世界は僕のいいなりさ
さて、まずは小麦を取り扱っている商会に荷車1台分小麦を売るのだが、先程の副ギルド長の話の通りなら、もう既にある程度の必要分は買った後ということになる。
そこにクシマ家である事を使って無理に買わせるわけだ。
正直、あまりいい顔をする商人さんはいないはずだ。
というわけで新規勢、もしくは久方ぶりの復帰勢を狙っていく。
クシマ家と繋がりを作りたいと思えば取り引きに応じるだろう。
この間、タベル亭で挨拶してもらった「ネヒキ商会さん」と、新規勢の「ミザ商会さん」に話を持っていこうと思っている。
わざわざタベル亭に出向いて挨拶してくるということは、クシマ家と繋がりたい、と思っていることは間違いないので、取り引きに応じる可能性が高いと踏んでだ。
かの商会が小麦を取り扱っていることは調査済み。
というか、調査してみて驚いたのが、小麦の取り扱いしている商会が割と多いということだ。
商人の間では小麦を「安定資産」とみなしているようだ。昔は貨幣の様な扱いをされていたらしい。
確かに言われてみればその通りだなと思う。
小麦は
・保存が効く
・万人に等しく価値がある
・ある程度の量が市場にある
という、貨幣として最適とも言える性質がある。
現世でも、とある島国では「米」が貨幣として扱われた歴史がある。
小麦の扱いのある商会が多いというのは良い情報だ。あまり商人側としては良い商談とはいえないので断られることも想定している。
断られても、他の商会に話を持っていけば良いという選択肢があるのはコチラ側に有利に働く。
交渉材料が無いと話にならないだろうからね。
本来の業務である来客用の買い付け下見を終えて、ついに未来への扉(犯罪行為)に手をかける。
時は来た。それだけだ。
「どうもこんにちは。ネヒキさん。」
少し驚いたような顔をしたが、すぐ笑顔になって挨拶をかえしてくれた。
「これはこれはクロさん。タベル亭以来ですね。
いやぁ、ウチの商会に顔出ししていただいて有難うございます。
今日はどういったご要件ですか?」
「はい。実は当家にお客様が来ることになりまして、歓迎パーティーを開くことになりまして。
その資金調達で小麦の売却をしてこい、ということなのですよ。」
さすが商人。この話を聞いて、一瞬笑顔が崩れてもすぐに戻した。
「というわけで小麦荷車1台分買い取りお願いできますか?」
「クシマ家の小麦の買い取りはギルドで行っているのではなかったのですか?」
「収穫期、年間単位の大口取引だけですね。
今回の様な細かい小口取引は各商会さんにお願いしています。
それで今回はネヒキ商会さんにお願いしたいと思いまして。」
ネヒキさんは考え込んでいる様だ。
そりゃそうだ。良くないタイミングでの取引お願いなのは百も承知してる。
「わかりました。ウチで引き取ります。
荷車1台分ですね。
今の相場だと満月銀貨8枚ですね。
いま契約書作成しますね。」
「はい。有難うございます。お願いします。」
つつがなく契約成立させて、ついにこの時が来た。
「では、こちらが引取証書と代金になります。今後ともご贔屓に。」
証書と代金を受け取り、深々とお辞儀をして店を後にした。
手にした銀貨に気分が高揚したが、これは道半ば。
商人さんが小麦の受け取りに来る前に、買い戻しをして初めて未来への扉()を開けるのだ。
………その後2週間ほどが過ぎた。
この2週間で小麦の相場はそれほど下がっていない。
未来への扉()を始めて、今まで気づかなかったのだが、商人ギルドの受付に「生活必需品目」の相場が書いてあるボードが設置されている。
どうやら1日単位で相場が変わるようだ。
常にギルドは領外取引を行い、ギルド員は内外に忙しく駆け回り、情報を得ているということだろう。
ギルド員になるということは、忙しく駆け回ることになる。
奴隷から解放はしてもらうがギルド員にはならないという決意をあらためて強く思った。
働きたくないでごさる。
今回はそういう事もあって初回は早目に精算しに来た。
この未来への扉()は売却時の価格が低いと利益も低くなる。
なので予行練習の位置づけである今回は精算して、荷車の数を増やした本番で利益が取れるようにする。
というわけで2週間ぶりにネヒキ商会にやってきた。
再び小麦買い戻すという普通ならやらない事に対する言い訳は考えてきた。いざ!
「どうも。おはようございます。」
「おはようございます。これはこれはクロさん。
小麦引き取りの件ですかな?
それでしたらもうしばらくお待ち下さい。
今倉庫に空きがないもので。申し訳ない。
しかし、近々空けられると思いますので。」
「いや、それがですね。
先日の来客パーティーでの料理で小麦を使いすぎまして。
大分、大盤振る舞いしてしまいました。
それで備蓄用小麦が予定より少なくなってしまって、小麦を買い戻してこいと言われてしまいました。」
「それは…難儀ですね。」
ネヒキさんの顔が曇っている。この人は優秀な商人さんだな。
この後の話がすでに分かっているようだ。
「というわけで小麦荷車1台分を購入したいと思います。
今の相場だと…満月銀貨6枚ですかね。」
ここで相場準拠だよ、と念押ししておく。
こうしておかないと単なる返金で終わらせられるかもしれないからね。
この言い訳だと返金でも問題無い事になってしまうので、先手をうっておいた。
「……そうですね。
それでは代金と証書をいただきます。」
「それでは代金と証書です。
証書の破棄をお願いします。」
証書はその場での破棄、契約魔法解除が通例となっている。
トラブル防止の観点から当事者の見ている前で直ちに解除する。
ネヒキさんが証書に手をかざすと、証書がフッと光を放つ。これで解除されたはずだ。
「では、確認お願いします。」
証書が有効なままの場合、契約者が証書に手を触れるとピカピカと発光するが、解除されていれば何も起こらない。
その確認も必ずする事になっている。
解除の確認の為証書に手を触れてみた。
特に何も起こらず、ちゃんと解除されたようだ。
「確かに。解除を確認しました。ありがとうございました。お手数をおかけしました。それでは失礼します。」
成功!
差し引き、満月銀貨2枚の儲け。
想定していた通り。特に何事もなくすんなりできてしまった。
あとはこれを小口の最大、荷馬車2台分でやるだけ。
ウヒヒ。未来への扉()は軽いな。
あと何人かの商人さんに泣いてもらえば、晴れて自由の身。
できるだけすんなり取り引き出来るように
良き売買理由を考えておかないと。
油断せずに行こう