第六話 ミステリーの初期条件
先ほどまで視界を埋め尽くしていた眩い光が少しずつ消えていき、ゆっくりと夕焼街の喧騒が現れ始める。
「んんっ」
まだ喉の奥に張り付いている奇妙な掛け声を咳払いで払いのける。
面白い戦いだった。正直にそう思う。私にまとわりつく呪いを一瞬忘れてしまうほどの”熱”があの戦いにはあった、けれど、それでは足りない。兄にかけられた呪いは必ず私自身の何かで打ち払わなければならない、それが熱なのか冷酷さなのかそれとも今の私では知りえない何かなのか、それを見つけるまで立ち止まることは許されない。私自身に。
『プレイヤーparadoxの保有ポイントが一定に達しました』
私が考え事に気を取られていると見慣れないアナウンスが私あてに届いた。
私はそのアナウンスの意味を考えて、まさか、と思うと同時にその思考を裏付けるアナウンスが続けて届いた。
『ワールドレコードへの登録資格を得ました、昇格戦を受けますか?』
ついに来たのだ、この時が。始めは兄とともに目指して、途中からは私一人で目指した頂。
あの兄ですらたどり着くことができなかった場所に、今私の手が王手を掛けている。たどり着くことができたなら、あの兄を超えることができたのなら、その時私はこの呪いを解くことができるかもしれない。
私は選択画面に指を伸ばす。その手に迷いはない。
『参戦の意思を確認。対戦相手を現ホルダーからランダムに選出します』
アナウンスが終わると同時に夕焼街の景色が消えて灰と白のグリットの世界が現れる。
そしてその視界の中心に立っているのは、くたびれたスーツに茶色のロングコートを羽織っている中年の男。
相手もこちらに気づいたが、驚くようなそぶりは見せずただ小さく顎を引いた。
「あなたがワールドレコードの現所有者...ですか?」
私はこれから全力で戦う相手に敬語を使うというのもどうかと思ったが、彼が漂わせている今までの対戦相手とは一線を画すその雰囲気に呑まれつい口をついて出てしまった。
「少し違うな、私がホルダーなのではなく、私もホルダーの1人と言うほうが適切だろう」
どういうこと?
「ワールドレコードは複数存在するんですか?」
「それも違う、私はワールドレコードの獲得資格を得た者の1人だ。まだワールドレコードを手にしたものは1人もいない。ワールドレコードの獲得資格を得られるのは3人だ、まだ1つ枠が埋まっていない、だから争奪戦そのものがまだ始まっていない」
「あと1席...ということは、あなた以外のホルダーがもう一人居るんですね、その人のプレイヤーネームは?」
兄の存在がちらつく。あの人であれば私と別れた後もう一度違う道からワールドレコードに至ったかもしれない。
「重要な情報を何の報酬もなしに明かすわけにはいかないな。それに、君はそんなことをしなくとももっと確実な方法が目の前にあるだろう」
「あなたに勝って私もホルダーになれということですね」
「そういうことだ」
「対戦の形式は何ですか?環境変数操作系ですか?それともシステム干渉系ですか?それとも...いえ、何でもありません」
パワー系ですか?なんて聞くのはあまりにもこの会話の雰囲気に合わない、私の中でこの前の戦闘の印象がかなり大きくなっているのを実感する。
あんな人力チーターが世界に2人もいてたまるもんか
「事件を解いてもらう」
「事件?」
急にOMDで聞きなれない単語が出てきた。
「私のチートは殺人事件の起こる空間と人物を自動生成する。私たちは事件の当事者としてその世界に召喚される。」
「事件を俯瞰するわけではないんですね」
男は小さくうなずいて続ける。
「注意点として、プレイヤーは暴力や破壊などは一切禁止される。本筋とは違う人物を殺害して自分自身を犯人として指名したり、事件解決の証拠となる物品を破壊して妨害することはできない」
なるほど...いや、”プレイヤーは”?
「そうだ」
男は私の思考を読んだように相槌を入れる。
「プレイヤーでない登場人物たちは暴力や破壊を禁止されていない、つまり、事件解決を急いで不審な行動をとれば登場人物たちから殺害されるリスクがある。それを予防するためにプレイヤーには開始時にハンドアウトが配布される。そこには自分が演じる役柄についての説明と事件解決の手掛かりになる情報が記載されている」
「一つ質問しても?」
「ああ、なんだ?」
「登場人物と仲良くなって、自分が確認済みの証拠を代わりに破壊してもらうのはあり?」
「それは不可能だ、事件世界は解決されるために生み出される空間、意図的であっても偶然であっても事件解決の道筋が絶たれるようなことは決してない。また、登場人物たちを唆して相手プレイヤーを殺害させることもできない、疑われるとすればすべて自分の行いの結果だ。ただ、登場人物たちは嘘をつくことがある、しかし、それも証拠や証言で見破ることができる」
「分かったわ。勝利条件は?犯人を指名すればいい?」
「それでは全員の名前を言うだけで終わってしまう。勝利条件は犯人を推理で追い詰め、言い逃れをできなくし犯行を自供させることだ」
なるほど、今までの説明であの人が言いたいのはただ一つ、推理以外の別の勝ち方を模索するのは時間の無駄ということだろう。
ワールドレコードにまで至ったプレイヤーのチートに穴があるとも思えない、抜け道を探すよりも最初から全力で事件解決に向かった方が勝算がありそうだ。
「今更だけど、なんでそんなにあなたのチートの詳細を教えてくれるの?私が何も理解していない間に推理を進めてしまった方があなたに得でしょ」
「説明するのがチートの発動条件だからだ」
事件の起こる空間の創造と勝利条件の変更。環境変数とシステム干渉、そこまで改変すれば流石にワールドレコードホルダーであっても相手と対等の条件で開始するほかないか。私が今まで培ってきたOMDのチートの感覚と一致する。彼が本当のことを言っていると考えていいだろう。
「自己紹介を忘れていたな、私のプレイヤーネームは探偵。仕事も探偵をしている」
本業か。となればこのチートにも納得がいく。
「私はparadox。普段は学生をしてる」
「そのボタンを押した瞬間、私のチートは発動する」
見慣れた対戦申請とYES/NOの選択画面が現れる。
私は今度も迷わずYESを押す。




