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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇三月】三三六年〇六月~三六五年〇七月

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82/127

【22日 356年02月】洛陽奪還! その価値は

【356年02月】

資治通鑑原文2841文字(156/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/8-桓温-4/9

 3/14-王羲之-3/28

 3/20-王猛-4/11

 3/15-苻堅-4/22

・準メインキャスト

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 2/28-慕容儁-3/26

 3/17-姚萇-5/1


【あらまし】

 晋が洛陽を奪還して中原争覇に再び加わりました。前燕は斉の地をほぼ無傷で獲得、前秦は長安で苻生がおいたを続けつつも、前涼に服属を誓わせました。これにより三国鼎立の情勢が成立、大国同士の戦いにフェーズが移ります。


【できごと】

 前燕への帰順を申し出た姚襄の狙いは、故郷たる関中への帰還でした。ここで各国動乱の隙間をつき洛陽を支配していた周成を攻撃しました。すると、この攻撃に手間取っているうちに桓温がやって来、まずは姚襄を撃破。姚襄は洛陽を諦め、西方に落ち延びます。続いて桓温は周成をも撃破し、ここに316年の陥落以来胡族の手に落ちていた洛陽が、実に40年ぶりに晋人のもとに戻りました。桓温はこの地で「王衍のようなやつらが清談になぞふけっておったから洛陽は奪われたのだ」と慨嘆し、晋の歴代皇帝の陵墓を修復しました。この大功を受け、建康では三日間の服喪の儀式を行いました。「ようやく晋の先帝らを悼むことが出来た」というわけです。とは言え桓温にとって頼れる副将格であった謝尚がこの年に病死し、新たに獲得した北土の防衛させるに足る将帥の不足が露呈してもいます。


 では、この動きに対する北族はどうだったか。苻生は引き続き殺しに勤しみ、ついにはお小言を言ってきた叔父を手にかけ、そのショックで母親も死亡。こうした事態を受けて「俺は正統なる天子なのに何故俺を批判する声が上がるのだ!」と声を上げた「そうです」。さらには町中に虎やら狼やらが現れて人を食べた、という報せがもたらされれば「俺の代わりに天罰を与えてくれてんだな」と放言した「そうです」。いやほんとこの辺どこまで信じていいやらです。また前涼に使者を飛ばして脅しをかけ、服属させています。


 そして前燕。慕容恪は段龕を攻撃する際、敢えて強硬策にはでず、包囲して長期戦の構えを示します。これにより食料が欠乏し、ついには段龕も降伏。ここに前燕はほぼ無傷で斉地を獲得します。さらに慕容恪はこの地でかつての名将たちの子孫らを探し回り、彼らに爵位を与え慰撫しました。


 つまり、どちらも晋の洛陽獲得に対して、大きな動きは示していません。事後孔明的に言ってしまえば洛陽一帯を敢えて空白のままにしておき、折衝地帯にしておけば割と情勢も安定したんじゃないかとも思うんですが、まあどの国も天下統一狙いですし、そんな希望的観測が通じるはずもありません。と言うわけでここからはみんな大好き、大国同士のぶつかり合いです。

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