紅蓮の戦姫
とりあえず考えを整理するためだけに書いたものです。
「・・・拾・玖・捌・漆・陸・伍・肆・参・弐・壱・零」
久遠の彼方より幾星霜の時を刻み続けてそれは今、解き放たれる。
「封印解除」
その言葉を受けてそれは目覚め遥か成層圏から地表へ向けて落下する。
大気の摩擦で紅く燃えるそれは地上に落ちる手前でわずかに制動をかけながらも地表に激突し爆風を巻き起こして大量の土砂を巻き上げる。
巨大な窪みを穿ちながらそれは地上に舞い戻ってきた。
破壊の業火をその身にまとって。
朝の光に目覚めた彼女はやや不満気に体を起こす。
簡易なテントにこれまた簡易なベッドである。
砂埃が入ってくるうえにベッドは硬くシーツも使い古しで清潔とは言い難い。
まだ寝たり無くはあったがこんなところで眠る気にもなれずに仕方なく体を起こす。
立ち上がって気付く今彼女の身体を包んでいるのはこれまた使い古しの清潔とは言い難い黄ばんだ服だ。
不機嫌さを隠そうともせずに外に出ると彼女のいたテントと同じようなテントが幾つも並んでいる。
(野戦病院なのか・・・)
そう考えるがそもそも彼女にはどうでもいいことであった。
そんなことよりも早くどこかの町にでも行ってもっと眠りたかった。
歩き始めようとしたそのとき不意に声をかけられる。
「よかった、目が覚めたんですね。
心配したんですよ昨夜大きな爆発跡に倒れているのを見つけたんです。
それであわ・・・」
話しかけてきた青年を無視して彼女は歩きだす。
わずかに慌てるように青年は彼女の後を追う。
「あの、待ってくださいよ。
まだ、ちゃんと検査してないんですよ。
もし頭とかに何かあれば命に関わることもあるんですよ」
尚も話しかけ続ける青年を無視して彼女は歩き続け不意に足を止める。
「おいっ」
いきなり振り向かれて青年はぶつかりそうな距離で彼女と目を合わせる。
ちょうど身長が同じくらいなので正面から彼女の瞳を見つめることになる。
氷のような蒼い瞳に燃えるような意志を感じさせる。
少し呆けて思わず青年は顔を赤らめる。
「腹が減ったぞ、どこか料理屋は無いのか」
言葉の意味を理解するのに少しの間をようして青年は答える。
「ここにそんな物はありませんよ。
周りを見てくださいよ。
みんな町を焼け出されて逃げてきた人ばかりですよ」
「そうか、ならばいい。
町まで行けば何かあるだろう」
「この辺りに町はもうありませんよ」
彼女は本当に何も分からないのか呆けたように青年を見つめる。
「本当に何も知らないのですか。
それとも昨日の爆発で記憶があいまいなのかな」
「無礼な、記憶も頭もしっかりしておるわ」
「ここでは人目もあるのでテントに戻りましょう。
それからお話しますから」
渋々といった表情を隠さずに彼女はテントに戻り青年も後に続く。
「私にこんな物を食えというのか」
渡されたレーションを不満気に青年の顔に投げ返し彼女はそっぽを向く。
「そう言われてもここにはこれしかないんですよ。
我がままを言わずに我慢してくださいよ」
その言葉に彼女は不機嫌そうに青年を睨む。
「私がいつ我がままを言った。
腹が減ったと言って料理屋の場所を聞いただけだぞ」
青年は言い争いを避けるため素直に謝る。
それから今の状況を説明する。
「ヴィルジニティは知っていますよね」
「当然だ、アフェクシオン・ヴィルジニテの中枢制御とエネルギー制御を兼ね備えた人造人間のことだろう」
「その通りです、先日1人のヴィルジニティがカオン界の力を暴走させてディアーブル・ヴィルジニティに落ちました。
問題は騎士団の駐留地であったために250体のソルダが従属させられたことになります。
ソルダでもディアーブル・ヴィルジニティに従属させられてオグル化すればキャヴァリエでも勝つのは難しいのにそれが250体ですからね。
近隣の町は瞬くまに破壊されて焼け出された人々がこうして集まっているんですよ」
「国や騎士団は何をしているんだ」
「何もできませんよ。
ディアーブル・ヴィルジニティ相手ではアリストクラットでも勝つのは難しいですから。
ディアーブル・ヴィルジニティが魂を喰い尽されて死ぬのを待つだけです」
「そうか、分かった」
そう言うと彼女は立ち上がりテントの外に向かう。
「どこに行くんですか」
「そのヴィルジニティに会いに行くんだ」
その言葉に青年は驚いて彼女に叫ぶ。
「何を言っているんですかッ!
ディアーブル・ヴィルジニティですよ。
倒せるわけないじゃないですか」
その言葉に彼女は青年に呆けた表情を浮かべる。
「倒すなんて言ってないぞ」
言われてみればそうであった。
そもそも彼女を助けたときには裸で何1つ身につけていなかったのだから何もできないだろう。
そこで青年は彼女を助けたときのことを思い出して頬を赤くする。
そんな青年を不思議そうに見つめながら彼女は答える。
「そのヴィルジニティと話をしにいくだけだ」
間の抜けた表情を浮かべて青年はその意味を理解するのに戸惑った。
「いや、ですからディアーブル・ヴィルジニティですよ。
話し合いなんてできる訳ないじゃないですか」
「そんなことはないだろう。
ディアーブルになるからにはそれだけの強い想いがあったはずだ。
私はその想いを知りたいんだ」
どこか哀しげにそういう彼女に青年はしばし見惚れてしまう。
「分かりました、じゃ近くまで送りますよ。
ただし近くから見るだけですよ」
「その必要は無い。
私1人で十分だ」
「何を言っているんですか1人で歩いていくつもりですか。
それに車がなければ万が一のときに逃げることもできませんよ」
その言葉に彼女は怒りを剥きだしにして。
「無礼なッ!誰が逃げるんだ」
そう言うと彼女は青年を睨みつける。
「本当に無礼な奴だな君は。
そもそも名前も名乗らないとは失礼にもほどがあるぞ」
その言葉にようやく自分が名乗っていないことを思いだして青年は彼女に名乗る。
「失礼しました。
スクード・・・、スクード・ルーチェです」
「陽空凪・レイ・シェンファ、だ」
18メートルはある赤黒く禍々しい巨人の群が大地の上を行進している。
その中でも一際目を引く30メートルはある異形の巨人。
四肢は節くれ首は長く前に伸びてその顔は獣のように口が突き出し6つの眼光が輝く。
遠目に陽空凪とスクードはそれを見つめる。
「ここまでですからね。
これ以上は危ないですから」
話を聞いてないのか陽空凪はただ目の先のディアーブル・ヴィルジニテのみを見つめている。
不意に右手を上にあげると手の平を天に広げる。
大気が変質し光の文様が浮かびあがる。
「魔法使いなのか」
スクードが見つめるなか文様から銀髪の2人の子供が落ちてくる。
したたかに打ち付けた身体をさすりながらその子供達は陽空凪に話しかける。
「痛いです、何でワザワザ上に門を開けるんですか」
「そうですよ、酷いですよ」
「酷いのはお前たちだろう。
私を1人にしてどこに行ってたのだ。
おかげでこんなみすぼらしい服を着る羽目になったのだぞ」
スクードは戸惑いながらも子供達を見る双子だと分かるそっくりな顔と頭の上には狐の耳とお尻の部分から覗いているは尻尾である。
獣人の子供であろうか金の目と銀髪からは陽空凪の妹には思えない。
あらためて陽空凪に目を向ける燃えるような真紅の髪と蒼い瞳。
見とれていると突然、陽空凪が服を脱ぐ。
「着替えるぞアッシュ、セニサ」
「は~い、お召し物ですね」
慌てて目を背けるスクードを気にすることもなく陽空凪は服を全て脱ぐ。
アッシュとセニサは陽空凪と同じように宙に文様を描くとどこからか葛籠を取り出す。
蓋を開けると陽空凪の着替えを手伝い始める。
「では行くか、アッシュ、セニサ」
その言葉にスクードが振り返ると腰まである紅い髪を三つ編みでまとめて真紅の装甲服に大振の太刀を腰に佩いた陽空凪の姿が瞳に映る。
スクードが呆けたように見惚れているとアッシュとセニサの身体を蒼い炎が包み込む。
炎が治まるとそこには美女へと成長したアッシュとセニサがいる。
着物の胸をはだけると鎖骨の間の少し下の紅と蒼の宝石デゥセルヴォが現われ光り輝く。
胸のデゥセルヴォと全身のビジュ(装飾品)頭、耳、首、腰、腕、足が輝きを放つとはめ込まれたディエスアムが互いに共鳴しあうと音色が鳴り響く。
しなだれるようにアッシュとセニサが陽空凪を背中から抱きしめる。
陽空凪とアッシュとセニサを包み込むようにディエスアムから光の粒子が溢れると3人の身体を包み込んで宙に浮かべる。
陽空凪とアッシュとセニサを中心に亜空間から召還された紅と蒼に金のラインを持つアフェクシオン・ヴィルジニテが実体化する。
ユテリュス(操縦室)に羊水が流れ込むと陽空凪とアッシュとセニサを瞬くまに飲みこむ。
陽空凪は金色に輝く魔法陣の上に立ちアッシュとセニサはその後で羊水に浮いている紅と蒼の水晶球に座る。
ユテリュス(操縦室)の上下にあるディエスアムが光り輝いて室内を照らすと共にアフェクシオン・ヴィルジニテが目覚める。
アフェクシオン・ヴィルジニテの仮面の裏のディエスアムが光り輝くとその視界を陽空凪と共有して兜の上から面頰が現われて仮面の目から下を覆う。
「ゆくぞ、リアンユ・ホアンディ」
スクードは驚きながらも紅と蒼に金のラインを持つアフェクシオン・ヴィルジニテを見つめる。
頭部の兜の左右にも顔を持つ3面、背中には8枚の花弁を模した円輪を持ち、両肩の盾も長大で腕よりも長く、腰には大振の太刀を佩いている。
全身の鬼呼珠に「浮」の文字が浮かぶと宙に浮き上がり「飛」の文字でディアーブル・ヴィルジニテへと向かって飛んでいく。
リアンユ・ホアンディが大地に下りると気付いたオグルが向かってくる。
「数が多いなさすがに」
「それとオグルもディアーブル・ヴィルジニテも再生力が高いので生半可な攻撃では直ぐに復活しますよ」
「冥劾龍翅咆を使うぞ。
アッシュ、セニサ」
「我が主の御心のままに」
リアンユ・ホアンディの胸の装甲が展開すると内部の射出口が突き出し龍の顔が象どられる。
「エネルギー充填100%」
「冥劾龍翅咆発射します」
胸の龍の口内から輝きが溢れるとがオグルに向かって放たれていく。
龍の口から伸びる光は瞬くまにオグルの群を飲み込んで消滅させていく。
「残りのオグルはディアーブル・ヴィルジニテの傍にいる30体ほどです」
その言葉の終わらぬうちに残る全てのオルグがリアンユ・ホアンディに向かってくる。
「空雷八掌鬼 を使うぞ」
「御意に我が主の御心のままに」
両肩の盾が展開すると鬼の顔が現れて分離していく。
宙で更に展開して亜空間から質量を戻して巨大な8本の鬼の手が現れる。
鬼の手はオルグに向かって電撃を放ちながら迫り次々と薙ぎ倒していく。
磁界で捉えて動けないオルグが上から押し潰され、両腕ごと掴まれ握りつぶされていく。
その爆発の中をリアンユ・ホアンディは悠然とディアーブル・ヴィルジニテに向かって歩く。
「八華氷炎輪」
「御意」
背中にある円輪の花弁の中心の鬼呼珠に「龍」の文字が浮かぶと花弁が展開し龍の頭になる。
亜空間から質量を戻しながら首を伸ばすと近づいてくるオグルを噛み砕き、炎と吹雪を浴びせる。
リアンユ・ホアンディはディアーブル・ヴィルジニテの前までくると立ち止まり、
「さあ、君の声を聴かせてくれないか」
陽空凪の声と同時にリアンユ・ホアンディが両腕を前に広げる。
全身の鬼呼珠に「想」「聴」「届」の文字が浮かぶ。
「メリッサ、君は生きろ」
炎が燃え広がるその屋敷でアーデルは優しくメリッサに語りかける。
「嫌です、私もご一緒させてください。
だって私はアーデル様のヴィルジニティなんですよ」
「だからこそだよ、だからこそ君に生きていてほしいんだメリッサ」
泣きじゃくるメリッサの耳に廊下から複数の足音が響いてくる。
扉を強引に壊して騎士が数人なだれ込んでくる。
「アーデル団長!」
1人の女騎士が強引にメリッサを押しのけてアーデルに声をかける。
「アーデル団長!カティアです」
アーデルはカティアを見つめながら呟く。
「ありがとう、メリッサ・・・」
その言葉を最後にアーデルは目を閉じる。
「アーデル団長ッ!」
泣き叫ぶカティアの横にメッリサが座りアーデルに手を伸ばす。
「団長に触れるなッ」
その言葉にメリッサの伸ばした腕が止まる。
「ヴィルジニティのくせにどうして団長を守れなかったんだ。
お前がアーデル団長を殺したんだッ!」
メリッサを罵り続けるカティアを他の騎士達が止めて炎に焼かれる屋敷から脱出する。
「ごめんなさい・・・・、ごめんなさい・・・」
薄暗い部屋の中で自分の体をまさぐるそれを虚ろに見つめながらメリッサは呟く。
「もう薬が切れたのか最近効き目が弱っているんじゃないのか」
「こう毎日だと仕方無いんじゃないのか」
「もっと強いのに代えるか」
「それだと本当に壊れるだろう」
「まあ、あまり派手にはするなって言われてるからなカティア団長には」
「でも、いいんじゃないですか。
どうせ騎士を選ぶこともできないんじゃ他に役には立たないんだし」
「そもそも、なんでこいつここにいるんですか。
騎士も選べないのに」
「なんでも5年前に死んだ前任の団長のものだったらしいんだけどな。
それでカティア団長がこいつを引き取ったみたいだな」
「ああ、よくある女の嫉妬か」
「そういうことだ、まあそれでもうちの登録になっているからな戦場以外で死なれると色々調べられて面倒だ。
死なない程度に楽しむ分には構わないんだからな」
虚ろな瞳に涙を浮かべながらメリッサは呟き続ける。
「ごめんなさい・・・・、ごめんなさい・・・」
空が澄み渡るように青くどこまでも広がっている。
外に出たのはもう何年前になるだろうか。
呆けたように空を見つめていると数人の騎士が歩み寄ってくる。
「メリッサ、君にも裁判のために王都に来て貰うことになる。
このカティアが行っていた数々の不正の証人の1人としてな」
そこでメリッサはカティアを見つめる。
その顔に浮かぶシワの数が過ぎた年月を思い起こさせる。
「てめぇ!それが母親に向かって言う言葉か」
その言葉に気付きメリッサが問いかける。
「結婚したのカティア」
「当然だろういつまでも独り身な訳ないだろうが。
まったく今さらこんな忘れていた骨董品まで引っ張り出してきやがって。
どこまで親不孝な息子なんだい」
「忘れたの、カティア」
「ああっ、当たり前だろうが何十年前の話だと思っているんだ」
「アーデル様のことも・・・」
「誰だよそれッ」
その言葉にメリッサの中で何かが弾けて何かが溢れてくる。
「だって、アーデル様・・・。
どうしてカティア、何故忘れるの・・・」
「だから誰だよ、それ。
お前の昔の男か」
哀しみが悲鳴をあげる。
それは何に対してのものなのであろうか・・・。
溢れてくるその想いをメリッサには押さえることはできなかった。
何も考えたくはなかった。
思考を放棄したメリッサの魂を喰らうようにそれは溢れメリッサを包み込んでいく。
やがて闇がメリッサから溢れだして荒れ狂う。
「そうかそれが君の望みか。
分かったその願いを叶えよう」
陽空凪の声と同時にリアンユ・ホアンディが腰の太刀を抜き放つ。
「安心しろ君がアーデルのことを本当に忘れてしまう前に殺してやる。
優しき日々の想いを呼び起こしその闇を断ち斬れ」
「優」「日」「想」「呼」「起」「闇」「断」「斬」
全身の鬼呼珠が光り輝き太刀に収束する。
「メリッサッ!」
太刀が振り下ろされディアーブル・ヴィルジニテを真っ二つに斬り裂く。
刹那、メリッサの脳裏に浮かんだのは・・・。
メリッサから光が溢れ闇を照らしてディアーブル・ヴィルジニテを浄化していく。
爆風と炎を巻き起こすアフェクシオン・ヴィルジニテに背を向けてリアンユ・ホアンディは歩き去る。
あれからスクードは半ば強引に陽空凪の旅に同行させられていた。
「どうせ町も焼けて行く当てもないのだろう。
私についてくればそのうち騎士として取り立ててやるぞ」
「取り立ててやるってどこのお姫様なんだよ」
「国ならこれから興せばいいさ」
「そんな簡単に・・・」
そこでスクードはあのアフェクシオン・ヴィルジニテの力を思いだす。
「まあ、国を興すのは冗談だけどな。
あんなのは面倒なだけだ。
本気でするなら大陸を制覇して独裁政治で誰も逆らえないようにするのが一番だからな」
「それなら君は何が目的なんだ」
「それをこれから捜すのさ。
だから一緒に来いスクード」
気付いたらスクードは差し出されていたその手を取っていた。
その手の導く先にあるのが栄達か破滅かそれはまだスクードにも誰にも分からないことであった。