休暇豪遊録クロスケ
この数日、来客パーティーの準備やらなんやらでお屋敷全体でバタバタしていたのだが、ようやく終わって落ち着いた、ということで休暇をいただけてしまった。
お屋敷にいても特にやることもないので街に出てきたが
それこそ、この数日、準備で街によく出向いていたのでウキウキするってほどでもない。
先日、未来への扉()で手にしたお金も
・出処が不明
・満月銀貨は奴隷が個人的に持つには大金 すぎる
という理由でおいそれとは使えない。
そんな大金使ったら間違いなくウワサになるし、疑われる。
かと言って自室に置いていて、何かの拍子に誰かに見つかったとしても厄介だ。
出処の追及はまぬがれない。
故に持ってくるしかなかったのだが、使えない大金というものがこれほどの重荷とは。
特にすることもなくブラブラと市場をみて回る。
知り合いの商人さんに声をかけてもらえることもあったが、休暇であることを伝えると、それ以上は構わないでいてくれた。
そして昼はやっぱりここだ。
「タベル亭」
しかし、いつもと同じと思うことなかれ。
いつもはお昼時に来るのだが、今日は少し時間を外して、空いている時間に来た。
食事が終わって仕事に戻る位の時間だ。
中に入ると案の定、空いていた。
ちらほらといるお客さんも、やはり良く見る客層とは違っていて、
・商人さんと接待客
・休暇っぽい人
・旅行中の家族
などなど。
食べている物もどうやら違う。
いつもの定食的なものを食べている人もいるが、定食とは違う料理を付け加えていたり、
おそらく夜営業のメニューらしき物とミードを嗜んでいたり。
なんと、あちらの接待らしき席ではワインを楽しんでらっしゃる。
夜営業メニューらしき「串焼き」も美味しそうだ。
「いらっしゃいませ~。
あら、クロさん。こんな時間に珍しいわね。今日もお仕事?」
本日も変わらず麗しいミハルさん。ありがたや~
「いや、今日は休暇でね。お休みもらったからゆっくり食事したいと思ってこの時間に来たんだ。」
「そうなんだ。それじゃ、今日は昼メニューじゃなくて夜メニュー食べちゃう?」
正直食べてみたい。串焼きの様な肉々しい肉なんてほとんど食べれないし、大きなオムレツを肴にワイン、なんてとても素敵だ。
しかし………
「……いや、昼メニュー、麦粥で。」
「……ん?ミハルさん?」
「フフ……
ヘタだなぁ、クロスケくん。
へたっぴさ……!
欲望の解放のさせ方がヘタ。」
「ミハルさん?!なっ……」
「クロスケくんが本当に欲しいのは……夜メニュー……!
普段は食べれない夜メニューで、あの美味しそうなワインをググッと飲みたい……!だろ……?」
ヴーー!しかし……、しかし昼間の夜メニューは割高……!
「でも、それだとあまりにも値が張るから……
こっちの昼メニューでごまかそうっていうんだ……!」
「クロスケくん、ダメなんだよ。
そういうのが実にダメ……!」
「せっかく、たまの休暇に……、特別な日に……、いつものなんて妥協は後悔を残す……、後を引くんだ……!」
「嘘じゃない。かえってストレスがたまる....!
食えなかった夜メニューがチラついてさ..........全然スッキリしない....!」
確かに……!確かに……!だが……
「食べれなかったじゃなくて、食べなかった……!心の毒は残ったままだ、自分へのご褒美の出し方としちゃ最低さ....!」
そうかな……、そうかも……!
「クロスケくん.....贅沢ってやつはさ........小出しはダメなんだ........!やる時はきっちりやった方がいい....!それでこそ毎日の仕事の励みになるってもんさ....!違うかい......?」
そうか……そうだよな……。今日は特別な日……。特別な日なんだよ……!
「ミハルさん。夜メニューを……ワインを……串焼きとオムレツを下さい……!」
「ハイッ!喜んでー!
先にワインからお持ちしますね。」
まるで魚を釣り上げたかのような極上の笑顔を振りまいて、彼女は厨房の方へ小走りで入っていく。
「おまたせしましたー。ワインとチーズでーす。」
「アレッ?ミハルさん、チーズは頼んでないよ?」
「これはワインを注文されたお客様へのお通し、まぁオマケみたいなものだから。
料金はワインに含まれているのでご心配なく!」
「ワインは見ての通り、一瓶でのご注文になるので、感謝の気持ちです!」
ここタベル亭で扱っているワインもそれなりにイイ値段するので注文されることはあまり無いそうだ。
ワインは栓を開けてしまうと保存が効かなくなる。
コップ売りすると残りが出てしまうのだ。
残された分は悪くなって捨てるしかなくなるので、ワイン飲むなら一瓶よろしく!ってなことだそうだ。
高価なワインを注文してくれて有難うございます、って気持ちと、料理がくるまではチーズでワインをお楽しみ下さい、
という店からの心遣いが「お通し」だそうだ。
では、有り難くいただくとしますか。
美味い。この地方特産のブドウのワイン。
果物特有の芳醇で甘い香りが鼻を抜け、舌の上には程よい渋みと酸味が合わせて残る。
そこへねっとりとチーズの濃い味が乗り、
なんとも言えない後味が口に残り楽しませる。
なるほど。こういうのもあるのか……。
「お待たせしましたー!
串焼きとオムレツでーす!」
そして主力の登場。
まずは串焼きから。
豚肉だろうか。しっかりとした肉塊が串に乱暴に刺さっている。
これは乱暴に、粗暴にかぶりつくのが正解だろう。
「うん、美味い肉だ。いかにも肉って肉だ。」
そこへすかさずワインを流し込む。
主役と主役が、がっぷり四つ。
現世では全員主役のお遊戯会なんてのがあるらしいが、こんな感じなのかな。
口の中が主役で溢れて、みんな違ってみんな良い。
次はオムレツだ。卵はこっちの世界でもわりと食べられる大衆食材ではあるが、だからこそだ。
一口いただく。これは丁寧に食べる。
優しい。ふわふわとした食感を楽しんだ後から卵の旨味がのどを通り抜ける。
ワインの重さや香りをまろやかに包みこんで、1つの完成形を見せてくれる。素朴で懐かしい。
「ほー、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ、こういうので。」
ああ、良い。皆でワイワイと食べる食事もいいが、「食」に正面から真剣に向き合うというのもまた、良い。
「食と向き合う時は、誰にも邪魔されず 、自由で 、なんというか救われてなきゃあダメなんだ 。
独りで静かで豊かで……」
「お隣いいですかー?」
おおっと!明るい笑顔でミハルさん登場。
いや、もう隣座ってるし。
まぁ、良いけど。
「どっ、どうしたの?」
「私ぃ〜、ワインとかぁ〜、ほとんど飲んだことないんでぇ〜、1杯だけいただけないかなぁ〜って。」
まぁ、1人で飲み切るには多すぎるからな。
隣に座ったミハルさんにおねだりされたら断れない。
「もちろん!飲んで飲んで!
1人じゃ飲みきれないから。」
「ありがとう〜!
いただきまーす。」
うおっ!一気に飲み干してしまった!
いい飲みっぷりだけど、大丈夫か?
オレの心配そうな視線に気づいたのか
「ご心配なく〜!
この程度じゃ全然酔わないので!」
この程度?ワインほとんど飲んだこと無いんじゃなかったっけ?
まぁ、いいか。
いい気分だぁなぁ。ハハハ!
「私、ちょっと甘い物食べたくなっちゃった。頼んでも良いですか〜?」
「おーう!なんでも頼んだらいいよ!
ワインも追加で持ってきてー!」
「はーい!喜んでー!
ワイン追加と果物盛り合わせ入りまーす!」
ワハハハ!最高の気分だー!
とかくこの世は酒と色よ!
ワハハハ!
………ここから先の記憶は無い。
気がつくとお屋敷の自分の部屋にいた。
話によると、乗合馬車で幸せそうに寝ながら帰ってきたそうな……。




