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第三王子モーリスと第二王女セレスティーヌが西に向かうことは、国内に広く触れられた。遠征の目的は、若い王族が見聞を広めるための国内巡察。表向きはそうなっている。
王の閲兵後、遠征軍は出発した。目指すは、モンチェスト山脈の麓にあるロベール領だ。
彼の地を治めるロベール家は、建国以来ずっと西の国境を守ってきた。
山脈を挟んだその先にあるのは、シャブラン公国。長らく内戦が続いていたが、数年前に有力貴族が国内を平定して大公となったことで、今は平穏を保っている。
国境線を形成するモンチェスト山脈は標高が低く、古来より人の行き来が盛んだった。しかし、隣国の軍隊がその山を越えて来たことは一度たりともない。
シャブラン公国の混乱に助けられた面もあるが、勇猛で知られたロベール家の力によるところも大きかった。
天候にも恵まれて、遠征軍は順調に西へと向かう。
遠征とはいうものの、馬車で移動しているセレスティーヌにとっては旅のようなもの。初めて王都を離れたセレスティーヌは、最初のうち上機嫌だった。
「アンナ、あれは何ですの?」
「あれは風車でございます」
「アンナ、ほら見て、羊があんなにたくさん!」
「あれは山羊でございます」
何を見ても新鮮だった。旅が楽しくて仕方なかった。
しかし、二日目の午後には早くも文句を言い始める。
「もう馬車は飽きたわ」
「では、少しお歩きになりますか?」
「冗談ではありません。なぜわたくしが歩かなければならないのですか」
不機嫌なセレスティーヌの前で、アンナがため息をつく。
そして、三日目の朝にはとうとう本格的に駄々をこね始めた。
「ベッドは硬いし朝食は美味しくない。ここの領主は、わたくしのことを軽んじているのではなくて?」
「そのようなこと、ご領主様の前では決しておっしゃいませんように」
「分かっています。でも、硬いものは硬いし、美味しくないものは美味しくないのです」
ほとんどの兵士は野営かつ自炊だ。それに比べたら、領主の屋敷のベッドで眠り、テーブルで食事を取り、おまけに風呂まで使えるセレスティーヌは恐ろしく恵まれている。しかし、王宮の生活しか知らないセレスティーヌには、地方領主の精一杯のもてなしも不満でしかなかった。
「ロベール領まであと何日掛かるのですか?」
「五日でございます」
「わたくし、今日はゆっくりお茶を飲みたい気分なの」
「それは遠征が終わった後で」
「わたくしだけ王都に帰るということはできないかしら」
「セレスティーヌ様、あまり我が儘を言うものではございません」
アンナに叱られ、時に励まされながら、どうにかセレスティーヌは行軍を続けていった。
王都を出発してから八日目、ようやくセレスティーヌたちはロベール領へと足を踏み入れた。その中心地、ロベール卿の屋敷のある町の手前で遠征軍は陣を張る。
テントや仮設小屋が次々設営されていく中、セレスティーヌは一時的に接収した農家の屋敷に入った。
アンナと二人のメイドが屋敷内を整えている間、セレスティーヌは木陰に用意された椅子に座ってぼうっとしていた。
そこに騎士団長がやってくる。
「長旅お疲れ様でした」
「本当に長かったわ」
不機嫌な顔に、騎士団長は苦笑い。
「ご不便をお掛け致しますが、領内の安全が確認できるまで、殿下にはここに留まっていただきます」
セレスティーヌが投げやりに答える。
「構いません。わたくしは、どうせすぐにここを離れるのですから」
騎士団長はまた苦笑い。
その顔を引き締め、声を落として騎士団長が聞いた。
「ここにセドリックがやってくる、という段取りでよろしかったでしょうか」
「そうです。一両日中には来ると思います」
諦め顔でセレスティーヌが答えた。
アルフォンスと共に先行しているセドリックは、遠征軍が到着次第、陣を訪ねてくることになっていた。そして、そのままセレスティーヌを連れてアルフォンスのもとへ行くことになっている。
セドリックには、あらかじめモーリス直筆の書状を持たせてあった。それを見せれば、モーリスの部下がセドリックをここまで案内してくれるはずだ。
「承知致しました。騎士たちに伝えておきます」
「お願いします」
セレスティーヌが軽く頷く。
「殿下の直接の護衛には、予定通り、部下のレナルドを付けます。ここを離れる際には一緒にお連れ下さい」
「……分かりました」
一瞬、セレスティーヌの返事が遅れた。
それを騎士団長は見逃さない。
「何か心配なことがおありですか?」
「いいえ、何も」
今度は即答したが、騎士団長からは目をそらしたままだ。
明らかに何かありそうだったが、騎士団長はそれ以上追及しなかった。
「何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」
そう言って、騎士団長は部下たちのもとへと戻っていった。
その背中を見送りながら、セレスティーヌが小さく呟く。
「どうして、よりにもよってあの騎士なんですの?」
憂鬱そうにため息をついて、セレスティーヌは天を仰いだ。
騎士団長の協力を取り付けたあの日、騎士団長から一つだけ条件が付けられた。
「宿営地を離れる際、部下を一人同行させていただきたい」
騎士団長の精一杯の妥協点。それをセレスティーヌは受け入れた。
その翌日、騎士団長が連れてきた騎士を見て、セレスティーヌは反射的に眉間にしわを寄せてしまう。それに気付かないまま騎士団長が言った。
「精鋭揃いの騎士団において、この男の実力は頭一つ抜けております」
騎士団長が胸を張る。
「名はレナルド。平民出身ですが、きちんと作法もわきまえておりますので、殿下に恥ずかしい思いをさせることはございません」
「そう、ですか」
生返事のセレスティーヌの前に、一人の騎士が進み出た。
「殿下の護衛を務めさせていただきます、レナルドと申します」
片膝を折り、忠誠を示すように騎士が頭を垂れる。
「よろしくお願いしますね」
「はっ!」
顔合わせが終わって二人が帰っていくと、セレスティーヌはがっくりと肩を落とした。
レナルドとは、じつは初対面ではなかった。お忍びの時、御者に扮して同行していた騎士、それがレナルドだ。
アルフォンスと出会う前の、正真正銘の我が儘姫だったセレスティーヌは、レナルドに対してそれはもうひどい言葉を浴びせてしまっている。
そのレナルドと行動を共にしなければならないのだ。気まずいやら恥ずかしいやらで、さすがのセレスティーヌも居たたまれなかった。
「神よ、どうかあの時まで時間を戻し給え」
セレスティーヌの切なる願いが神に届くはずもない。
試練を乗り越えた先に待っていた次なる試練。
世間知らずの我が儘姫は、自業自得という言葉の意味を思い知ったのだった。




