第22話 追放者たちの戦争
南門の外。街道の広場。
ロスト・エデンと、カイトに味方する冒険者たちが門を出た時、レクスの隊列は既に陣形を組んでいた。
聖騎士三十名が横一列に並んでいる。銀の鎧が秋の日差しを弾いて、白い光の壁を作っていた。その後方に、王都から志願した冒険者が二十名。そして中央に、レクスとガルドとアリア。
こちらは四人と、味方の冒険者が十二人。合計十六人。三倍の兵力差。
風が吹いた。乾いた秋風が、二つの陣営の間を通り抜けていく。枯れ草が靡く。土埃が舞う。聖騎士たちの法衣の裾が揺れる。
五十メートルの距離を挟んで、対峙した。
静寂が、重い。
「灰原カイト!」
レクスの声が広場に響いた。聖剣を抜いた。白銀の刃が日差しを受けて輝く。教会の聖別を受けた光。あの光を、俺は三年間、背後から見続けてきた。
「投降しろ! 教会の名において、お前の身柄を拘束する!」
「断る」
短く答えた。
レクスの金色の瞳が、一瞬だけ揺れた。期待していたのだろうか。俺が膝を折ると。
「……そうか」
レクスが聖剣を構えた。切っ先が俺に向く。
「全軍、前進!」
聖騎士たちが動いた。三十の銀の鎧が、足並みを揃えて前に出る。地面が揺れた。重い。鎧と盾と剣の重量が、大地を踏みしめるたびに振動となって伝わってくる。
「……カイト」
リーゼが横に立った。剣を抜いている。碧い瞳が聖騎士の隊列を見据えていた。
「私はガルドを止める。あなたはレクスに集中して」
「リーゼ。ガルドは鉄壁の盾使いだ。防御特化のBランク——」
「知ってる。防御特化なら、攻撃は遅い。速さで上回る」
迷いのない声。リーゼは第十一話のオーガ戦で、三体を一人で引きつけてみせた少女だ。ガルドの盾を抜く技量はある。
「メルティア、聖騎士の隊列を崩して。シア、味方の冒険者に聖属性の防壁を」
「了解♪」
「はい!」
「味方の冒険者たちは、隊列が崩れた聖騎士を個別に抑えてくれ。一対一なら、冒険者も聖騎士も対等だ」
味方の冒険者たちが頷いた。渓谷の男が拳を握った。赤ら顔の男が斧を構えた。
「行くぞ」
走り出した。
◇
戦場が割れた。
メルティアが両手を広げた。赤い瞳が細くなる。
「影よ」
大地に伸びた聖騎士たちの影が、一斉に膨れ上がった。三十人分の影が足元から這い上がり、脚を掴み、足首を縫い止める。隊列の前進が止まった。銀の鎧が不揃いに揺れる。陣形が乱れた。
「何だ! 足が——」
「影に捕まれている! 闇属性だ!」
聖騎士たちが聖属性の光を足元に流し込んだ。影が灼けて薄まる。数秒で拘束は解ける。だが、その数秒で陣形が崩れた。横一列の壁が、ばらばらの個体に分かれた。
「今よ!」
味方の冒険者たちが、散った聖騎士に飛びかかった。一対一、あるいは二対一。乱戦に持ち込めば数の差は薄まる。剣と剣がぶつかる音が、広場に響き始めた。
聖騎士の何人かが聖属性の魔法を展開した。金色の光が鎧から放たれ、味方の冒険者を弾こうとする。
シアが両手を前に突き出した。白銀の光が広がる。聖属性の障壁が、味方の冒険者たちを覆った。聖騎士の攻撃が白銀の壁に触れて、金色の光が霧散する。聖属性同士の相殺。マルクス戦で証明された戦術。
「シアちゃん、無理しないで! 三十人分の聖属性を相殺し続けるのは——」
「大丈夫です! 全員分じゃなくて、攻撃が来た箇所だけ選んで防いでます!」
シアの紫の瞳が戦場を走査していた。聖属性の動きを「感知」して、攻撃が放たれる瞬間にだけ局所的に障壁を展開する。全面防御ではなく、狙い撃ちの防御。消耗を最小限に抑えながら、味方を守っている。
マルクス戦の経験が活きていた。この少女は、戦うたびに強くなる。
◇
リーゼがガルドの前に立った。
二メートル近い巨体と、百七十センチに満たない銀髪の少女。鉄壁の盾と、一本の剣。
「どけ、リーゼロッテ」
ガルドの声が重い。鉄盾を構えている。盾の表面に教会の紋章が刻まれていて、聖属性の光が薄く覆っている。
「お前に用はない。レクス様の命令で、カイトを——」
「命令、命令、命令。あなたはそれしか言えないの?」
リーゼの声が冷たかった。碧い瞳がガルドを射る。
「三年間、カイトの隣にいて、あの人がどれだけ頑張っていたか見ていたでしょう。追放を止めなかったのは仕方ない。あなたに判断力がないのは今さら責めない。でも」
剣を構えた。低い姿勢。左足を前に。貴族仕込みの型。
「今、ここで、またレクスの命令に従ってカイトを傷つけるなら——私が止める」
ガルドの顔が歪んだ。言葉が刺さっている。だが、この男は考えることをやめて、体を動かす方を選ぶ。
「レクス様の命令だ!」
鉄盾を前面に押し出して、突進してきた。大地が揺れる。巨体の全重量が乗った盾の突撃。受ければ吹き飛ぶ。
リーゼは受けなかった。
半歩横に跳んだ。ガルドの盾が空を切る。巨体が慣性で前に流れた瞬間、リーゼが踏み込んだ。剣の切っ先が、鎧の脇の隙間を突く。ガルドが咄嗟に盾を引いて受けた。金属音。
「速い……!」
「盾が大きい分、死角も大きい。右腕を動かす時、左脇が半拍開く。分かりやすいわ」
リーゼが二撃目を放った。今度は下段。脚を狙う。ガルドが盾を下げて防ぐ。上が空く。リーゼの三撃目が、上段から降った。ガルドが体を捻って避けたが、白い外套の肩口が裂けた。
防御特化のBランク。だが、リーゼの剣は当たらない場所を斬りに来ない。当たる場所だけを、正確に、速く。防御が追いつかない速度で、隙を突いていく。
没落貴族の剣術。実戦で磨かれた刃。リーゼロッテ・フォン・シュタインは、盾に当たらない剣を振るう。
◇
俺は走っていた。
乱戦の中を抜けて、まっすぐレクスに向かって。
聖騎士が二人、俺の進路を塞いだ。銀の鎧。聖属性の剣。
風。左手から放った突風が二人の体勢を崩した。右手に火。火球を足元に叩き込む。爆発。聖騎士が吹き飛んだ。致命傷ではない。鎧が衝撃を吸収している。だが、道が開いた。
口の中に鉄の味。二属性の同時使用。属性酔いの第一段階。まだ動ける。
レクスが、三十メートル先に立っていた。
動かない。聖騎士の壁が崩れても、味方の冒険者が乱戦を繰り広げていても、レクスは一歩も動かずに俺を見ていた。聖剣を構えて。金色の瞳を光らせて。
待っていたのだ。
俺が来るのを。
三十メートル。二十メートル。十メートル。
走る速度を落とさなかった。レクスも動かなかった。十メートルの距離で、互いの目が合った。
「カイト」
「レクス」
名前だけを呼び合った。それだけで、三年間の全てが浮かんで消えた。
レクスが聖剣を振り上げた。
白銀の光が弧を描いた。聖属性の魔力が刃から溢れ出して、空気を灼く。聖別を受けた剣の一撃。Aランクの勇者が全力で振り下ろす斬撃。
土。
地面から石の壁を隆起させた。聖剣が壁に叩き込まれる。石が砕けた。だが、一瞬の時間を稼いだ。砕けた石の破片が飛び散る中で、俺は横に跳んだ。
火と風。爆炎。右手から圧縮された炎の螺旋を放った。レクスの右側面を狙う。
レクスが聖剣を振って、爆炎を斬った。
斬った。炎の螺旋を、聖剣の一振りで両断した。聖属性の刃が炎を割って、左右に散らす。火の粉が舞い、枯れ草が焼ける匂いが広がった。
これが聖別を受けた聖剣の力。教会の加護がある状態では、ラスティカで見た時とは段違いの出力。魔属性を含まない通常の融合魔法では、聖剣に通じない。
「やっぱりな……」
雷。右手から紫電を走らせた。レクスの足元を狙う。レクスが跳んで回避した。着地の瞬間に水。地面に水膜を張る。レクスの足が滑る。体勢が崩れかける。
そこに、火と土の融合。溶岩弾。
掌の前に、赤熱した岩石の塊が生まれた。小さい。拳大。だが温度は溶岩に等しい。放った。レクスの胸を狙う。
レクスが聖剣を盾のように構えた。溶岩弾が聖剣の腹に当たった。衝撃。レクスの体が二メートル後退した。足が地面を削る。聖剣が受け止めたが、鍔の近くから白い煙が上がっている。
「……っ」
レクスの金色の瞳が見開かれた。驚きではない。屈辱だ。押された。聖剣で受けたのに、押された。
「カイト……! お前の力は、全部悪魔のものだ! そんな力で俺を倒しても、何の意味もない!」
「意味があるかないかは、俺が決める」
水と雷。麻痺の豪雨。頭上に水の膜を展開し、雷を流し込む。帯電した水滴が雨のように降り注ぐ。広範囲。回避は難しい。
レクスが聖剣を頭上に掲げた。聖属性の光が傘のように広がって、帯電した雨を弾いた。水滴が光に触れて蒸発する。白い蒸気が立ち上る。
その蒸気の中から、レクスが飛び出した。
速い。
聖剣が横薙ぎに振られた。蒸気を切り裂いて、白銀の弧が俺の胴を狙う。
風を纏って後退した。刃が外套の前面を掠めた。布が裂ける。皮膚には届いていない。だが、風圧で体が揺らいだ。
近い。
レクスの金色の瞳が、目の前にあった。汗が額を伝っている。歯を食いしばっている。目の奥に、いくつもの感情が渦巻いている。怒り。焦り。恐怖。そして、認めたくないものを認めかけている男の必死さ。
二撃目が来た。上段から。
土の壁で受けた。壁が砕けた。三撃目。横から。風で逸らした。四撃目。突き。水の盾で受けた。盾が貫通された。聖剣の切っ先が左肩を掠めた。
熱い。聖属性の刃が皮膚に触れた瞬間、魔印が灼けるように反応した。左肩から上腕にかけて、黒い紋様が激しく脈打つ。聖と魔がぶつかっている。体の中で。
口の中に血の味が広がった。鉄ではない。もっと深い、臓腑の味。四属性以上の同時使用。感覚侵食の第二段階に入りかけている。
退がった。距離を取った。五メートル。
レクスが追ってこなかった。追ってくる余裕がなかった。息を切らしている。聖剣を持つ手が震えていた。教会の聖別で出力は上がっているが、レクス自身の体力は、Bランクに落ちた体のままだ。全力の斬撃を四連続で放てば、息が上がる。
俺も息を切らしている。融合魔法を含む五属性の連続使用。体が重い。視界の端が、微かに色が滲んでいる。感覚侵食の兆候。
五メートルの距離を挟んで、二人が対峙していた。
レクスの金色の瞳と、俺の灰色の瞳が交差する。
三年間、同じパーティにいた。三年間、背中を預け合っていたはずだった。荷物持ちと勇者。雑用係とリーダー。対等ではなかった。だが、同じ戦場にいた。
今、その二人が刃を向け合っている。
レクスの聖剣が白銀に輝いている。教会の加護で底上げされた光。だが、その光の奥に、くすんだ灰色が透けて見えた。本来の出力は、あの時と同じだ。借り物の光で覆っているだけだ。
「レクス。お前の聖剣の光は、借り物だ」
「……黙れ」
「教会の聖別で上げた出力。外から足された力。それはお前自身の力じゃない」
「黙れと言っている!」
レクスが聖剣を握り直した。金色の瞳に、剥き出しの怒りが燃えていた。
怒りの下に何があるか、俺には見えていた。
恐怖だ。
カイトの言っていることが正しいと、レクス自身が分かっている。だから怒っている。図星を突かれた人間は、怒ることしかできない。
レクスが踏み込んだ。聖剣が振り上げられる。全力の一撃。教会の加護を全て乗せた、白銀の斬撃。
俺も踏み込んだ。
右手に火。左手に雷。二つの属性を同時に掌に呼んで、圧縮する。融合ではない。二属性同時放射。火の壁と雷の槍を同時に放つ。
白銀と、赤と紫の光が、五メートルの空間で激突した。
衝撃波が広がった。枯れ草が吹き飛ぶ。砂煙が舞い上がる。
砂煙の中で、二つの影が交差した。
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