第5部 第10話(表)
――止まる線
前線は、動いていなかった。
止まっている、というより――
止められている。
桜花は、前列の横を歩く。
足音は揃わない。
だが、散らばらない。
◇
「……踏み出さないな」
矢上が短く答える。
「踏み出せません。
後ろが、
詰まっています」
◇
桜花は、前を見る。
敵は来ない。
だが、引かない。
線の向こうで、
互いに動けなくなっている。
◇
「止まると、
人は考え始める」
桜花の声は低い。
「考え始めると、
余計なことをする」
◇
一人が、前に出た。
「……進め、という命令は?」
桜花は、即答しない。
視線だけを向ける。
◇
「進むな」
桜花は言った。
「止まれ。
それが今の命令だ」
◇
ざわめきが走る。
不満ではない。
不安だ。
◇
「前に立った者は、
止まる責任を負う」
桜花は続ける。
「勝手に動けば、
後ろが崩れる」
◇
一人が、拳を握る。
「……いつまで」
桜花は答えない。
答えは、
前にないからだ。
◇
桜花は、矢上に命じる。
「前列は交代制だ。
疲労を回せ」
「折れた者は、
後ろに下げろ」
◇
「守るな。
立たせろ」
矢上が、短く応じる。
「はっ」
◇
前線は、止まったままだ。
だが、
止まっている線ほど、
重い。
桜花は前を見据えた。
「……ここが、
境目だな」




