簡単に撒き上がり、容赦なく目と口に侵入してくる。
じりじりと真上から照らされる太陽の熱が、視界を歪ませる。
「あ――…もう! なんつー場所だっ!!」
なにかの呪文らしき縁取りが施された黒いマントを羽織った少年が、いつまでも続く砂漠に苛立っていよいよ叫び声を上げた。
小柄な背丈と同じくらいの、先端に黒曜石の付いた杖を苛立ち紛れに振り回す。
杖に絡まるように巻き付いている長い呪布が虚しくはためいた。
砂嵐に舞う少年の髪は漆黒で、肌は砂漠の民とは思えないほど白い。というか青白い。
すっかり不貞腐れた瞳は、深い緑色。
名を、オシリスという。
オシリスがこの砂漠に迷い込んでかれこれもう一週間。
相棒の杖が導くまま歩き続けているが、いい加減うんざりだ。
それでも歩かなくては辿り着くものも着かないので、文句を垂らしつつも歩き続けるしかない。
ひっきりなしに飛び出すオシリスの文句が神様にでも通じたのか、日が落ちかけるその頃、ようやく杖が導く砂漠の町に着いた。
町の規模はさほど大きいものではなく。
それでもあちこちに緑が生えているあたり、きちんと水源がある町のようだ。
なかなか賑わいがあるようで、至るところから呼び込みをしている声や主婦らが集まっている井戸端会議、子供が遊ぶ声が絶えず聞こえてくる。
とはいえ、この町はあまり外の人間の出入りは多くないようだ。
この辺りではオシリスの容姿は、―――黒髪自体ははそうでもないが――白肌は珍しく住人らの目をよく惹く。
羽織っているマントの色も珍しいんだと思う。
実際こんな灼熱の砂漠を歩く旅人ならば、ただでさえ熱を吸収しやすい黒色を選択することはまずないだろう。
その上大きな黒曜石が先端に付いている、背丈ほどもある杖を持っていることもあり必要以上に他人の目を惹きつけるようだ。
あちこちから向けられる好奇の視線は、はっきりいって気持ちのいいものではない。
今日のところはさっさと宿に引きこもるかあ…。
必要以上に人から注目を貰うのは勘弁で、オシリスは大通りにある宿屋の看板の見つけてその扉を開ける。
砂だらけのマントを脱いで叩く間に、呼び鈴を鳴らす。
「はいはい、いらっしゃいませ」
靴に溜まった砂を出していたら、奥から店の主人が出てきた。
日に焼けた褐色の肌に、金色の薄くなった髪。なかなか恰幅のいい、人当たりの良さそうな主人だった。
さすがに宿屋を営んでいるだけあって、この辺りでは珍しい肌のオシリスを見ても特に気にした様子はなかった。
「部屋一つ取りたいんだけど、空いてる?」
かまわずもう片方の靴の砂を出していたら、何やら視線を感じる。
顔を上げれば、訝しげな目をしている主人と目が合った。
「なに?」
「一人で来たのかい? ご両親は?」
「一人だけど? 両親とはとっくに死別してるし」
「キミ、いくつだい?」
「………」
どうやらオシリスをまだ成人していない子供だと思っているらしい。
確かに身長はそう高くはないし、童顔だという自覚もなくはない。が、明らかに子供を見るような眼をされれば、さすがにムッとする。
「あのね、おじさん。僕こうみえても3……」
「え?」
「あ――……いや、これでも20過ぎてるけど?」
「は……、20!?」
そう叫ぶように驚かれれば、当然面白くない。
そんなに驚愕に目を見開かなくてもいいじゃないか。
好きで小柄でいるわけじゃないし、この童顔もしかり。
あからさまにむくれてやれば、やがて主人が困ったように笑った。
「そりゃあ、すまないことを聞いたね。てっきり15にもなっていないかと思ったんだよ」
そこまで小柄でもないし、童顔でもない!
と叫ばなかったのは大人だからだ、と思うことにする。
「……もういいよ。で、部屋は空いてるの?」
「ああ、空いてるよ。さっきの失言のお詫びに、一番眺めのいい部屋にしよう」
「そりゃどーも」
オシリスのトランクを持つ主人の後について2階に上がれば、階段から一番遠い角部屋に通された。
入ってすぐにバルコニーへと続く大きな出窓が目に入る。
なるほど。主人がいった通り、このバルコニーからは町が一望でき、なかなかの眺めだ。
砂嵐のひどいこの辺りは、建物がすべて砂色で統一されていて、その街並みも綺麗に整理されているようだ。
西側に目を移せば熟れた果実のような太陽が沈みかけていて、それがまたとても美しい。
一通り街並みを見遣っていたオシリスだったが、町の南門付近にあるやたらと大きな建物に目が止まった。
「主人、あの大きな建物は何?」
オシリスのためにお茶を用意していた手を止め、主人は彼が見ている方向に視線をやる。
オシリスが何の建物を見ていたかすぐに察したらしい主人は、またお茶を入れるために手を動かし始めた。
「あれはこの町の地主、ゲールさんの屋敷だよ。またこれがどうして、がめつくてねえ……」
「……ふーん…」
「ここんところ税率がどんどん上がってって住みにくくなる一方だ。そのくせ自分は良い暮らしをしてるんだから、こっちはたまったもんじゃないよ」
「典型的なお金過ぎな地主ってやつかあ…」
「まあ、彼の土地を借りて生活しているから、文句なんて言えないんだけどねえ」
日々贅を極めた食事に、色町の娘を買い漁っては豪遊しているらしい。
最近はどこかの歌姫でも買ってきたらしく、とても美しい歌声が聞こえてくるのだと、主人の話を聞く限りなんとも華やかな暮らしぶりだった。
こっちは生きるのに精一杯なのにねえ…と、お茶を淹れ終えた主人は愚痴をこぼしつつも部屋を出て行った。
窓際のソファーに腰を降ろしつつ、オシリスはもう一度その屋敷を見遣る。
唯一この町には似つかわしくないほど、いかつい屋敷だ。
「ゲールさん、ねえ…?」
体の中が疼くような感覚に、オシリスは無意識に体を丸める。
心臓が激しく脈打っているようだ。
まったくすでに脈打つ体でもないだろうに。
なかなか今回の獲物も例に漏れず、まずそうだなと嘆息するしかない。




