表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/89

第43話 同じ場所で過ごせるなら

「私、ですか?」


 そう言いながら千尋は、ふっと表情を消した。


「特にありません、それより愛の話がたくさんあります」


 機械的にそう言ったが、いったい千尋の頭の中には愛の話がどれだけあるのだろう。

 そして自分の事は、その表情と同じくらい表に出さない。


「私は愛といつもたくさん話すんですけど――」


 そんな所は見たことがないな……

 見てない所では、ふたりはよく話しているのかな。


「愛は最近、輝さんの事ばかり話すんです」


 そう言って、千尋は愛が言ったという言葉を列挙する。


「『今日輝さんの髪が跳ねててアンテナになってた、あれ電波入るかな』とか、『輝さん私の楽譜律儀に使ってる、もう楽譜返すのやめようかな』とか、『輝さんと同じクラスだったら、いつもちょっかい出せるのに』とか、他にもたくさん」


 あの、楽譜は返して……


「愛、ずっと輝さんの楽譜を大事に持ってるんです。この前、昼休みに少し撫でてました」


 愛着わいた……? その楽譜に。


「あの時の表情、今まで見たことがなかったです」


 そう言った千尋は、初めて口をとがらせた。


「輝さん、愛を私から持って行っちゃだめです」


 ……もしかして、すねているんだろうか。


 千尋は、愛がそんなに大事なのか。俺に持って行かれると思ってそんなふうにするくらいに。

 だとすれば――愛は千尋に「輝さんと同じクラスだったら」と言ったらしいが、それは千尋に対しての失言だったかもしれない。


 でも、愛が言ったようにふたり同じクラスだったら、ちょっと楽しそうだ。

 ……ストッパー役も必要になるけど。


 ああ、もういるじゃん。ストッパー役。


「ね、さっき、愛が俺と同じクラスだったら――って言ってたね」

「はい。私を置いて、行ってしまうつもりです」


 ツッコミは入れない。

 ……千尋もツッコミ必要なのか。


「それならさ、千尋も愛と一緒に来たらどうなの? 俺と、愛と、千尋と――学年はとりあえず置いといて、3人同じクラスだったら。そうなったら、どうなると思う? 千尋は」


 愛専属ストッパー、千尋。それなら愛とふたりセットで来てしまえばいい。


 すると、どうなるだろうか。


 愛のことは、俺にはまだ分からない。想像がつかない。

 でも愛のことをよく知っているであろう千尋なら――3人同じクラスという状況を、どう想像するだろう。


 千尋は少し考えてから、言った。


「愛が輝さんにちょっかいを出しに行くのを、私が追いかけて止めます」


 ……。


 どたばたとやって来る愛と、どたばたとそれを追ってくる千尋。そのふたりがこっちに迫って来る。

 そこで俺は――自分の席から、逃げ出そうか。千尋が愛を止めるまで、逃げ切ればいい。


 千尋は両手をぎゅっと握った。


「でも――」


 そう言って、少しうつむく。


「……間に合いません」


 間に合わないか。


「ふっ……」

「どうして笑うんですか」


 少しだけ不満げにそう言って、千尋はちょっと考える。


「あと、輝さんの髪のアンテナは直させます」


「……」


 千尋がイメージする「同じクラスの海野輝」は、跳ねた髪がアンテナになっているらしい。


「俺の……その、アンテナは別にいいんじゃ――」

「駄目です、気になります」


 そんなに、アンテナ気になる?

 ……いつアンテナになってたんだろう、俺の髪。


 千尋はまた考え込んで、それからぽつりと言う。


「……同じ学年だったら、同じクラスだったら、気になりますね」


 そう言ったところでまた、表情を消した。


「ありえない話、ですけど」


 ありえない話――

 そりゃあ、そうなんだけど……俺が留年しない限りは。


 学年が違う俺たちは、同じ場所では過ごせない。


 同じ場所では……


「……そこまでありえない話じゃないよ、これ」


 ふと思いついて言った俺の言葉に、千尋は表情なく問いかけてくる。


「学年が違うのに、ですか?」


 確かにそうだ。普通なら。だけど今、俺たちは――


「俺たちは学年は違うけど、今は同じ合唱部にいるんだ。同じ場所で過ごせるし、ここにいれば、ただのクラスメイトよりずっと近い距離でいられるよ」


 7人の部員と追加の俺、2人の先生。この仲間(メンバー)は半ば家族のような形をしている。

 それに――


「さっき言った、3人で同じクラスになったら、って話。本当にやれたら面白そうだな――って、思った。俺が合唱部にいる間だけでも……できないかな?」


 ひと時でもいい、こんなクラスメイトたちと戯れながら過ごしてみたい。

 それもひとつの、理想の学生生活の形かもしれないから。


「里奈だってあんなにたくさん話しかけてくるんだし、もう学年なんて考えなくていいよ。もっと気を抜いて、みんなで一緒に過ごそうよ」


 それを聞いて、千尋はまた考え込んだ。


「そうですね……」


 それから、目をつむる。

 無表情に考え込んでから、口を開いた。


「それじゃあ、輝さん――」


 うん。これからよろし――


「輝さんは、月曜までに髪を切ってきてください」


 ……はい?


 なんで?


「なんで?」


 思った言葉がそのまま出る。

 いったい、急に何を――?


 千尋は俺の顔……というより髪を見ながら言う。


「髪、ぼさぼさです。ちゃんと切らないからアンテナが立つんです」


 いやアンテナはまあ、ちょっと不覚だったけど……これからは朝ちゃんとチェックして、水つけて直してくるから。少しくらいぼさぼさになっててもいいんだよ。


「少しくらいぼさぼさでもいいって思っているでしょう?」


 ……だめか?


「駄目です、ちゃんと切らないと格好がつきません」


 なんだ――?

 心を読まれている、だと?


「土日がありますから、切れますね?」


 ……有無を言わさぬ雰囲気で言う千尋。愛が素直に従うのも、分かる気がする。


 そこまで言ってから、千尋はかすかに笑顔を浮かべた。


「……そうですね、輝さんがいいって言うのなら、学年を気にせずに接するのもいいですね」


 うん……それがいい。その方が、よっぽど面白いだろうから。


「愛がふたりに増えたと思えばいい、か。よし――」


 いや待って待って。俺は愛と同族扱いになるのか?


「輝さん――私は輝さんのことも愛と同じように、締めるところはきっちり締めていきます。きちんと言う事を聞いてくださいね」


 うーん……


 ……あんまりよく分かんないな、千尋。


「それじゃあ、輝さん」

「はい」


 思わず返事をした俺を、千尋はスルーして言う。


「もういいでしょう。練習室に戻っても追い返されないはずです」


 ……そっちか。

 でも、そうだ。そこそこ時間は過ぎたし、もういい頃だろう。


 俺たちは席を立って、愛たちが待つ練習室へ向かった。


・・・・・・


 ドアのレバーを握って力を込めると、いつもの手ごたえと共にレバーは上がった。自由になったドアを、押し開く。


「お、帰ってきた」


 中にいた愛がこちらを見て、にんまり笑いながら言った。


「あれ、なーんだ。手くらい繋いでくるかと思ったのに」


 向こうでガタッと音がした。


 俺の後から入ってきた千尋が、すっと愛の前に進み出る。


「愛……」

「なーに?」


 しばしの沈黙、そして――


「ちょっと、一緒に来て」

「あ……」


 愛の手首をつかんだ千尋が、ぐっと愛を開いたドアへ向かって引っ張った。

 そうだ、初めにこの部屋から締め出された時、千尋は「後で、しっかりこらしめます」と言っていた。


「いやー! シメられる、シメられる!」


 ぐいぐい引きずられていく愛の断末魔が練習室に響く。

 それでも無表情の千尋は、愛を外へ引っ張り出して、ドアを閉める。


――ガシャッ


 レバーが下げられ、愛の叫びは防音のドアに遮られて消えた。


 ……。


「輝、おかえりなさい」


 閉まったドアを見て突っ立っていた俺の後ろから、琴音の声がした。

 振り返ると、琴音はなんだか微妙な表情で立っている。


「愛、大丈夫かな」


 俺は琴音の冷静な答えを期待して、そう聞いた。


「……知らない」


 そうか……


 仕方ない。とりあえず、荷物を整理してすぐ帰れるようにしておこう。


・・・・・・


 しおしおになった愛が帰ってきたのは、下校時刻間近になってからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ