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マキノが向こうの世界に帰ってしまった。今回のテストは成功でその点マキノには感謝している。あいつがこっちの世界にいた時間は約1年間。よく1年間で達成して良かったなと思う一方で、もう少し長く一緒にいたかったなと残念だと思う気持ちが自分の中にあることに気づく。
マキノ、こっちの初期設定で15歳の男女の見分けもつけないような容姿で会ったせいもあり、ずっと庇護すべき子どものような気持ちで接してきていた。ひとりが好きで他の誰にも慣れない様子で野生動物のように威嚇していたのに、頭をがしがしすると気持ち良さげに目を細める姿を見るのが好きだったのかもしれない。
マキノは戻ったら向こうの世界がすぐに始まる。こっちのことも夢か何かのように日常に紛れて消えていくだろう。
俺は今まで何人もテスターを見てきたのに、マキノを送り出した後、ぽっかりと穴が開いたような寂しさが残っている自分に苦笑する。また、すぐに次のテスターが来るはずなのに、何故こんなに感傷的になっているんだろうか。
ガチ勢で少々屈折しているところがあるが真面目で集中力もすごく機転も聞くし、発想力もいい。意志の力もあり慎重で変人で笑うと本当に可愛かった。
マキノ、そういえば最後送り出す時に妙なことを言っていたな。その瞬間を思い返す。
「ギルド長、向こうで待っていてください。」
マキノ?気づいていたのか?
俺は今向こうの世界にテスターがいないこともあってログアウトすると、マキノが言う向こうの世界、ここ日本の職場のオフィスでため息をつく。まさかな。
そんな感傷に浸かっていても仕事は次々とやってくる。
あいつがまた新しいテスターをスカウトしてきた。今度はモンスターに転生したいやつみたいだ。何故にそんなめんどくさい転生体験をしたいのかよくわからないが、この普通の人がよくわからないような理想、体験を投入した時に、世界にどんな影響を与えるのかを上司の命令で調査するのが俺の仕事だ。
調査報告は真面目に上司にしているが、実は俺、上司に会ったことがない。いつもメールで連絡がくる。給与も振り込まれる。実際問題このシステムがどう運営されているのか素人の俺にはさっぱりわからない。それでも上司はいろんなタイプの人の希望や行動や経験を報告すると喜んでくれているのがわかる。
向こうの世界に連れていったテスターを、ちゃんとこっちの最初の時間軸に戻しているのも知っている。時間をさかのぼっているはずなのに、俺にはそれがわかっていることが俺にはよくわからないのだが、なぜかそれを受け入れてしまっている。だからここの仕事続いているんだろうな。
今度のテスターは真面目で素直でいいやつだ。何故か水竜に転生して、毎日その姿でトライアスロンをするんだと頑張っている。何がしたいのか本当によくわからない。水竜は泳げるし走れるかもしれないが、自転車に乗れるのか?
だが、この普通の俺がよくわからない奴というのがテストに必要なんだろう。
そんなよくわからないテストを監視、報告している中、俺のオフィスの扉が開いた。
あいつだろうと思って振り向かないで仕事を続けていたら、聞き覚えてある声が聞こえてきた。
「ギルド長、1年間探しましたよ。でも、見つけました!」
驚いて振り向くと、妙齢の女性に育った?マキノが立っていた。何故?
マキノは実際の年齢は31歳だと言っていた。最近それぐらいの女性を見ていないからマキノが若く見えるかどうかはよくわからないが、この間別れた時が15歳の姿だっただけに、これがマキノなのかとうろたえる。
「ギルド長、こっちの世界では初めまして?遠山真希乃です。」
「マキノ、何故、俺がここにいるとわかったんだ。」
「ギルド長、無意識だったんですか?いろいろヒントをくれていましたよ。こっちの世界での仕事の内容、相棒のスカウトマンの性格や容貌、テスト中での時間の循環や感じ方、ギルド長の好きな食べ物、好きな色、やりたかったこと、話し方、イントネーション、会った時のギルド長の言葉の一字一句まで、すべてしらみつぶしに調べました。1個ずつすべての可能性を確認したら、ちゃんとたどりつけましたよ。ジン深層心理研究所。」
そうだ、マキノはこういうやつだった。まさかこっちの世界を探り当てられるとはおもっていなかった。
「いつ頃から、俺がこっちの人間だと気づいたんだ。」
「最初からです。」
「最初から?俺、ギルド長っぽくなかったのか?」
「いいえ、ギルド長は本当にギルド長っぽかったですよ。でも、向こうの世界の時間の循環が、まるで夢の中のようだと気づいてから、自分は無意識階にいるっぽいなと気づいて。
胡蝶の夢かとも思ったのですが、それにしてはシステムがしっかりしすぎている。
自分を誘導するシステムを把握しているギルド長はきっとそっち関係の人なんだろうなと。たぶんスカウトの一力さんに、わたしがよく明晰夢を見るっていう話をしたせいじゃないでしょうか。夢を見るのは得意なんです。」
久しぶりに目を見開くギルド長を見るのは何だか嬉しい。
ギルド長も今のヒントに気づいたかもしれない。
「スカウトの一力って、マキノ、あいつの名前を思い出したのか。」
じゃーん。種明かし!
ギルド長の目の前に、スカウトマンの一力さんの名刺を見せる。
向こうの世界で夢を達成して、1年前の同じ時間軸で目が覚めた後、もう一度どうしてもギルド長に会いたくなって、必死であっちの世界に行った過程を思い出してみて、やっと一力さんの名刺を見つけた。
夢ではなかった。ただし住所も連絡先も入っていない社名と担当者名だけの名刺からここを探すのに、仕事を終わってからの時間を使ってこつこつ執念で1年かかってしまったけどやっと見つけ出した。
ギルド長の見慣れた苦笑に微笑み返すと、
「ギルド長、こっちの世界では、なんてお呼びすればいいんでしょうか。」
「そうだな。波多野だ。波多野真一郎だ。」
ギルド長に腕をひっぱられると軽く抱き寄せられ頭をがしがしされた。
向こうの世界と変わらないギルド長の温かい手のぬくもりが伝わってくる。
向こうの世界と変わらない目を細めて嬉しそうな顔になるマキノを見てほっとする。
マキノは初ギルド長の個人名を手に入れた。
「し、仕事は辞めてきたんです!どうしても、ぎ、ギルド長と一緒に仕事がしたくて。」
見た目は30超えているちゃんとした大人に見えるマキノだが、向こうの世界のマキノがそのまま中に入っていることを知る。
こっちの世界でもいろいろマキノを見守っていきたい気持ちがどーんと湧いてくる。
「わかった。上司に伺いメールおくるわ。」
そう言い終わらないうち、パソコンからメール着信の音がしたので、いつもの癖で軽く確認すると、
「あー。上司からだ。マキノ、就職おめでとう。こっちでも俺が上司できるみたいだわ。」
あっという間の返信に、伺いメールすら出していないことに気づく。やっぱりこの会社の上司は変だ。摩訶不思議だけど、それでもいいかと思えるから仕事続いているんだろうな。
「ひとりの方が精神的にはまだ楽ですが、それでももう一度会いたいと思ったのは、ギルド長が初めてです。仕事は何でもできます。こちらこそよろしくお願いします。」
なんの駆け引きもできないマキノの本音の言葉に、軽く抱き寄せた腕に俺はついうち力を入れてしまった。
お互いが今持っている気持ちが恋愛なのかなんなのかよくわからないが、きっと一生懸命に好きなことを集中して実行するマキノを見ているのは飽きなくて楽しいだろう。
「マキノ、社員になったら、また向こうの世界に仕事として行けるぞ。賢者の石を作り出したおまえを、待っている奴もいるはずだ。それに、あー。また、一緒に「ナトカの石」でも拾いに行こう。」
また、あの世界をギルド長と一緒に駆け巡ることができるのなら、そんな幸せなことはないだろう。
神様、このゲームのテスターに選んでくださってありがとうございました。
終




