第五十二話 あれは?
ある古い住宅街のはるか上空で、普段は見かけないトンビが弧を描いていた。近くに見える山林からは、野鳥のさえずりが微かに届いている。
誰かが、鉢植えの花や庭木に水やりをしていた。彼女の周りには、一匹のアゲハチョウがとまる場所を探しているかのようにヒラヒラと舞っている。
彼女は、ゆっくり手を差し伸べながら小さく囁いた。
「蝶々さん……今日も来てくれたの?どこから来たのかしら……」
アゲハチョウは、彼女の手や鼻先に近づいたり、離れたりしながらも優雅に飛び続けていた。
今度は、空になったじょうろを手にしたまま、動きを止めている彼女を見つけたスズメが近くの庭木に飛んできた。
『チュンチュン(あっ、あの人が庭に出てきたよ。ねぇ、誰か来て)』
一羽のスズメが庭木にとまり、それに続くように別の二羽のスズメもやって来た。
『チュン(ほら、やっぱり一人でしょ)』
『チュンチュン(おかしいな……私は、部屋の中で二人で座って話してるのを見たんだけどな)』
『チュンチュン(ヤバい!何かがやって来るよ)』
『チュンチュン(そうだね、すごい殺気!?あっちに行こう)』
『……チュン(あっ、待ってよ〜)』
庭木から二羽のスズメが飛び立ち、続けて残りの一羽も後を追うように飛び去った。
それと入れ替わるように、グレーの塊が生け垣の隙間から、勢いよく駆け込んできた。
「きゃっ……」
『……!?』
一人と一匹は、お互いに驚いた様子で見つめ合った。
『……』
青い瞳が庭を急いで見渡した後、彼女を凝視している。そして……。
『フーゥ!(誰だ、ここで何してる。ここは千紗の家だぞ!)』
威嚇の声と同時に全身の毛を膨らませたアオが、彼女に向かって、つま先立ちになった。
「……あ、あの……」
彼女は、初対面の野良猫に威嚇されて恐怖を感じたようだった。
窓際のいつもの場所で、一塊の猫団子になって微睡んでいると、何やら窓の外で威嚇の声が聞こえてきた。
「ん……何事だ?」
キズナがスッと立ち上がるとカーテンをかき分けて窓ガラスに近づいた。
そこから見えたのは、琴子に威嚇するアオの姿だった。
「アオのやつ……やけに殺気だってるな。なんか嫌なことでもあったのか?」
「そうね……それよりも、慌てているみたいね」
いつの間にかキズナの隣にはミイがやって来ていた。
『ニャーン(おい、アオ!こっちに来い!)』
キズナの一声がアオの耳に届くと、アオの視線が彼女から窓辺と変わる……途端に、アオは窓際へと駆け寄った。
「ボス!」
「おぉ、機嫌が悪そうだが、何かあったのか」
「ボス……そうじゃなくて、あの……」
興奮してふわふわしてたアオの毛がスーッと落ち着いていく。先ほどまでポンポンに膨れ上がったしっぽは、まだ完全に元には戻っていないがふわふわしたまま下がった。
「それよりも、ボス……千紗は?あの人は誰ですか。千紗に会いたくて走ってきたんです……あっ、黒猫さんを置いてきちゃいました」
いつもと違う空気感を感じた猫たちが昼寝を中断して起き出してきた。そして、キズナとミイの後ろに座って控えていた。
窓ガラスを挟んで言葉を交わすのは……遠い昔キズナが白猫で、ボスだった時にミイの家に……あの時と同じような光景が、ここでまた繰り返されているのだった……。




