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強引にこっちの都合を変えられても、それほど嫌な思いはしなかったのは自分的には珍しい。ギルド長とは相性はそれほど悪くはないのかもしれない。
毎回新しい町に着くたびに顔を出すことと、同じ町に滞在するなら1週間に1回顔を出す必要があるのも、スポンサー様の要求だとすれば、従うしかない。
でも、1週間に1回顔を出せば他の日は好きにしても良いわけで、向こうの世界よりはましだよなぁっと自分の気持ちに整理をつけたところで食堂に着いた。
食堂は中に入ると少し薄暗く、予想を裏切らないイメージどおりの場所だった。普通に賑わっていて、やはり1人じゃ入りづらい。どの席にどのタイミングで座ればいいのかわからない。店の中をきょろきょろしているとギルド長を見失った。
「おい、こっちだ。」ギルド長が既に席についていて、手をあげて合図をしてくる。
少し奥まった人目につきにくい場所で、座ると落ち着く。毎日来るというのは本当のようで座ったらもう料理が目の前に置いてあった。早い。
「ギルド長、こっちは新人かい?」
「おお、昨日この町に来たばかりの新人なんだ。時々こっちに顔を出すかもしれないから気にかけてやってくれ。」
「はいよ。自慢の料理を出すから、待ってるよ。」
陽気な大阪のおばちゃんみたいなウエイトレスさん?が私の背中をばんばん叩いて奥に戻っていく。痛い。この店のおかみさんだよとギルド長が教えてくれる。
料理の頼み方は簡単で、昼間は日替わりランチみたいなものしかなくて、席に座ればそれしか料理がでない。だから早かったのか。座れば何も言わずに料理がでるのであれば利用しても良いかもしれない。量は冒険者相手なので少し多かったけど、味は普通に美味しかった。
「マキノはしばらくこの町にいるのか?それともこれだけ採取して錬金も済ませたから、隣町に行くのか。
隣町はこの町の真上、北側にあり、マキノの足で歩いたら1日半ぐらい、乗合馬車に乗れば半日で着くぞ。ここよりほんの少し大きい町で、モンスターのレベルが少しあがり、物価も少し上がる。
ここでは取れない素材も取れるが、レベルの低いうちは、この町の周辺にいる方が安心だと思うが。」
ギルド長が、ものすごい勢いでランチを食べながら、器用に話しかけてくる。
「はい、もう少しこの町にいるつもりです。先ほどギルド長が、この町で採取できるものをほぼ採取しているというのを聞いて、まだ採取できていないものがあることがわかりました。
それに「スライム」をはじめ、モンスターからのドロップアイテムが何も取れていません。図鑑を埋めるためにも最低1個づつは手に入れたいと思っています。この町の図鑑に掲載される予定のものを全部埋めていかない限り次の町にはいけません。」
まだ採取していないものがわかっているのに、次に行くのは気持ちが悪い。職場ではこの性格を疎ましく思う上司もいたけれど、こっちの世界では自由だと思うと、もう少し好きにしたい。
「お、おう。そうか。それなら安心だ。マキノが昨日の時点で採取できていないもののうち、1個はかなりレアものだ。「スライム」のドロップアイテムも俺が何だったのか覚えていないぐらいだから、当分この町にいることになるな。
来たばかりだから、無理はするな。人生のボーナスステージ中だと思っておくといいぞ。当分いるなら、宿屋はどうする。このあたりは確かにモンスターレベルは低いし、物取りや盗賊もいない。
だが夜に外で一人で採取や錬金をしている姿を他の人に見られると怪しまれるぞ。それに、宿屋の部屋のベッドで寝ればHPMPともにMAX回復仕様だ。異常ステータスも治ってしまう。ご都合主義だぞ。この町にMP回復アイテムは売っていないし、初級のレシピに載っていない。宿屋のベッドは寝るだけでMAX回復使い放題だぞ。手続き一緒にしてやろうか。」
MP使い放題!時間とともに少しずつ回復する仕様であるとは言いつつ、一気に錬金するとジュースだけで回復するのは少々厳しい。MP回復アイテムは通常売っていない仕様なのか。
「テント」の作成はもう少し後になりそうだし、MPを気にせず錬金したい。ギルド長の煽りにまんまとひっかかったような気もするけれど、MP回復が今の自分には一番必要なのは確かなので、
「すみません、宿屋に泊ります。手続きぜひお願いします。」
知らない人と知らない内容の手続きを回避できるのは非常にありがたい。ぺこりと頭を下げると、にこりと笑ったギルド長が下げた頭をぽんぽん叩いてくる。
「おう、いいぞ。それぐらい俺に気軽に頼め。ここに半ば強制的に送り込まれたテスターの面倒をみるのが俺の仕事だ。遠慮するな。
まぁここに送り込まれるようなプレイヤーの大半はすぐに順応し勝手に無双していくやつが多いのは確かだが、それでも合わないやつもいる。マキノに拒絶反応がでなくて良かったよ。」
「拒絶反応が出た人はどうなるんですか?」
「拒絶反応が出たら即強制送還になる。こっちで亡くなる時と同じで何も記憶を残さずに元の世界に戻ってもらうことになる。」
「目標達成できたら記憶残ったまま戻れるんですか?」
「ああ、強制的に削除することはなくなるが、残したうちの半分ぐらいは後で削除を依頼してくるらしい。」
「何故、苦労して達成した記憶を消そうと思うんでしょうか。」
「そりゃ、目標を達成したら、二度とこっちの世界に戻ってこれないからだ。
こっちの世界でハーレム作ったり、愛する人ができたり、信頼できる友人を得たり、無双できるチートなスキルや能力が、向こうの世界に何一つ持って帰ることはできない。
本当は経験や知恵は持って帰ることが出来ているんだけど、こっちで簡単にできたことが向こうの世界ではできないことに耐えられなくなる奴がいる。
記憶がリアルであるほどこっちと向こうの世界が違っているほど、2度と戻れない。得られないものならば、記憶さえ要らないというらしい。
この辺は上層部に権限があるんで、俺はだいたいそんな感じだとかしか聞かされていないがな。これらもいつも帰る前にプレイヤーには伝えているんだけど、大丈夫と思っていても、その時になってみないと襲ってくる喪失感が自分にとってどれだけのものなのかわからないみたいだな。
まれにこっちの世界を選んでこっちで年を取るやつもいる。向こうの世界に二度と戻れなくても良いという選択をしてだ。それは本当にまれだ。
こっちの世界でどれだけ無双しても、向こうの世界に自分の体があれば里心もつく、こっちの世界に漫画もテレビもゲームもないしコンビニも便利なものは何もない、成功しなければ過酷な世界でもある。それに親や友達に同じ時間帯でもう一度会えるとなれば、帰りたくもなるよな。」
成功体験が強ければ強いほど、帰宅後の喪失感は大きいのかもしれないな。まぁ自分には関係のない話だと思う。
この年まで好きな異性がいたことがない。ハーレムの何が楽しいのかさっぱりわからない。地位も無双も興味がない。今はタブレットの中の図鑑が埋まっていくのが一番楽しい。図鑑がコンプリートしたら、きっと満足して終われるだろう。




