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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇四月】三六五年〇八月~三九四年〇三月

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96/130

【5日 369年05月】枋頭の戦い! 燕もほつれる

【369年05月】

資治通鑑原文6237文字(38/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/8-桓温-4/9

 3/15-苻堅-4/22

 3/20-王猛-4/11

 3/26-謝安-4/22

 3/29-謝玄-4/25

・準メインキャスト

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 3/17-姚萇-5/1

 3/24-呂光-5/7

 4/3-慕容徳-5/13


【あらまし】

 枋頭の戦い、開戦。はじめ桓温のペースで進んだ戦いでしたが、桓温軍の勢いが翳ってきたところで慕容垂が出撃、そして前秦からの援軍までもが到着し、形勢逆転。桓温は撤退戦で激甚の被害を出し、晋に落ち延びました。そしてこの戦いののち、前燕は慕容垂に逃げられ、さらには援軍に対する謝礼を取り下げることで前秦の怒りをも買います。何やってんだいったい。



【できごと】


 桓温、前燕破砕のため進軍。すると出兵に反対した郗超が、さらに献策を重ねます。「やるなら一気に鄴に雪崩れ込み攻め落としてしまうか、黄河と済水の間でしっかりと軍資を貯めてから攻撃に赴くかのどちらかです、こうした手も打たずに北上しても利がないどころか、単に食糧の欠乏どころでは済まない事態を引き起こすこととなりましょう」……というわけで、そう、いつものやつ、というわけですね。


 一度進軍を始めてしまえば、桓温軍の破壊力は圧倒的です。こうした事態を受け、慕容評が鄴を捨て、元の都であった龍城、当時は名称を改めて和龍に引き返すべきではないのか、と言いだします。慕容暐もまたその意見に賛成しかけましたが、ここで立ち上がったのが、慕容垂でした。「おれに攻撃をさせてください。おれが勝てなかったならば、それから逃げても遅くはないでしょう」と出撃を申し出ます。この進言は採択されました。またほぼ同時に前秦にも救援依頼が飛ばされました。幾分の紛糾の末、苻堅も援軍派出を受け入れます。


 さて、桓温。突き進みますが、軍は徐々に疲弊、その上で慕容垂が出てきた、と聞くわけです。桓温はこれ以上の継戦が不可能と判断、撤退を開始しました。しかしこの時すでに退路は慕容徳が固め、さらに前秦軍も迫っています。結果桓温は完膚なきまでに打ち破られ、晋に落ち延びました。これがいわゆる、枋頭の戦い。そしてこの戦いを総括すると、晋と前燕が多大な被害を出し、前秦はほぼ無傷、という状態でした。


 すると、勝った前燕が、ここで二つの大ポカをかまします。一つは救国の英雄である慕容垂の発言力が高まる事を恐れて暗殺を企み、結果慕容垂を前秦へ亡命させてしまった事。そしてもう一つが、前秦に援軍の見返りとしていたはずの洛陽一帯の割譲を反故にした事、です。この措置に苻堅は大いに怒り、洛陽制圧の軍を編成します。そして洛陽陥落。これがひとつの、決定的な転機となりました。以降、前燕は一気に破滅の道を辿ります。

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