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■第一部 王立アルカディア学院編 ♦第一章 星詠み姫 第1話 蒼星の夢

皆様はじめましてぺけです。

この小説はノリと勢いで作成しております。

ネット知り合いの名前をお借りした作品を作ってみたいとスタートしました。

是非最後まで楽しんでいただければ幸いです。

 星が、落ちていた。


 夜空を埋め尽くす幾千もの光が、音もなく砕け、青白い尾を引きながら黒い大地へ降り注いでいく。


 それは流星ではなかった。


 祝福でも、奇跡でもない。


 まるで世界そのものが壊れていくような、静かで、あまりにも美しい滅びだった。


「……また、夢……?」


 ヒオリ・リュミエールは、星空の下に立っていた。


 足元には水面のように澄んだ闇が広がり、踏み出すたびに小さな星屑が波紋のように揺れる。


 ここが現実ではないことは分かっていた。


 けれど、ただの夢ではないことも知っている。


 リュミエール王国第一王女。


 民からは、星詠み姫と呼ばれる少女。


 ヒオリには、生まれながらにして他者とは違う力があった。


 星霊魔法。


 未来を垣間見る、王国最高機密の禁忌。


 そしてその力は、使うたびに彼女の命を削る。


「嫌……」


 ヒオリは胸元を押さえた。


 呼吸が浅い。


 心臓の奥に、冷たい針を刺されたような痛みが走る。


 視界の先で、星がまた一つ砕けた。


 その光の中に、影が見えた。


 人影だった。


 銀灰色の髪を持つ青年が、瓦礫の上に立っている。


 彼の周囲には倒れた騎士たち。


 折れた剣。


 裂けた旗。


 そして、血。


 青年の手にも、赤いものが伝っていた。


 けれど彼は泣いていない。


 叫んでもいない。


 ただ、壊れていく世界を前に、静かに立っていた。


 その姿に、ヒオリはなぜか胸を締め付けられた。


 知らない人のはずだった。


 まだ出会ったこともない。


 名前すら知らない。


 それなのに。


 どうしてこんなにも、悲しいのだろう。


「あなたは……誰なの……?」


 声は星の闇に吸い込まれた。


 青年が、ゆっくりとこちらを向く。


 灰銀の瞳。


 冷たく、鋭く、けれど奥底に燃えるような孤独を宿した目だった。


 その瞳がヒオリを捉えた瞬間、世界が軋んだ。


 砕けた星々が一斉に輝きを失う。


 闇の底から、聞いたことのない声が響いた。


『蒼き終星よ』


 それは人の声ではなかった。


 男でも女でもない。


 老いても若くもない。


 遠い、遠い場所から響く、星そのものの声。


『灰銀の王子に近づいてはならない』


 ヒオリの喉が震えた。


「灰銀の……王子……?」


『その者は、世界を壊す鍵となる』


「違う……」


 なぜ、そう思ったのか分からなかった。


 けれどヒオリは首を振っていた。


 あの青年が世界を壊す。


 そう告げられた瞬間、胸の奥が強く痛んだ。


 まるで、そんな未来だけは認めたくないと、心が先に叫んだようだった。


『星は見た』


 声が近づく。


『国は燃え、森は沈黙し、海は黒く染まる』


 星空が割れた。


 その裂け目の向こうに、いくつもの光景が流れ込んでくる。


 燃える王都。


 崩れる白い城。


 世界樹の根元で膝をつく銀髪のエルフの少女。


 血に濡れた海辺で微笑む蒼い髪の王女。


 誰かの名を叫ぶ少年。


 そして――。


 玉座の上で、たった一人座る灰銀の青年。


 その傍らに、ヒオリの姿はなかった。


「……っ!」


 息ができない。


 胸が苦しい。


 身体の奥から、何かが削られていく感覚がする。


 これは夢ではない。


 未来視だ。


 星霊魔法が、ヒオリに見せている。


 まだ訪れていない未来の欠片。


 あり得るかもしれない、最悪の結末。


「やめて……もう、見せないで……!」


 ヒオリは耳を塞いだ。


 けれど星の声は止まらない。


『それでも汝は、彼に手を伸ばす』


「知らない……私は、その人を知らない……!」


『星は忘れない』


 足元の闇に、ヒオリの姿が映った。


 蒼い瞳。


 白金に近い淡い髪。


 王族として整えられた姿。


 けれど映った少女は、ひどく怯えていた。


『人が忘れても、世界が忘れても』


 その言葉に、なぜか胸が疼いた。


 ヒオリの知らないはずの言葉。


 けれど遥か昔から、誰かがそう言っていた気がした。


 星は忘れない。


 その響きが、耳の奥に残る。


 次の瞬間、灰銀の青年が動いた。


 彼は崩れる世界の中で、ヒオリへ手を伸ばした。


 届くはずのない距離。


 夢の中の、未来の中の、名前も知らない誰か。


 それなのにヒオリも、思わず手を伸ばしていた。


 指先が触れそうになる。


 その直前。


 青年の唇が、かすかに動いた。


 声は聞こえなかった。


 けれど、なぜか分かった。


 彼は、こう言ったのだ。


 ――来るな。


「っ……!」


 ヒオリは目を覚ました。


 天蓋付きの寝台。


 薄絹の帳。


 月光に照らされた白い部屋。


 リュミエール王国が誇る王都、その王宮の一室。


 現実の景色が視界に戻ってくる。


 けれど胸の鼓動は収まらない。


 汗で寝衣が肌に張り付いていた。


 ヒオリは震える手で、自分の胸元を押さえる。


 そこには、星型の小さな痣が淡く光っていた。


 星霊魔法を使った後にだけ現れる印。


 それが今、青白く脈打っている。


「……見てしまったのね」


 小さく呟いた声は、夜の静けさに溶けた。


 ヒオリは寝台から降り、窓辺へ歩いた。


 外には、穏やかな王都の夜景が広がっている。


 白い塔。


 水路に映る月。


 遠くに見える大聖堂の尖塔。


 リュミエール王国は、光と芸術の国と呼ばれている。


 歌と詩を愛し、豊かな土地に恵まれ、人々は星に祈る。


 けれどその平和が、どれほど脆いものなのかを、ヒオリは知っていた。


 未来を見るたびに思い知らされる。


 王国の繁栄は、永遠ではない。


 どれほど美しい夜も、いつか終わる。


 そしてその終わりを、ヒオリは誰より早く知ってしまう。


「灰銀の王子……」


 口にした瞬間、不思議な痛みが胸を掠めた。


 名前も知らない青年。


 けれど、あの瞳だけは忘れられない。


 冷たいのに、寂しい瞳。


 誰にも頼らず、誰にも泣き顔を見せず、ただ一人で世界の終わりを見ていた人。


 ヒオリは窓枠に指を添えた。


 明日、彼女は王立アルカディア学院へ向かう。


 各国の王族、貴族、騎士、魔導師候補たちが集う中立の学院。


 王族としての教養を深め、外交の場を学ぶため。


 そして将来、リュミエール王国のために生きるため。


 ヒオリには、すでに婚約者がいる。


 クラウゼル公爵家嫡男、レオンハルト・フォン・クラウゼル。


 誠実で、有能で、国を深く愛する人。


 ヒオリにとって、何一つ不満などない相手。


 だからこそ。


 胸の奥に残る、知らない青年の瞳が怖かった。


 知ってはいけない。


 近づいてはいけない。


 星がそう告げた。


 ならば、それはきっと正しい。


 星は未来を映す。


 星は嘘をつかない。


 けれど。


「……でも」


 ヒオリはそっと空を見上げた。


 夜空には、先ほど夢で砕けたはずの星々が、何事もなかったように瞬いていた。


「あの人は、本当に世界を壊す人なの……?」


 答えはなかった。


 ただ風が、白いカーテンを揺らした。


 その時。


 控えめなノックの音がした。


「ヒオリ様。お目覚めですか?」


 扉の向こうから聞こえた声に、ヒオリは小さく息を整えた。


 ミリア・ノルフェルト。


 幼い頃から傍にいる、専属侍女。


 穏やかで、礼儀正しくて、けれど誰よりも強い女性。


 ヒオリが唯一、弱さを見せられる相手。


「……入って、ミリア」


 扉が静かに開く。


 燭台を手にしたミリアが、柔らかな金髪を揺らして入ってきた。


 彼女はヒオリの顔を見るなり、ほんの少しだけ眉を寄せた。


「また、星をご覧になったのですね」


 問いではなかった。


 ミリアには隠せない。


 ヒオリは苦笑した。


「どうして分かるの?」


「ヒオリ様は嘘が下手ですから」


「……王女として、それは問題ね」


「ええ。大変問題です」


 ミリアは真顔で頷き、手早く羽織物をヒオリの肩にかけた。


 その仕草は優しい。


 けれど声には、わずかな怒りが混じっていた。


「お身体に障ります。星霊魔法の使用は、必要最低限にと王妃様からも――」


「私が望んで見たわけじゃないの」


 言ってから、ヒオリは少しだけ後悔した。


 ミリアは黙った。


 その沈黙が、怒りではなく心配だと分かっているから、余計に胸が痛む。


「ごめんなさい」


「謝らないでください。私は怒っているのではありません」


「怒っている顔をしているわ」


「心配している顔です」


 ミリアはそう言って、ヒオリの額にそっと手を当てた。


「熱はありませんね。ですが顔色が悪いです」


「大丈夫よ」


「大丈夫ではありません」


「ミリア」


「大丈夫ではありません」


 同じ言葉を繰り返され、ヒオリは小さく笑ってしまった。


 昔からそうだ。


 ミリアはヒオリの言葉を、必要なら聞き流す。


 王女であろうと関係ない。


 身体を壊すようなことをすれば、本気で怒る。


 だからこそ、傍にいてほしいと思える。


「……明日、学院へ行くのね」


「はい」


「少し、怖いわ」


 ミリアの手が止まった。


 ヒオリは窓の外を見たまま続ける。


「夢を見たの。知らない人がいた。灰銀の髪の……とても寂しそうな目をした人」


 ミリアは何も言わない。


 ただ静かに聞いている。


「星は、その人に近づくなと言ったわ」


「その方のお名前は?」


「分からない。でも……」


 ヒオリは胸元の痣に触れた。


「灰銀の王子、と」


 ミリアの表情がわずかに変わった。


「灰銀の王子……ヴァルディア帝国第二皇子、ペケ・ヴァルディア殿下の通称です」


 その名を聞いた瞬間、ヒオリの胸が強く跳ねた。


 ペケ・ヴァルディア。


 知らないはずの名前。


 それなのに、どこかでずっと待っていたような響き。


「その方は……学院に?」


「在学中です。王族・貴族科四年。成績、武力、政治判断、すべてにおいて学院でも別格と聞いております」


「そう……」


「ヒオリ様」


 ミリアの声が少しだけ硬くなる。


「星が近づくなと告げたのであれば、どうかお気をつけください」


「分かっているわ」


 そう答えた。


 答えたはずだった。


 けれど、窓の外の星を見上げたヒオリの心には、もう別の問いが生まれていた。


 なぜ星は、彼に近づくなと言ったのか。


 なぜ彼は、夢の中でヒオリに来るなと言ったのか。


 そしてなぜ。


 まだ出会ってもいない人を思うだけで、こんなにも胸が苦しくなるのか。


 遠くで、夜明け前を告げる鐘が鳴った。


 リュミエール王国の白い街並みに、淡い青の光が差し始める。


 新しい朝が来る。


 王立アルカディア学院へ向かう日。


 星が警告した運命の相手と、出会う日。


 ヒオリは胸元の痣を隠すように、羽織物を握りしめた。


「ミリア」


「はい」


「もし私が、間違えそうになったら……止めてね」


 ミリアは一瞬だけ目を伏せた。


 それから、いつもの穏やかな声で答える。


「止めます。たとえヒオリ様に嫌われても」


 ヒオリは小さく笑った。


「昔みたいね」


「昔からです」


 二人の間に、懐かしい沈黙が落ちる。


 かつてヒオリは、ミリアが嫌いだった。


 母である王妃エレノアに可愛がられる、美しくて優秀な少女。


 何でもできて、誰からも褒められて、いつも正しい顔をしていたミリア。


 幼いヒオリには、それが少しだけ憎らしかった。


 けれど今は違う。


 ミリアが傍にいるから、ヒオリは王女でいられる。


 弱い自分を、見失わずに済む。


「ありがとう」


「当然のことです」


 ミリアは軽く頭を下げた。


 その時、窓の外で一羽の白い鳥が飛び立った。


 朝日に照らされ、その羽が星の欠片のように輝く。


 ヒオリはその光を見つめた。


 夢の中の青年。


 灰銀の王子。


 世界を壊す鍵。


 星は彼に近づくなと言った。


 けれど運命とは、いつだって避けようとした先で待っている。


 ヒオリはまだ知らない。


 その出会いが、彼女の人生を変えることを。


 ペケ・ヴァルディアという名の第二皇子が、彼女の運命を、国の未来を、そして世界そのものの記録を揺るがしていくことを。


 そして。


 星に選ばれた少女が、いつか星の定めに抗うことを。


 夜明けの光が、静かに部屋を満たしていく。


 ヒオリは目を閉じ、胸の奥に残る灰銀の瞳を振り払うように、深く息を吸った。


 今日、物語が始まる。


 蒼星の姫と灰銀の王子。


 二人がまだ、互いの名を知らなかった最後の朝だった。

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