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悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師 〜絶世の美女に転生したので、愛の鞭と美貌で人生を楽しみます〜  作者: 恋せよ恋
生まれ変わった十六歳の悪役令嬢

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第1話 定年退職、花束、そして異世界

以前、他サイトで公開していた未完の作品を、完結まで毎日投稿します。


「……嘘でしょう。何これ……。ああ! 夢(・)な(・)ら(・)覚めないでほしいわ!」


 豪華すぎる装飾が施された部屋。その鏡の前で、私は一人、完全に固まっていた。


 さすがに公爵令嬢の自室だけあって、広さは日本の一般的な住宅とは比べものにならない。私の感覚では、『あの〜、ここは宮殿か何かですか?』と首を傾げたくなるほどだ。


 配置された家具はどれも職人の魂が籠もったような優美な曲線を描き、金や宝石の装飾がこれでもかと施されている。二間続きの奥には、大人二人が大の字になっても余りそうな天蓋付きベッドがあり、私はついさっきまでそこに横たわっていた。


「まずいわね。興奮しすぎて鼻血が出そう……。この素晴らしい絨毯を汚したら大変だわ……!」


 自分で呟きながら、あまりの衝撃に膝が震える。


 一体全体、どうしてこういう事態になったのか。

 つい数時間前まで、私は六十二歳の『高平(たかひら)美佳《みか》』だった。


 四十年間、高校の数学教師として働き続け、ようやく定年退職の日を迎えた。


 教師生活最後の日、同僚や生徒たちから大きな花束を贈られた私は、『美佳先生! 明日、間違って登校しないでよ!』と笑顔で見送られた。花束を抱え、駅の階段を下りていた――はずだった。


 そのとき、突然、目の前がぐらりと揺れた。


 強い眩暈に襲われ、足元がふらつく。抱えていた花束が手から離れ、私は駅の階段を転げ落ちた。


(あっ! 危ない! ぶつかる!)


 ――覚えているのは、そこまでだ。


 ◇


 次に気がついたとき、私は真っ暗な空間にいた。


 暗闇の中で出会ったのは、一人の美しい少女だ。

 彼女は『エスメラルダ』と名乗り、涙で美しい顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら私にこう言ったのだ。


『わたくしの人生、あなたに全部あげる! その代わり――わたくしがわがままで台無しにした人生の、後始末をしなさいっ!』



 泣きじゃくる少女から詳しく事情を聞けば、彼女は『とある世界』の公爵令嬢。

 癇癪持ちの彼女は、周囲から腫れ物に触るように扱われ、誰もが機嫌を損ねないよう気を遣っていた。


 そんな彼女は恋に盲目になるあまり、学園では婚約者の王太子にベタベタと付きまとっていた。さらには、気に入らない令嬢を退学に追い込み、公爵家の権力まで振りかざして、学園中の人々に迷惑をかけまくったらしい。


 ――なるほど、これぞ悪役令嬢というわけだ。


 その結果、周囲のみんなから嫌われ、近いうちに王家から婚約破棄を言い渡されるのは確実。さらに、このままでは公爵家の一族まで罪に問われかねないという、まさに詰み状態だった。


『もう誰もわたくしの言葉なんて聞いてくれないの! 自分のしでかしたことが怖くて、逃げ出したいの……! お願い、あなたなら、あの者たちを……この最悪の状況を、なんとかできる気がするから……!』


 わんわんと泣きじゃくる彼女の姿は、まるで、問題を起こしすぎて自分の手に負えなくなった生徒そのものだった。


(……まったく、とんでもない問題児ね。四十年も教師をやってきて、最後の最後に、こんな厄介な生徒を受け持つことになるなんて。――でも、困っている生徒を放っておけないのが、教師というものよね)


「……やれやれ。分かったわ。その後始末、先生が引き受けてあげる。だから、もう泣きやみなさい」


 こうして私は、世界一タチの悪い問題児の後始末を引き受けることになった。



  私がそう答えると、少女の身体が淡い光に包まれた。


『わたくし、もう疲れたの。……だから、あとはお願いね』


 安堵したように美しく微笑んだ彼女の姿は、ゆっくりと光の中へ溶けていった。


 ――それが、すべての始まりだった。


 次に目が覚めたら、私はこの豪華絢爛な部屋のベッドの上にいたというわけだ。


 ◇


「……それにしても、これ。本当に私?」


 鏡に映る自分を指差してみる。鏡の中の絶世の美少女も、同じように指を動かした。


 艶やかな金髪は陽の光を浴びてキラキラと輝き、白髪の一本も見当たらない。

 瞳は澄み切った青。老眼とは無縁のクリアな視界は、メガネもいらない。重たかった私の奥二重とはおさらば、パッチリとした二重まぶたがそこにある。バサバサのまつ毛には、ボールペンだって乗せられそうだ……やらないけど。


 何より驚いたのは、そのスタイルだ。

 いわゆる『ボン・キュッ・ボーン』を具現化したようなナイスバディ。

 重力に逆らいきれなかった私の体とは違い、どこもかしこもピチピチと弾力に満ちている。関節痛も、腰痛もない。


 六十二年生きてきて、ついに私も『超絶美女』の仲間入りよ!


(これなら毎日、白Tシャツにデニムでも注目の的よ! 海に行くならビキニ一択、マイクロビキニだって堂々と着こなせるわ! 露出狂一歩手前まで自分を誇示して歩きたいわ! この張りのある肌! 水滴を乗せたら真珠みたいに転がって、そのまま流れ落ちていきそうじゃない!)


 ……なんて、不謹慎な喜びが脳内を駆け巡る。


 だが、喜んでばかりもいられない。


 この『エスメラルダ』という美少女が残していった『後始末』の内容が、先ほどから断片的に脳内に流れ込んできているのだ。



 エスメラルダ・ミッテラン。十六歳。

 豊富な資源によって栄えるルナリア王国。その筆頭公爵家の令嬢でありながら、エスメラルダは高慢で我儘、選民意識の塊だった。


 気に入らない令嬢がいれば、公爵家の権力を振りかざして王立学園を退学に追い込み、婚約者である王太子エドワード殿下につきまとっては、彼に近づく令嬢たちを片っ端から排除してきたという。


 ……何ということだ。性格の悪さが超ド級ではないか!



 コンコンコン、とノックの音がした。メイド服の侍女が部屋に入ってくると、目を覚ました私を見て悲鳴を上げた。


「お、お嬢様がお目覚めに! 旦那様をお呼びしてまいります!」


 そう叫ぶなり、彼女は部屋から飛び出していった。



 間もなくして、部屋に駆け込んできたのは、金髪碧眼の美しい男性だった。


「エスメラルダ! 具合が悪いと聞いたが……大丈夫かい?」


 その低く響く良い声に、思わず頬を染めそうになったが、教師としての理性がどうにか踏みとどまらせてくれた。


(……なるほど。この美しい男性がエスメラルダのお父様かしら?)


 どう見てもアラサーにしか見えない。左目の下には泣きぼくろ。いかにも『大人の男の魅力』が溢れんばかりの、超絶『イケおじ』だったのだ。……うん、見た目はアラサーでも、父親だろうから『イケおじ』でいいだろう。


 六十二歳の私ですら、思わず『あら、いい男じゃない』と、教師にあるまじき熱い視線を送ってしまうほどの破壊力だ。


(いけない、いけない。この人はエスメラルダさんのお父様よ。見た目はアラサーくらいだけど、人生経験なら私のほうがずっと上なんだから)


 私はひとまず、目の前のイケおじを観察することにした。


「……ええ、大丈夫です。心配をかけてごめんなさい」


 そう答えると、父は一瞬、言葉を失ったように私を見つめた。

 その後ろから、若々しく美しい女性と、すらりと背の高い青年が部屋に入ってきた。二人は顔を見合わせ、何やら困惑した様子だった。


 ……ええと、この二人は誰だろう?


(この美しさと雰囲気……。もしかして、エスメラルダのお母様とお兄様かしら?)


 ……それにしても、この反応はなんだろう?


 二人とも、まるで私の機嫌をうかがうように、怪訝そうにこちらを見ている。


(えっ、エスメラルダさんて、そんなに怖がられているの?)


 ……なるほど。

 私は心の中で、小さく頷いた。


(この子、家族に対しても相当やらかしているわね)


 四十年間、教師をしてきた経験から言えば、生徒と周囲の人間関係を知りたいときは、本人だけでなく、周りの反応にも目を向けることが大切だ。本人が何も語らなくても、周りの表情から分かることはある。


 父は、娘の体調を心配しているようだった。

 けれど同時に、私が次に何を言い出すのかと警戒しているようにも見えた。


 母と兄らしき二人は、何か言いたそうなのに、口を開こうとしない。


(……なるほど。王太子や学園の人間関係だけじゃない。この家の中でも、エスメラルダさんは相当な問題を起こしていたみたいね)


 一度失った信頼を取り戻すのは簡単ではない。


(……これは、いきなり謝ったところで、どうにかなる問題じゃなさそうね)


 まずは相手の話を聞くこと。状況を整理すること。そして、何を改め、どう償っていくべきなのかを見極めること。問題を解決するには、まずそこからだ。


 もっとも――。


 私は改めて、目の前の父を眺めた。


(それにしても、本当にいい男ね……)


 ……いけない。今はそんなことを考えている場合じゃない。


 私は小さく息を吐いた。


 婚約者の王太子には嫌われ、学園では孤立し、家族からの信頼も失っているらしい。


 なるほど。なかなか手ごわい。

 けれど、四十年間、生徒たちと向き合ってきた私が、ここで逃げるわけにはいかない。


「……さて。まずは、この家族との関係を立て直すところから始めましょうか」


 四十年間、教師として生徒たちと向き合ってきた私が、まさか定年退職の日に、異世界で問題だらけの令嬢が残した後始末に取り組むことになるとは。


 でも、六十二年生きてきて、もう一度十六歳から人生をやり直せるなんて、こんな豪華な『自分へのご褒美』があっていいのかしら?

 

 神様、ちょっと大盤振る舞いが過ぎるわ。でも……そのぶん、面倒な宿題もついてきたみたいね。


(よし! いいわ、任せてちょうだい、エスメラルダさん!)


 私は、しなやかな指先で若々しい頬をそっとなぞった。


(あなたが投げ出したこの人生、教師の意地にかけて、誰もが憧れる素敵な女性に変えてみせるわ!)


 心の中でそう宣言した私は、改めて目の前の三人に視線を向けた。


(それにしても、いい男ね。……よりによって、父親かあ)

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