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【第八話】 男が酒を飲む理由

「はぁー……なるほど。そういう事があったんですかぁ」

「そーなのよー! もー、だから飲まなきゃやってらんないでしょーよ!」

「父上……あんまり飲まれるとまた大変なことになりますよ?」


 深夜のバルコニー。

 既にアルコールが回りきったオレはアスクレーピオスを相手にくだを巻いていた。

 あきれ返る医者。

 杖に巻きついた蛇たちまで微妙な顔をしている、気がする。

 息子に飲んで愚痴る父親ってどうよ、ってとこだけどオレ「中の人」だしまぁいいよな。

 もう、「あんなの」を見せられては素面で夜を迎える気になどなれなかった。

 あの後、仲良くなった男どもを神殿じたくに呼んで無理やり飲み会を開いてしまった次第だ。


 今夜の飲み会メンバーは5名。

 オレとアスクレーピオスにパーン、バッカス、そこにキューピッドことエロース君が加わっている。

 エロース君ってこの間のあの人ね。

 ウーラニアーのせいでオレと危うく新しい世界に行っちゃいそうだった人ね。


 正気を取り戻した彼はけっこうおもしろい奴で、かわいい顔してるくせにけっこう酒も強かった。

 因みに「そっち」の気はホントにないらしい。

 オレが、向こうの世界に行った「あいつ」に憧れの君を寝取られた話をすると、エロースは心から同情してくれた。

 

「うーん……こっちの世界の人なら僕の矢で何とかしたんですが、人間界だとなぁ……」


 すっかり涙酒になっているオレを前に、エロースは困った顔をしていた。

 エロースの「黄金の矢」で射れば、どんな相手でもオレにメロメロになる。

 逆に、「鉛の矢」で射れば、恋を破滅させることもできる。

 下界のあいつと栗生の仲を引き裂くことなんてお茶の子なのだ。

 だが、エロースも今の下界には手出しできない事情があるらしい。

 昔はよかったが、今はやたらに干渉する事を禁止する風潮があるのだそうだ。

 

 理由は、宗教。

 ギリシャ神話の昔と比べ、人間社会に「ジャンル」の異なるたくさんの神様が混在するようになった現在。

 ただでさえあちこちで戦争が起きているのに、神様がみんなで好き勝手に人間界に手を出せば余計に混乱する。

 だから、自分たちの都合による不必要な干渉は控えようという取り決めが何か大きな会議で決まったらしい。

 それに反するといろいろ良くないのだ。


「特に日本だと、『八百万やおよろず』っていうくらい神様がいっぱいいるでしょう。勝手に手を出すと怒られちゃうんですよ」

「だってさぁー……あすこにいんのここの関係者でしょー?」

「まぁまぁ、そう困らせないであげてくださいアポロン様」


 オレがエロースに絡んでいると、なだめるようにバッカスが酒を注いでくれた。

 さっきからこのおっさんは一番飲んでるのに全然顔色が変わらない。

 さすが、ワインの神だ。


「エロースは、『前の』アポロン様とちょっと揉めたことがあったんですよ」

「ほえ?」

「女の子絡みでね」


 バッカスによると、若き日のエロースはちょっとヤンチャだったらしい。

 金の矢と鉛の矢で人や神を手当たり次第に撃ち、恋をさせたり失恋させたりして遊ぶのが日課。

 やられたほうはたまったものじゃないが、子供だったからホントに「いたずら感覚」だったらしい。

 そんな彼に余計な事を言った「いらんことしい」な奴。

 それがアポロンだった。


「そういう事するのはお前がモテないからだろうって、アポロン様はそういう事をエロースに言われまして」

「うわぁ……マジか。大人げないな」

「まぁ、怒りますよね?」


 頭にきたエロースの目に飛び込んできたのはダプネーというきれいなお姉さん。

 それを見て閃いたエロースはアポロンを金の矢で一撃。

 アポロンは一瞬にしてダプネーに激惚れした。

 しかし、エロースは逆にダプネーを鉛の矢で撃った。

 ダプネーにはアポロンがただのキモイ奴にしか見えなくなった。


「エロースの矢の恐ろしさはまぁ、ご存じでしょう。アポロン様はなんというか、発情した犬みたいになってダプネーを追いかけ回しましてね」


 アポロンは「ダプネーちゃんハァハァ」「全身から湧き上がるこの想い、ダプネーちゃんに届け!」みたいな感じでダプネーを追いかけ回した。

 ダプネーは恐怖した。

 襲い来るアポロンから「ウヮァアアアアン! キモイヨー!」と逃げ回った。

 しかし、あの変態はしつこかった。

 ハァハァ言いながら、地上の果てまでをもダプネーを追いかけ回す勢いだった。

 そしてついに、逃げられないと悟ったダプネーは父親である川の神に最後の手段をお願いした。

 自分の身体を、木に変えてしまったのだ。


「あれ以来、アポロン様は嘆き悲しまれて。ダプネーが変身した月桂樹ローレルの枝を冠にし、ずっと被っておいででした」

「うわっ、キモッ! そんだけ拒否られてまだそんな事してたの!?」


 普段モテモテのアポロン。

 だから余計に納得がいかなかったのもあるだろうとバッカスは擁護していた。

 いや、それにしたって自分を拒否りに拒否った相手をそこまで追い回すのはストーカーすぎだろ。

 何か、ストーカーになるのはブサイクでモテない奴とは限らないってどこかで聞いたな。

 周りが「この人が何で?」っていう美男・美女がなっちゃったりするんだって。

 いやぁ、何にせよキモイわー。


 しかし、そういうエピソードは他の神にもあるらしくて、オレがキモイキモイ言ってたら何故かパーンの顔が暗くなった。

 下半身が山羊で、どう見てもあんましモテない感じの牧神。

 聞くと、アポロンと似たようなエピソードが山羊のウ○コのごとくぽろぽろ出てきた。


「この笛、シュリンクスっていうんですけどね。実は、この子は私から逃げ回った挙句、川の脇で葦になっちゃったんですよ」

「……は?」

「酷くないすか? いくらオレが嫌いだからって、葦ですよ! 草ですよ! そこまですることないじゃないすか!」

「はぁ……」

「んで、仕方なくそれで笛を作ったんですよね、こうして。他にもね、ピテュスって子は松の木になって逃げたし、他には……」

「いや、もういいです」


 パーンさんの顔がどんどん暗くなっていくのでこれ以上彼の「黒歴史」を話させるのはやめにしてあげた。

 っていうか、ディープすぎて聞いてらんなかった。

 神様の恋愛って半端ない話多いのな。

 いや、アポロンとパーンが酷いだけなのかも。

 きっと、2人が仲良くなったのはこういう事なんだろうな。

 うーん。

 なんか……知らなきゃよかったかも。


 脱線したので話を戻す。

 まぁ、エロースも若気の至りとはいえやり過ぎだったよね。

 ダプネーさん関係なかったじゃん。

 ただの通りすがりだったのに変態とガキのケンカに巻き込まれて挙句の果てに木に……って、ねぇ。

 昔のこととはいえ、お気の毒すぎる……。


 とにかく、そんなこんなでエロースとアポロンには若干の因縁が残っていたのだそうだ。

 今でもエロースは「前の」アポロンは大嫌いらしい。(どっちが悪いかは置いといて)

 だから、逆にオレが中の人になったことは大歓迎との事。

 何千年経っても憎き「あいつ」に一泡吹かせられるんなら何でもオレに協力したい。

 だが、今回はエロースに手出しできるような状態ではなく、彼ももどかしい思いをしているのだとバッカスは代弁してくれた。


「酷な事を申し上げるようですが、アポロン様はもはや地上とかかわりのない御身。昔の女の事など忘れて、この世界の美女をいくらでも好きにあそばせばよろしいのです」

「いや、別に栗生はオレの女でもなかったんだけどね……」


 オレの事が、好きだったみたいだけどね。

 全然気づかなかったけど。

 元々いい奴だったから、オレみたいな奴でも気にかけて応援してくれるんだと、それだけだと思ってた。

 まさか、オレなんかを想ってくれるなんて。

 今更ながら、自分に自信を持てなかったのが悔しい。

 何でオレ、あんなに弱気に生きてたんだろう?


 オレは多分、卑屈になりすぎて大事なものを見逃して生きてたんだ。

 目の前にあるチャンスとか、大事な誰かの想いとか、そういうもの。

 強引な手に出た「あいつ」を、栗生は驚きと喜びの目で見つめていた。

 そして、呆気ないほど簡単にその手の中に落ちた。

 自分に溢れんばかりの愛を示した哲学アポロンの手の中に……。


 きっと、栗生は前からオレが自分にああやって大胆に接してくれることを望んでたんだ。

 好きだとか、愛してるとか。

 それから、もっと「具体的な」想いまでも全部。

 自信たっぷりに、気持ちを真っ直ぐに伝えてくれるのを待ってたんだ。


 ああ、そうだ。

 オレは自分に自信がないせいで栗生の気持ちを無にしてしまったんだ。


 認めたくないけど仕方ない。

 この結果は、オレのせいだ。

 誰も恨めない、自業自得なのだ。


「あーもー! 元気出してくださいよアポロン様! ほらほら、笛でも吹きましょうか!?」


 オレの落ち込みっぷりを見て、さっきのアレから復活したらしい牧神パーンが、笛を持ち出して踊りながら「メリーさんの羊」を吹き始める。

 笛はシュリンクス、もといパンパイプ、っていう楽器らしい。

 パーンはそれを吹きながらドジョウすくいみたいな動きでおどけて見せる。

 (いろんなエピソードは置いといて)あのいでたちであの曲を吹かれるとかなりツボだ。

 落ち込んでいたはずなのに、つい笑ってしまう。

 そこにワインの壺を被ったバッカスの変な踊りが加わるとますますヤバかった。

 やっぱいいな、こういうノリの良い友達ダチは。

 

「ほらほらぁ! アポロン様も踊りましょうよー!」

「ちょ! 壺は止めて壺は! って、うわーっぷ!」

「あ、すいません中身入っちゃってましたー!」

「こらぁ! わざとでしょバッカスさん!」

「ぎゃはははははは!」


 頭から赤ワインぶっかけられてびしゃびしゃ。

 ったく、何て神様よっぱらいだ。

 おいこら!

 しらばっくれて踊ってんじゃねーよおっさん!

 てか、アスクレーピオスとエロースも爆笑してんじゃねーっての!


 でも、まぁ、そうだな。

 落ち込むのもこのくらいにしとかないとな。

 バッカスの言うとおり、栗生にはもう会えないのだ。

 忘れるしかないのだ。

 オレはびしゃびしゃの頭もそのままに、さっき注がれたワインのコップを持って立ちあがった。

 よし、飲む!


「アポロン、一気いきまーす!」

「よっ、待ってましたー!」


 腰に手を当てて、ビール感覚でワインをグビグビいく。

 けっこうこっちの酒はキツイ。

 でも、飲む!

 コールがかかる!

 周りが煽る!


 メーリさんのひつじ、ひつじ、ひつじ、ひつじ

 メーリさんのひつじ、もう一杯!


 メーリさんのひつじ、ひつじ、ひつじ、ひつじ

 メーリさんのひつじ、もう一杯!


 アーイ!


「ぷはっ、飲みましたー!」

「あれぇ、父上こぼしてますよ?」

「はい、粗相♪ 粗相♪」

「メーリさんのひつじ! ひつじ! ひつじ! ひつじ!」

「メーリさんのひつじ、もう一杯!」


 訳の分からないコールがかかり、さっきより多い量が注がれた。

 二杯目を一気した後の記憶がない。

 朝起きたら周りは死屍累々で、何人か寝てる奴が増えていた。

 一人だけ正気で起きていたアスクレーピオスによると、オレが酔いつぶれた後に新たに何人か呼んだらしい。

 全員、オレが知らない奴だったけど。

 まぁ、いいか。


 ちなみに、御前様の予定のなかったエロース君は奥さんが迎えに来て、めっちゃ怒られてた。

 プシュケさん、すんごいきれいな人だったけど怖かったー。


 そういえば、こっちの酒は質が良いんだろうか。

 すんごい飲んだのに、二日酔いになったことが一度もない。

 そう言ってたら、アスクレーピオスが自分の仕業だと明かした。

 神様が酒のせいで翌日の仕事ができなくなったら困る。

 だから、ときどき酒の合間に差し出してくれてた御冷チェイサーに翌日まで持ち越さないお薬が入ってるんだって。

 流石だね。


 とにかく、一晩飲んで騒いだら気が紛れた。

 今回は失恋。

 だがもう、しょうがない。

 人生はこれから長すぎるほど長いのだ。

 次の恋を探そう!


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