第5部 第9話(表)
――前に立つ者
朝は、まだ来ていなかった。
だが、夜はもう終わっている。
桜花は、前線の内側を歩いていた。
人の数は把握できる。
だが、顔は見ない。
◇
残った者たちは、
整列しているわけではない。
ただ、
散らばることを許されていない。
それだけだ。
「……静かだな」
桜花の言葉に、
矢上が答える。
「逃げ場がないからです」
◇
桜花は、足を止める。
「逃げ場がないと、
人は二つに分かれる」
「前に出るか、
止まるかだ」
◇
一人が、前に出た。
「……命令は?」
声は低い。
震えてはいない。
桜花は、即答した。
「前に立て」
◇
ざわめきが走る。
「従え、じゃない」
「守る、でもない」
桜花は続ける。
「前に立つ。
それだけだ」
◇
「前に立てば、
後ろは守られる」
「だが、
前に立った者は、
引き返せない」
◇
沈黙の後、
二人、三人と前に出る。
誰も、
誇らしげではない。
だが、
目は逸らさない。
◇
桜花は、矢上に命じる。
「前列を作れ。
武器は持たせろ」
矢上が一瞬、目を細める。
「……使うのですか」
「使うんじゃない」
桜花は言い切った。
「立たせる」
◇
桜花は、前に立った者たちを見渡す。
「お前たちは、
もう中立じゃない」
「だが、
敵でもない」
◇
「この場所で、
前に立った」
「それだけで、
立場は確定だ」
◇
桜花は前を向く。
「……動くぞ」
命令は短い。
だが、
逃げ場はない。
前に立つ者たちは、
一歩、踏み出した。




