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「やっぱり私たちって、負け組なのかな?」
突然彼女はそんなことを言い出した。
負け組。負けた側のグループ。
反対側は勝ち組。
「じゃあ誰が勝ち組なの?」
僕は聞き返す。彼女と同じように、僕たちは紛れもなく負け組だと思うけれど、彼女も同じことを考えてると期待して、そう聞き返す。
「私たち以外。」
「多分言い過ぎなんだと思うけど、それには同意せざるを得ないな。」
この世界に住んでいるごまんといる人類のなかで、間違いなく負け組だと言える自信がある。
それだけのことをしている。
それだけのことをされている。
その自負はある。
「じゃあ、不幸せかい?」
うーん、と彼女は考えながら薪をくべている。
薄暗くて、湿っていて、誰も近寄って来ないような場所。
そんなところに二人きり。
誰にも滅多に会わないし、景色も代わり映えしない。
それでも。
「案外、幸せかも。」
「案外、ね。」
そう言って笑いあえるこの場所が、僕は好きだ。
彼女にも好きであってほしいと、押し付けがましいながらも思っている。
「じゃあ、今日もいっちょ頑張ってきます。」
僕は彼女にそう宣言する。
何かは言わない。
言うのはとてもはばかられれてしまう。
「うす。行ってらっしゃい。」
彼女は僕を送り出してくれる。
その言葉が、僕を少しだけ安心させてくれる。
「じゃあ、いつも通りに」
彼女は僕の方を向いて言う。
「私はここにいるからね。」
そう行って、彼女は火の前から離れる。
そして近くにあった赤色のボタンを押した。
火の中から、目に見えないけれど確かに感じるエネルギーが流れ始めてくる。
体が蝕まれていくような感覚に襲われる。
そしてその侵食は、理性を崩壊させていく。
人間のありとあらゆる黒いものが、僕の思考を奪っていく。
正気でいられない。
立っていられない。
誰にも会いたくない。
今の僕は誰とも顔を合わせられないくらいに、人間じゃない。
様々な記憶が、僕の中に入ってくる。
人殺し、蹴落としあい、レイプ、戦争、犯罪……
そんなことをしようとする人たちの考えが、僕の精神を崩壊させていく。
人間はこんなことをするんだ。
同じ人間にこんなことをするんだ。
僕だって人間だ。
僕だって人間なはずだ。
こんなんじゃない。
人間はこんなに醜くない。
もっと賢いはずだ。
もっと理性的なはずだ。
……僕も本当に人間なのか?
僕は誰だ。
僕は誰なんだ。
誰って言う言葉が正しいのか?
僕もこんなに醜くて汚くて憎たらしい人間なのか?
嫌だ。
僕はこんなに汚くない。
こんなに汚くないんだ。
同じ人間であるはずがない。
じゃあ僕はなんだ。
人間じゃなかったらなんだ。
僕は何なんだ!
「……ただ今の時刻は、21時11分32秒。気温は……さぶっ!3度。えぇ、あなたは人間です。もう一度言います。あなたは人間です。」
「俺をあんなやつらと一緒にしないでくれ。俺はあんなやつとは違う。俺は人間なんかじゃない。俺はお前とは違う。」
「違うよ、君は人間です。紛れもなく。汚くて、醜くて、とっても憎い人間です。私だってそうです。同じ人間、同じ種類。性別は違うかもだけど。」
「じゃあ、お前もあんなに汚いのか?俺に近づくな!俺はそんなに汚れてなんかいねぇよ!来ないでくれ。来ないでく……」
言葉を言う前に、彼女に抱きしめられた。
背中に回された両手が、優しく、でも強く、僕を抱きしめた。
「私たちは汚れてるよ。ずっと汚れてる。しかも汚れてる中でも一番汚い。だって負け組なんだもん。」
抵抗してみせる。でも、なぜかあったかい感じがして、抵抗するのをやめてしまう。
「君も私も、汚くても、負け組でも、こうして生きてきたんだよ。人間として生きてきたんだよ。それを否定しちゃいけないよ。」
彼女は耳元で囁き続ける。さながら子供をあやすみたいに。
「じゃあ、僕はあんなに汚いのか!あんな無様な程に汚いって言うのかよ。」
「そうだよ。君は汚い。私も汚い。人間は汚いんだ、何も間違っちゃいないよ。人間は汚い……」
だんだん彼女の言葉が弱くなる。噛みしめるように声を発している。
「それでも、私たちは人間としてこれまでもこれからも、生きていくんだ。汚くても生きていくんだ。」
強くはっきりと彼女はそういった。
その言葉は、とても頼もしく聞こえた。
「大丈夫。君は一人じゃない。汚い同士、手を取り合って生きていこうよ」
「私は、ここにいる。ずっと君のそばにいるよ。」
その言葉で、僕は号泣した。嗚咽を漏らしながら、ただ涙を流し続けた。
彼女は優しく抱きしめてくれた。僕はその優しさに甘えて、彼女の温もりの中で、泣き続け、終いには泣き疲れて眠ってしまった。
暖炉の火は燃え続けている。
二人を淡く照らし続けながら、確かな温もりを持って、燃え続けている。