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遅刻時こそ普段やらないことしちゃう

 空が裂ける音で目が覚めた。栗の皮を剥かずに食べてしまった時のような不快感があって、欠伸をして吹き飛ばそうとする。反射的にスマホに手を伸ばした。画面には9:02とある。どうやら私は学校に遅刻しているらしい。


 松島からメッセージが入っていた。


「今日どうした、寝坊か?」

 

 松島ほどの逸材が、寝坊ではなく寝嬢であることに気づかないほど愚者ではあるまいと私は信じていた。これまでは。


「松島こそどうした、寝坊ではなく寝嬢だ」


 そうメッセージを送ると、すぐに既読になった。


「寝嬢か。なら良かった」


 始業は8:30、1時間目は8:50から始まる。授業中なのにスマホを操作しているなんて、松島は不真面目になってしまった。


 将来、松島がグレて、バイクを乗り回し、仲間とコンビニの前で集まり、挙句の果てに風船になることは、この時の私は知る由もなかった。と言えば、松島の未来はその通りになるのだろうか。未来のことは誰にもわからない。


 遅刻したからといって急いで準備するほど私はやわではない。普段どんなに暇でもやらないお手玉を押し入れの奥から取り出した。お手玉は全部で8個あって、謙遜したつもりで4個持ってみた。4個のお手玉を宙に放り投げたとき、私の手が2つしかないことを生涯で一番悔やんだ。掴めるお手玉は最大2個。でも宙に舞うお手玉はどれも生きているみたいで、その中の2個を私が独断で選ぶなんてできない。まさに究極の選択だ。


 そうだ。本当に人が究極の選択を迫られたとしたら、人は自らがその選択に関与することを避けるのではないだろうか。


 例えば、自分と親友が同じ男の子を好きだとして、親友との友情を取るか、それとも男の子との恋情を取るか、という決断に迫られたとする。


 その時、最後まで迷い続けて行動しなければ、結果として友情を取ったような形にはなるが、それは選択したとは言い難い。このように、結局人は究極の選択を選択できないのではないだろうか。


 いや待て。

 人によっては恋情の方を取る場合もあるな。だとしたら選択しているか。んじゃ、前言撤回で。

 

 そもそも、この譬えは同じ究極の選択でも時間的な制約が緩い。考える時間が十分に用意されているわけで、今の私の状況と同じにしてほしくない。ということで、この譬えを持ち出したのは不適切だったと言わざるを得ない。


 そうこう考えている内に、4個のお手玉は床に落ちて潰れていた。4お手玉を追うものは1お手玉をも得ず、といったところか。


 私は大人しくお手玉を拾い、元あった場所に戻した。遅刻しているのにお手玉を持ち出したのは不適切だったと言わざるを得ない。

 

 そもそもなぜ私はこんな時間に起きてしまったのだろうか。その原因は昨日の夜に遡る。


 私は爪を切っていた。

 それは一昨日か。

 遡りすぎた。失敬。


 今度こそ昨日に遡る。

 遡れた。良かった。


 家には誰もいなかった。私は束の間の一人暮らしを謳歌することにした。一人暮らしの醍醐味といえば独り言をぶつぶつと言うことだろう。私は白い壁に向かって話を始めた。


「沢渡警部の砂肝が足りてない可能性はないですか」

 

 白壁は何も答えない。私は続ける。


「草木が生い茂ればいいってもんでもないでしょ」

 

 白壁は沈黙を貫いている。


「何でも写真撮れば、思い出になるわけじゃないよ」

 

 白壁は口がないみたいに何も喋らない。顔がないみたいに頷くこともない。


「もっと私がアクロバティックだったら、梅雨が明けるのも早かっただろうに」

 

 白壁は顔色一つ変えなかった。あんまり白いからどんな化粧品を使っているのか聞きたかった。どうせ聞いても、何もしてないよ、とか言ってはぐらかされるんだろうけど。


「しりとりでもしようか。じゃあ、しりとりの、じゃ、からね」


 しりとりは始まらなかった。聞き上手と引き出し上手は全然違う。


 あ、私ばっかり話しちゃって、私白壁さんのこと何にも知らないや。

 

 遅刻が欠席に変わるその瞬間を私は目視できなかった。できた人がいたなら、それは日本でオーロラを見たようなもので、多分自慢していい。

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