14.知らなかった真相
帝都内を走り抜け、俺が向かった先は、皇宮にある皇宮図書館だった。
ここには過去から現在までの帝国中の情報が集まる。
調べ物をするには、これ以上ない場所だ。
空には月が浮かび、辺りはもうすっかり静まり返っていたが、図書館はその情報の必要性からいつでも求められることが多く、24時間利用できるようになっていた。
ここで俺はどうしても調べなければならないことがある。
「ローゼル様?」
図書館に現れた俺に、司書の青年が不思議そうに首を傾げる。
こんな時間に突然ただならぬ雰囲気で訪れれば、あのような表情にもなるだろう。
「吸血鬼に関する書物はどこにまとめられていますか」
俺はそんな司書に構うことなく、さっさと簡潔に用件を伝えた。
*****
4階まである図書館は、4階から1階まで吹き抜けになっており、下から全ての階が見えるようになっている。
真ん中に伸びる階段はとても広く、この広大な図書館で一番目を引く場所でもあった。
その階段を上がり、3階の奥。
そこまで案内されると、司書はある本棚の前で止まり、丁寧に手で指し示した。
「こちらが吸血鬼に関する書物がまとめられている本棚です」
司書が示した先にある本棚は、かなり幅があり、高さもある。
何千…下手をすると何万冊もある本に、俺は視線を向けた。
吸血鬼の生態。吸血鬼伝説。吸血鬼の一生。…など、吸血鬼、と名の付く本を始め、全く関係なさそうなタイトルの本までそこには綺麗に並べられている。
この中から必要な情報を1人で集めるのは、骨が折れそうだ。
「ところでローゼル様は何故こんな時間に吸血鬼の情報を?また吸血鬼関係の事件のご担当に?」
「まぁ、そんなところです」
司書と会話をしながらも本の背表紙を一つずつ見ていくが、やはりどれを手に取ればいいのかわからない。
なので、俺は手っ取り早く効率的に調べ物を進める為に、一旦司書の方へと視線を移した。
「吸血鬼に関連のある施設について記されている書物はありますか?」
「吸血鬼に関連のある施設の書物ですか…」
俺の視線に、司書が視線を斜め下へと向ける。
それから顎に手を当て、「吸血鬼…。施設…」と呟き、思案すること数秒。
「ほんの少し違うかもしれませんが、伝説などはどうでしょう」
やっと口を開いた司書はそう言うと、少し離れた場所に移動し、一冊の本を俺に渡してきた。
「こちらには古くから伝わるあらゆる異形の伝説が記されています。嘘か本当かわからないものが集められたものです」
司書の説明を聞きながら、その本を受け取る。
古びた焦茶の皮の表紙には、古語で〝異形伝説〟と重々しく書かれていた。
「ちょっと他にもローゼル様のご要望に合った本を探してきます。情報はたくさんあればあるほどいいですから」
「ありがとうございます」
離れていく司書にお礼を言い、俺はその場で早速本のページをめくり始める。
目次には、伝説としてかつていた〝らしい〟異形たちの名前が連なっていた。
魔女に、狼男に、透明人間。
人魚に、妖精に、吸血鬼など。
ここに記されている中で、現代に確実に存在しているのは、おそらく吸血鬼だけだろう。
こちらが気づいていないだけで、存在している可能性ももちろんあるが。
目次から早速、吸血鬼のページを開く。
俺たちが知っている吸血鬼は、血を欲する本能がある以外、力も寿命も何もかも人間と同じ、というものだ。
しかし、ここに記されている吸血鬼は、太陽の光に弱く、空を飛び、何百年も生きる、という、まさに伝説の異形として扱われていた。
作り話のような話にさっと目を通し、どんどん読み進めていく。
少しでも探している情報に繋がる何かを知りたくて、一言一句逃さないように、視線を動かし続けていると、ある情報を見つけた。
吸血鬼たちは互いに助け合い、人間社会で生き抜く為に、吸血鬼だけのコミュニティを作る。
そしてそのコミュニティを機能させる為に、表向きはただの普通の施設を装う吸血鬼の為の施設が多数存在していた。
例えばとある動物や環境に関する研究施設が、実は禁断症状の更生施設だったり。
ただの町役場が、吸血鬼の為の役場だったり。
この情報を見て俺は、これだ、とピンッときた。
エレノアは帝都にはいない。
エレノアの父親によると、エレノアは〝施設〟にいると言っていた。
つまり、この伝説通りなら、ごく普通施設の皮を被った吸血鬼の施設にエレノアがいる可能性がある。
嘘か本当かわからない情報の中で、この情報だけは何故か正しい気がした。
吸血鬼たちは確実に人間社会に紛れて生きている。
だが、その姿を現すことは滅多にない。
それこそこの伝説の通り、彼らだけのコミュニティを作り、互いに助け合って生きているからなのだろう。
では、何故、エレノアがその施設に行き、生死を彷徨っているのか。
まだ得られる情報はないかと本を読み進める。
すると、禁断症状の更生施設について詳しく記されているページへと辿り着いた。
禁断症状とは、1日に必要な血の摂取量を得られなかった吸血鬼のみに現れるものだ。
禁断症状を発症した吸血鬼は、瞳の色が生まれ持った色から血のような濃い赤へと変わり、理性が崩壊し、血を求める本能に己の全てを支配される。
血を飲んでも飲んでもその欲は満たされることなく、死ぬまで血を求め続ける。
本に書かれている内容は、俺が…いや、今の人類が知っているものとほぼ同じだった。
やはり伝説と言っても、全てが嘘か本当かわからない内容ではないらしい。
ここには正しい知識も確かにある。
この本に何か俺が知らない情報はないか。
エレノアへ繋がる情報を知る為に、俺はさらに本を読み進めた。
吸血鬼にとって人から直接血を吸う行為は、強い快感を伴うもので、麻薬のような中毒性がある。
その中毒性により、吸血鬼は一度直接吸血行為をすると、やめられず、禁断症状へと陥る。
「…え」
本の内容に、思わず声が漏れる。
一体、どういうことだ。
指先からゆっくりと、体温が奪われていく。
記されている文字が信じられなくて、思考が音もなく崩れていく。
直接血を吸う行為に快感が伴うことは、エレノアの様子を見ていたので、わかっていた。
なので、麻薬のような中毒性があったということも理解できる。
だが、それが禁断症状に繋がるなど夢にも思っていなかった。
あれはあくまでエレノアが禁断症状に陥らない為に、必要な行為だったはずだ。
タブレットの代わりが俺だった。
…それなのに。
その行為が、逆効果だったというのか。
しかし、それでもまだ疑問はあった。
一度、直接血を吸えば、その快感ゆえに、吸血行為をやめられなくなるはずだが、エレノアはいつもちゃんと吸血をやめていた。
どんなにもっと飲んで欲しいと懇願しても、いつもの冷静で優しい瞳でそれを断っていた。
この本では、やめられない、と確かに書かれているのに。
何故なのか、と視線を動かすと、その答えはすぐにそこにあった。
直接血を吸う行為は基本、やめられず、相手を殺すまで血を求める。
だが、その相手を愛している場合は違った。
血を喰らいたい本能よりも、相手に生きて欲しいという理性が勝った場合、吸血鬼は吸血行為をやめられるのだ。
ただし、それでも血を求める本能は抑えられない。
死ぬまでその吸血鬼は、その本能に苛まれることになる。
そうして、いつしか壊れてしまい、禁断症状に陥る。
人間から直接血を吸ってしまった吸血鬼は、遅かれ早かれそうなる運命なのだ。
「…嘘、だ」
ポツリと俺から小さな声が漏れる。
知ってしまった事実に、胸がぐちゃぐちゃになった。
エレノアは俺のせいで壊れてしまった。
俺がタブレットを隠したあの日、俺だけを求めて欲しいと自分勝手な欲望をエレノアに押し付けたあの日の俺がエレノアをそうした。
それなのに、こんなどうしようもない俺をエレノアは愛していたというのか。
エレノアが手を差し伸べる人々のうちの1人であるとずっと思っていたのに。
捕食対象としてではなく、1人の男としてエレノアの特別であったことがわかり、嬉しくて嬉しくて心臓が張り裂けそうだ。
だが、エレノアを死へと追いやっているのは自分なのだと知り、罪の意識でこの身が潰れてしまいそうにもなる。
どうすればいい。
どうすれば、エレノアは助かる?
胸いっぱいに広がる苦しい感情を抑えて、俺はなんとかページを読み進めた。
ここで押し潰されている場合ではない。
エレノアを救わなければ。
禁断症状に陥った吸血鬼は基本、そのまま死ぬまで狂う。
しかし、愛する者がいた場合、助かる方法が一つだけある。
それは血を求める本能をその愛で満たすことだ。
愛する者に満たされた吸血鬼は、血を求める本能を抑えられ、禁断症状から脱した…という例もある。
これだ。
本に記されていた解決方法に、俺は小さな希望を見た。
エレノアは俺を愛している。
そして俺もエレノアを愛している。
だから、俺がエレノアを満たせばいいのだ。
いつも俺の腕の中で、苦しそうに涙を流していた黄金の瞳が頭に浮かぶ。
彼女を今度こそ、救ってみせる。
俺はエレノアになら殺されたい。
俺の世界の最期が彼女だなんて、どんなにいいだろうか。
だが、エレノアの死は望んでいない。
俺は手に持っていた本をパタンっと閉めると、司書の姿を探し始めた。
少しでもエレノアを救える情報を得る為に。




