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【完結】祈りの才が微弱な私が贈った剣は役立たずだったそうですが、その剣で魔王を討ったのは誰の祝福ですか?  作者: 木風


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第二話 あの剣に、私は何を注ぎ込んだのだろう

 異変が起きたのは、凱旋から半年後だった。

 北の旧魔王領で、瘴気が再び噴き出したのだ。


 魔王は確かに討たれた。

 だが、その骸から漏れ出した残滓(ざんし)が地脈に染み込み、じわじわと南下し始めている。

 街道が閉ざされ、村がひとつ、またひとつと放棄された。


 神殿は聖女ミレイユを派遣した。

 国中が吉報を待った。


 ――浄化は、失敗。

 二度目も。

 三度目も。


「聖女様は、お疲れなのだそうです」


 救護院に運び込まれる瘴気毒の患者は、日に日に増えていく。

 寝台が足りず、廊下にまで筵(むしろ)が敷かれた。


 その日、私は瘴気毒に侵された少女の手を握っていた。


 六つか七つ。

 北の村から逃げてきて、両親を亡くしたばかりの子。

 黒い痣が、細い腕を這い上がっている。


 神殿の癒し手が三人がかりで祈っても、痣は退かない。


「……ねえ、お姉ちゃん。あたし、死ぬの?」

「死なせません」


 言葉が、勝手に口を突いて出た。

 少女の腕を両手で包むと、五年前のあの夜のように祈る。


 ――どうか。

 どうか、この子を連れて行かないでください。


 掌が熱くなった。

 指の隙間から、朝日のような光が溢れ出す。

 修道女が器を落とし、癒し手がその場に膝をついた。

 光が引いたとき、少女の腕から黒い痣は跡形もなく消えていた。


「……大聖女の……光……」


 誰かが呟いた声に気が付いて振り返ると、白い法衣の老人が立っていた。

 神殿最高位、大神官エルンスト猊下。

 皺だらけの目が、驚愕に見開かれていた。


「お嬢さん。お名前を」

「……リーゼロッテ・フォン・アーレンスと申します」

「アーレンス。……あの、婚約を破棄された」


 猊下は私の額に指を当てた。

 やがて、その手が離れる。


「上位十二紋……すべてが開いている……なんということだ」


 彼は私の前で膝を折った。


「これは大聖女の魂紋です。三百年ぶりの」

「そんな。私は適性検査では、祈りの才は微弱だと」

「十六の年に受けられましたな」

「はい」

「ならば、その判定も間違いではありません」


 思わず顔を上げた。


「間違いでは、ない?」

「適性検査で測るのは、一度にどれほどの祈力を流せるかです。五年前のあなたは、確かに微弱だったのでしょう」

「では、なぜ……」


 猊下は、少女の腕を見た。


「大聖女の魂紋を持つ者は、成長とともに祈りの器が開くと伝えられております。今のあなたには、かつてとは比べものにならぬ力がある。ただし、勘違いしてはなりません」


 私は目を瞬いた。


「今のあなたが大聖女だからといって、五年前の祈りまで大聖女の力だったことにはならない」

「……え?」

「五年前のあなたは、癒しの奇跡ひとつ起こせない娘だった。それは事実です」


 ずいぶん、はっきり言われた。

 けれど、猊下の目は真剣だった。


「祈りの強さは、一度に流せる力だけでは決まりませぬ。一滴の水でも、三日三晩、絶えず注ぎ続ければ器を満たすことがある」


 胸が、強く鳴った。


「あなたは微弱な祈力を、眠りもせず三日三晩、ただひとりの生還を願って剣へ注ぎ続けた。もし本当にその剣に大きな祝福が宿っているのなら――」


 猊下は私を見る。


「それは大聖女だったからではありません。五年前のあなたが、それだけ祈ったからです」


 掌を見つめた。

 眠らずに祈り続けた、あの三日三晩に意味なんてなかったのだと思っていた。

 あの剣に、私は何を注ぎ込んだのだろう。


「……剣を、調べていただけますか」


 自分でも驚くほど、声はまっすぐ出た。




 三日後。

 王城の大聖堂に、国中の要人が集められた。


 国王陛下。

 宰相。

 神殿の高位聖職者たち。

 騎士団の幹部。


 そして――英雄ユリウス・グレイルと、聖女ミレイユ。


 中央の祭壇に、白銀の剣が置かれていた。


「鑑定の儀を執り行う」


 大神官エルンスト猊下が杖を掲げる。

 祭壇の剣が浮き上がり、刃に細かな光の線が走った。


「祝福とは、術者の魂の紋を刻む行為です。後から別人が祝福を重ねても、最初に刻まれた核は消えませぬ」


 光が、刃の根元へ集まると、そこに浮かんだのは小さな白い花。

 アーレンス伯爵家の紋章、白椿。


 大聖堂がどよめいた。


「祝福核を刻んだのは、リーゼロッテ・フォン・アーレンス伯爵令嬢。年代は五年前。討伐軍出立の前夜です」


 ユリウスの顔が強張り、ミレイユが首を振る。


「そんなはずはありません!わたくしが北の砦で祝福を与えたのです!」

「北の砦で、この剣に何が起きたのかも分かっております」


 猊下が杖を動かす。

 白椿の周囲から、幾重もの光が花開くように広がった。


「この剣には、五年前から祝福が刻まれていた。ただし、発現していなかった」

「発現……?」

「守護の祝福です。所有者の命が脅かされたとき、初めて蓄えた祈りを解放する」


 私の頭に、凱旋式でのユリウスの言葉が蘇った。

 北の砦で瘴気に晒され、そのときミレイユが祈り剣が光ったと。


「北の砦で剣が輝いたのは、ミレイユ殿が祝福を与えたからではない。ユリウス・グレイルの命が危険に晒され、五年前から剣に眠っていた守護が発現したのです」

「違います。わたくしが祈った直後に――」

「あなたが触れたのと、剣が発現した時刻が近かった。それだけでしょう」

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