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だからアナタに殺されたい。  作者: 朝比奈未涼


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1.聖女、エレノア

毎日、7:30頃に投稿予定です!

よろしくお願いします!





吸血鬼。

どこかの伝承に記されているような長寿でもなければ、不思議な力が使えるわけでもない、人間と何も変わらない存在。

だが、彼らは人間と決定的に違う本能をその身に宿していた。




「吸血鬼の捕縛、完了しました!」




救護室の大きな窓の向こうから、無慈悲な誰かの声が聞こえる。

椅子に腰掛けたまま思わずその声に視線を動かすと、そこには、5人の騎士に捕えられ、歩かされている美しい男の人がいた。


20代前半…私と同年代くらいだろうか。

彼の口には猿轡がされており、自由を奪う為に両手には無骨な手錠がかけられている。

大人しく騎士たちと共に歩く姿は力なく、弱っているのだと一目でわかった。


美しい彼は、見た目はごく普通の人間だ。

だが、その瞳は血のように赤い。

あの瞳こそ、人間が忌み嫌う吸血鬼の証そのものだった。


彼の姿に胸の奥底がぎゅうと締め付けられる。


…見ていられない。


私は逃げるように視線を元の場所へと戻した。

私の目の前には、今日も怪我を負った患者がいる。

他のことに気を取られている場合ではない。

薬師として仕事を全うしなければ。




「エレノア?」




椅子に座り、右腕に薬を塗られていた騎士、ローゼルは私の様子を見て、伺うように声をかけてきた。




「…怖い、ですか?」


「まぁ、うん、そうね…」




私を気遣う声音に、胸が静かにざわめく。

はっきりとしない私の反応は言葉通り、怖がっているようにも見えるだろう。


吸血鬼が人間から忌み嫌われる理由、それは抗えない本能の先にある最悪の症状、禁断症状のせいであった。


吸血鬼は1日に一回、血を摂取しなければ、禁断症状を発症する。

禁断症状を発症してしまえば最後、吸血鬼は本能を抑えられなくなり、人間を襲い、最悪死ぬまで血を吸ってしまうのだ。


そして、もう戻ることのできないバケモノとなる。

自分の意思ではなく本能で血を求め続ける、哀れで、可哀想な存在に。

その為、禁断症状を発症した吸血鬼は殺人率が高く、処罰の対象とされていた。


あの捕縛された美しい彼も、禁断症状を発症したのだろう。

彼のような血のように赤い瞳こそが、吸血鬼が禁断症状に陥った証なのだ。


彼もその本能に抗えず、誰かを襲ったのだろうか。


騎士団に捕らわれ、歩かされている〝吸血鬼〟という存在に、救護室内に嫌な空気が漂い始めた。




「今月で何件目?怖いよねぇ」




私と同世代の女性の薬師、ルルが嫌悪感を隠そうともせず、窓の外を睨む。




「あの美貌も人間を捕食する為らしいよ」


「確かにあんなに綺麗だと危険だとわかっていても近づいちゃうよね。怖い怖い」




彼女から少し離れたところでは、2人の女性看護師が眉間にシワを寄せ、ひそひそと冷ややかな声を潜ませている。




「この前の殺人事件も吸血鬼の仕業だってさ」


「どうして帝国は吸血鬼を根絶やしにしないのだろうか?」


「やられる前にやるべきだよな」




それから医師や治療されていた騎士たち、ここにいる全員が口々に吸血鬼に対するヘイトを吐き出していた。


まるで吸血鬼の存在自体が罪である、と言われているような光景に、治療を続ける指に嫌な力が込められてしまう。


危険な吸血鬼は禁断症状に陥った吸血鬼だけだ。

その他の吸血鬼は人間と何も変わらない。

それなのに全ての吸血鬼が悪者のようにされているだなんて。




「はい、できたわよ」




ローゼルの右腕に薬を塗り終え、顔を上げる。

すると、こちらをまっすぐと見つめていたローゼルと目が合った。


艶やか綺麗な黒色の髪がローゼルの綺麗な紫の瞳に少しだけかかっている。

アメジストのような輝きを放つその瞳は、いつもまっすぐで、私を今のように捉えて離さなかった。




「エレノア、顔色が悪い…。大丈夫ですか?」




私の小さな変化も見逃さず、もう一度、いつもの無表情のまま気遣うローゼルに、心臓が小さく跳ねる。




「…大丈夫よ。気にしないで」




だが、私はその心臓の変化だけは悟られないよう、いつも通り気丈に笑った。

ローゼルが信頼を寄せる、エレノアとして。


そんな私にローゼルは何かを思案するように黙ってしまった。

そして、数秒後、ゆっくりと口を開いた。




「怖いなら俺に言ってください、エレノア。俺がアナタを守ります。いつまでも」




無表情からローゼルがふわりと笑う。

彫刻のように美しい彼は、笑うと幻のように儚かった。


ローゼルの言葉が私の心臓を忙しなくさせる。

だが、ローゼルに他意などない。


ローゼルは最初、今のように私に心を開かず、信頼も寄せず、毎日傷だらけで、まるで手負の猫のようだった。

しかし、少しずつ私たちの距離は縮まり、今のような関係を築けていた。


私たちの関係が今のように変わった決定的な過去の出来事がある。

その出来事に恩義を感じているローゼルは、私を慕い、懐いてくれていた。


それが私はとても可愛い、愛らしいと思っていた。


昔は一切見せなかった、たまに見せてくれる眩しい笑顔。

思ったことを包み隠さずズバズバと言えるまっすぐさ。

わかりづらいけれど、確かにある優しさ。


気がつけば、私はローゼルに惹かれていた。

けれど、この想いをローゼルに伝えるつもりはない。




「エレノア?」




私をまっすぐと見つめる、美しい人。


私では彼に釣り合わない。

私には誰にも知られてはならない秘密がある。

特にこの人だけには知られたくない。


ーーー私が吸血鬼であるということを。


 



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