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【完結】祈りの才が微弱な私が贈った剣は役立たずだったそうですが、その剣で魔王を討ったのは誰の祝福ですか?  作者: 木風


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第四話 大聖女だったからではなく、私が祈ったからだ

 北方へ向かう護送馬車の中で、ユリウスは目を閉じる。

 北の砦で剣が光った夜、彼は、本当は思い出していた。


 旅立ちの朝。

 目の下に隈を作ったリーゼロッテが、白銀の剣を胸に押しつけてきたことを。


「三日三晩、祈りました」


 剣が白く輝いた瞬間、最初に浮かんだのは彼女の顔。

 だがミレイユが、自分の祈りで剣が目覚めたのだと言った。

 兵たちは喜んだ。


「聖女が現れた」

「神が俺たちを見捨てていない」


 誰もがそう信じたがった。

 ユリウスも、その方が都合がよかった。


 伯爵令嬢が家で祈った剣より、戦場で覚醒した聖女に選ばれた英雄。

 その方が、自分の物語として美しい。


 やがてミレイユの首に聖印まで現れた。

 疑う理由がなくなったのではない。

 疑わなくていい理由を手に入れた。


 凱旋の日、五年ぶりにリーゼロッテを見た。

 生きて帰った自分を、ただ嬉しそうに見つめていた。


 その目に耐えられなかった。

 だから、先に彼女の祈りを無価値だと言った。

 自分が裏切ったのではない。

 彼女の祈りに価値がなかったから、選ばなかっただけだと。


 そういう話にしたかった。

 けれど剣は、最初から知っていた。


 誰が祈ったのか、誰が自分を生かしたのか。

 知らないふりをしていたのは、自分だけだった。




 旧魔王領への浄化遠征が決まった夜。


「同行を、志願する」


 アルヴィスは騎士団の執務室でそう言った。


「団長が王都を空けるわけには」

「副長がいる」

「ですが」

「それに」


 書類から顔を上げる。


「俺が行きたい」


 あまりにも迷いなく言われて、返す言葉がなくなった。


 北の地は、想像以上に荒れていた。

 黒い霧が地を這い、樹木は炭のように立ち枯れ、川は油のように澱んでいる。


 浄化の儀は、七日七晩に及んだ。

 地脈の中心に立ち、光を放ち続ける。


 三日目には立てなくなった。

 五日目には目が霞んだ。

 それでも祈り続けられたのは、背後にずっと彼がいたからだ。


 瘴気から生まれた魔物が襲ってくるたび、アルヴィスの剣が閃く。


 七日間、ほとんど眠らず、血を流しても一歩も退かなかった。


 七日目の夜明け、黒い霧が晴れ、地平線から光が射すと、焼け野原に緑の芽が一斉に顔を出す。


 膝から力が抜けると、倒れる前に背中へ大きな手が回った。


「掴まれ」


 あの日と同じ言葉。

 私は彼の胸に額を預けると、血と鉄と汗の匂いがした。

 世界で一番、安心する匂いだと思った。


「アルヴィス様」

「なんだ」

「私、あなたに祈ってもいいですか」


 腕が、わずかに強張る。


「それは……どういう意味だ」

「あなたが無事でありますようにと、毎晩祈りたいのです」


 口にしてから、急に恥ずかしくなった。

 それでも、もう止められない。


「あなたが帰ってくる場所でありたい。……その、つまり」


 顔が熱い。

 しばらくして、彼が私の名を呼んだ。


「……リーゼロッテ」


 初めて名を呼ばれ、顔を上げる。


「俺は無骨で、口下手で、顔も怖いと言われる。あなたに似合う男ではない」

「はい」

「……そこは否定してくれてもいい」

「顔が怖いのは事実ですので」

「そうか」


 少し困ったように眉が下がった。

 そんな顔もするのだと、初めて知った。


「それでも、隣にいてほしい」


 彼は私から身を離し片膝をつくと、剣を抜きその柄を私へ捧げる。

 騎士が生涯にただ一度だけ行う、忠誠と求婚の作法。


「アルヴィス・レーンフェルトの剣を、あなたに。……受け取ってくれるか」


 五年前、私は剣を贈った。

 そして今日、私は剣を贈られた。




 結婚式は、翌年の春に行われた。

 大聖女の婚儀ということで、王都は三日三晩、五年前の凱旋よりも盛大に沸いた。


 神殿の鐘が鳴り、白椿の花びらが空を舞う。

 新郎は式の間じゅう仏頂面で、後に「緊張のあまり顔が動かなかった」と部下たちに白状したそうだ。

 可愛い人だと思う。


 北の地は、少しずつ蘇っている。

 私は月に一度、あの土地へ浄化に赴く。


 夫は毎回、必ず同行する。

 大神官猊下は、あれから何度も私へ言った。

 大聖女なのだから、もっと自覚を持て、と。


 けれど私は、五年前の自分の方を忘れたくないと思っている。


 癒しの光ひとつ出せず、祈りの才は微弱だった。

 それでも、ただ死なないでほしいと願って、三日三晩祈った。


 あの祈りは、ちゃんと届いた。

 大聖女だったからではなく、私が祈ったからだ。



 数年後、一通の手紙が届いた。

 差出人の名を見た瞬間、誰からなのか分かった。


 北方国境警備隊。

 ユリウス・グレイル。


 私は封を切らず、暖炉へくべると、隣で書類を読んでいた夫が顔を上げる。


「読まなくてよかったのか」

「はい」


 紙の端から火が回る。


「五年前に贈った剣は、もう返してもらいました」

「ああ」

「祈りも、ちゃんと届いていました」


 炎の向こうに、あの朝の中庭が浮かんだ。

 十六歳の私は、もう帰ってこないかもしれない人のために、眠らず祈っていた。

 あの時間を、もう恥ずかしいとは思わない。


「だから、あの人とのことは、もう終わっています」


 夫は何も言わず、大きな手を伸ばして私の頭にぽんと置いた。


「では、今夜は?」

「何がですか」

「誰に祈る」


 思わず笑った。


「あなたに決まっているでしょう」


 窓の外では、庭の白椿が咲き始めていた。

 祈りの価値を決めるのは、聖女の位でも、誰かの評価でもない。


 誰のために祈るのか……それを決めるのは、今も昔も、私だ。

最後までお付き合いありがとうございました。

ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
翌年の春に婚儀なのに5年前の凱旋、さらに数年後の手紙に「5年前におくった剣は~」のセリフで時間経過がわかりにくいように思います。
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