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「逃げたか…」
頭領は深く溜息を吐くと表情をいつもの厳しいものに戻し頭領としての決断を下す。
「逃げた者の末路など分かっておろうに奴も覚悟の上だろう。追っ手を差し向けろ。外に派遣している者達全員にも通達するように。生死は問わん」
里を抜けるのは第一級の掟破りとされ、当然里の者全員で対処に当たることになっている。全員で当たると言っても全員が一度に追うのではなく、成し遂げるまで精鋭達が次々と送り出されるのだ。
勿論それは全国に派遣されている者や諜報活動のため潜入している全里の者達にも通達され、どこへ行っても絶えず追っ手をかけられることになる。
なので今までこれで成し遂げられなかった事はただの一度もなく、それがまた里の団結力とプライドに繋がっていた。
勿論男が見つかり里に戻されようとけして許されることなく、里の者全員の前で処刑される決まりになっているので、見つかり次第殺され首だけを里に晒されることになるだろう。
「儂は今より領主に会いに行く。留守を頼んだ」
「御頭直々にですか?」
頭領の傍に影のようになり絶えず控えている側近が珍しく怪訝そうに尋ねる。
「欺すようなことをしたのだ。この失態は儂でなければ償えん。仕方あるまい」
「ではご一緒いたします」
「良い。それよりも後は頼んだ」
「まさか御頭…」
「あの領主のことだ。失態の責任に儂の首を欲しがるやもしれん。その時は潔く渡してやるつもりだ。その時は里のことはおまえに任せる。頼んだぞ」
「……」
頭領の揺るぎない決意を目の当たりにして側近は何も言えず、ただただ頭領の無事を祈りながらひっそりと送り出すことしかできなかった。
◇
「話は分かった。こちらの条件を飲むのなら今回のことは許そう」
影の頭領が部下の失態を隠すことなく報告すると、領主は不機嫌になるどころか何やら嬉しげに悪巧みの表情を露わにした。
「条件とは?」
「神主は神の御使いに匿われていたと言っているのであろう。ではその話を逆に利用しどんどん噂を流させろ。神に攫われた赤子が成長して見つかり領主である親が探してると聞けば、上手くすれば向こうからわざわざ出向いて来るかも知れんぞ」
ニヤリと笑う下卑た領主が親だなどととても思えたものではなかった。
「それにやはりあの赤子は神に愛され選ばれた子だったと証明されたのだ。さぞや希有な能力を持っているとみえる。必ずや取り戻しその力利用させて貰おう」
神の御使いに匿われているというのは眉唾物だが、もし本当だったとしたらその神の御使いをも利用したいと領主は考えていた。
自分から始末しろと言ったことなど忘れたかのように、今度は神隠しに遭った子供を取り戻すのだと話をすり替える領主の手腕に頭領は見事だと唸るしかなかった。
しかしそのお陰で心配していた自分の命は保証されたようだと心ならずも頭領は安心してしまう。
「必ずや取り戻すために長男を連れて行ってくれ。奴もそのくらいの役には立つだろう。生き別れた兄弟が迎えに来たとなればその子も無碍にはしまい。万が一向こうから名乗り出て来なかった場合の保険だが、早いところ見つけ出し連れ帰るための駒に使え」
領主が総領息子の誕生を喜んだのはつかの間のことで、育つにつれその性分に物足りなさを感じていた。
周りの者は優しいだの思慮深いだのと称するが、領主の目には気弱の臆病者としか写っておらず、後妻の産んだ次男の方がまだ自分に似て鍛え甲斐があると思っていた。
「しかしご子息を連れて行方を追うとなると、こちらとしてはそれは別仕事としていただかないとご子息の身の安全までは保証しかねます」
頭領は自分の命がまた危機に晒されることになろうと、部下に厳しい仕事を無償でさせる訳にはいかなかった。責任をとるのなら自分一人で十分だろうと考え反発したのだ。
「別に命の保証などいらん。奴とて時期領主になる覚悟があるならこのくらいの事ができずにどうする。私としてはその希有な能力さえ手にできれば後は別にどうでもいい。金の心配ならそちらの言い値でいくらでもくれてやるわ」
「それは…」
頭領はそれ以上を口にはできなかった。
金額を問わず金を出すとなると総領息子を暗に殺せといっているのか、それともまだ幼い息子を試す手助けをしろと言っているのか、領主の真意は頭領にも今少し推し量れなかった。
「悲劇話を作り上げ同情心を煽れば民など簡単に欺せいくらでも情報は集まるだろう。それに生まれた時のことなどその子は知らんのだ、ましてやまだ幼いのだいくらでも言いくるめることもできようぞ。ならば我が息子にはせいぜい上手く踊って貰いそのくらいの役に立って貰おうじゃないか」
領主は総領息子を利用すれば双子の片割れである希有な能力を持つ子を簡単に連れ戻せると既に確信していて、その能力さえ手に入れば既に自分の長男が別段どうなっても構わないとさえ思っていた。
そして影の頭領は領主の意図することを完全に理解し領主の申し出を受け入れた。
こうして美咲の双子の兄として生まれた少年と一人の少女が、大人達の事情により翻弄され命を軽く扱われていることなど知る由もなく、肝心の美咲は神の使いとされる霊獣のグリとパピに連れられ、追われているので逃げると言うよりは神様への新たなお供え探しとばかりに暢気な旅をするのだった。




