表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セプテンバー・コール・アップ  作者: ヒポポクロス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/30

52 カール・フォスター

 クマのように大きく太った体。そして丸々とした顎に生える無精ひげ。

 その割には技巧派といえるピッチングをする彼は、親しみを込めて「カールベア」と呼ばれた。


 クロークハッチ・チェッカーズの投手陣の中で、見た目で目立つ人間は二人。

 カール・フォスターとマイケル・ケイジである。

 マイケルは遠目で見ても明らかに身長が高く、また手足も長いことから「ウォー()タース()トライ()ダー()」と呼ばれていた。

 一方でカールは、背の高さもさることながら、太っていたせいかクマに例えられた。

 イメージの一端には、やわっぽい()()()()も影響していただろう。


 カールは体格に見合わない繊細さを持っていて、何をするにしてもチームメイトに

「なあ、どう思う?」

と聞かずにはいられないような性格だった。そして

「どうって、お前が思うようにやれよ」

と言われるのが普通だったが、こんなカールの話し相手になれる人間が多かったのも、チェッカーズというチームの特徴だった。


 カールはチームに居心地の良さを感じていたが、反対に

──野球を辞めたら、俺はどこに居場所を求めたらいいんだ

という恐怖に、さいなまれることも多かった。

 カールは臆病者だ。人付き合いでは臆病さがネックであることも、十分に自認している。

 それでも脱却ができないというのが、カールが本当に臆病者であることの証明にもなっていた。


 このチームには、もうひとり臆病な人間がいる。ジャスティン・ラッセルである。

 ジャスティンとカールには共通点が多かった。

 それこそ体以外は、瓜二つといっても良いくらいだった。


 この2人はそういった意味で、仲良くなりそうだと思われがちだった。

 しかし本物の臆病者というのは、仲間同士で肩を寄せ合うこともできない。

 実を言えば、ジャスティンの方が社交性がある。気は小さいが、人との会話はできる。

──自分と同じ人間だ

 そう感じ取ったジャスティンは、カールに対して

「カール。今度食事にでも行こうか」

と話かけて、友人になろうとした。

 しかし、カールの臆病さは群を抜いている。ジャスティンの問いかけに対して

「いや、用事があるから……」

と言って断った。


 他から見れば、カールの口調がハッキリしていたこともあって

──本当に用事があるんだろう

と感じただろう。しかしジャスティンは、自分がカールと似た人間であったから

──この人は、人と関わることができないんだ

ということを察することができた。


 カールは、無意識に隔たりを作ってしまう性格だった。

 それは相手との間に壁を作るというよりも、自分の足元を掘って中に閉じ籠るようなものである。

 壁があるのならば、壊してしまえる人がいれば良い。

 だが、穴は壊せない。壊そうとすれば、中に入っている人物を生き埋めにしてしまうかもしれない。

 「罠」を張っておびき出すこともできるだろうが、それはそれで、カールのことを裏切っているようで気分がよくない。


 だから、周りの人間は彼に対して何をしてやることもできない。

 そのことがもどかしく、どこか悲しい気分になる。

 もしかしたら、カーター・フレイマンやロールス・エイブラムスよりも、カールのような人間こそが

──厄介だな

と思われていたのかもしれない。


 カール「ベア」とは、言いえて妙だった。

 野生のクマも本当は臆病だからこそ、自分の身を守るために人を襲うらしい。 カールも同様に臆病ではあった。


 ただ、自分の身を守るために相手を攻撃することはない。その混乱が収まるまで動かない。

 カールにとって人と関わるということは、嵐をやり過ごすような物かもしれなかった。


──・──・──・──


 カールは戦争におびえた。

 もちろん、怯えたのは彼だけではなかったが、カールの場合は考え方が飛躍していて

「俺は死ぬのかな」

いうことを周囲に言いふらす有様だった。

 戦争があったからと言って、自分が死ぬとは決まっていない。

 そのことはカール自身もよく分かっているのだろう。それでも恐怖をぬぐうことは、戦争という原因が終わるまで、できない。


 周囲の人間は支えようとした。

 どれだけカールが厄介だと思っていても、どれだけ自分が無力であっても

──目の前の人間を放ってはおけない

という気持ちがある。


 だが、そういった人間も、戦争が進むにつれて減っていった。

 カールの知り合いとも言える選手は、だいぶ少なくなった。

 周りにはタイラー・オーニールくらいで、あとは監督のゲイリー・マクドナルドと、職員のゲーリック・トラバースぐらいだった。

 周囲が知らない人間ばかりだと不安になる。カールのような人間であれば、なおさらだった。


 周りと断絶し、さらに孤独を深めていった。カールにはキャリアがある分、どこか空気に馴染なじめない。

 そして、そんなカールに追い打ちをかけるように、徴集令状が届いた。


 軍紀などは、カールのような人間には合わない。厳しい口調で

──弱い者は弱い

ということを、余りにも直接に突き付けてくる気風は、カールの中に在ったごくわずかな自信を、粉々に打ち砕いた。


 カールは戦場に出るべきではなかった。

 風呂にも入れず、ギスギスとしていて、食事も満足に摂れず、人の死が近くにある。

 そういう環境に慣れられるはずが無いのだ。


──・──・──・──


 カールは生還した。運が良かったのだと思う。

 カールの家族も

「無事だったんだね。本当に良かった」

と、大きな喜びを見せた。


 しかしカールの兄のバリーは、弟の灰色に染まった目を見て

──弟は変わってしまった

ということがすぐに分かった。

 カールの心は死んでしまっていた。

 この頃から、カールは無気力なまま生活を始めることになった。


 カールは戦後、生家に身を寄せていた。家から出ることができず、数年を無為に過ごした。

 家族は心配し、カールを何とか社会に出そうと思ったが、カールは身が入らずに失敗を重ねた。


 カールの目には、失敗を悔しがる様子は無かった。

 善意が無いわけではない。ただ、己が何かをする意義というものを完全に失っていた。


 一方で、食欲はすさまじかった。

 何かを満たしたいと思っていたのだろう。とにかく、目に付く物は口に入れた。

 そんなことで心は満たせない。

 周りの人が思っていたとしても、カールの耳には届かない。

 カールの姿に意志というものが感じられない。見るにえない姿だった。


 そんな様子が続いているのを見て、彼の両親は

「どうにもできない」

と、息子を家から追い出した。

 カールは腑抜けた顔のまま、自分の持つべき荷物と実家を出た。

 家の外には兄のバリーが、自分の車を止めて待っていた。

 小さな自家用車というよりも、豪快な印象を持つ、フルサイズピックアップの車だった。


 カールはバリーに手を引かれて、車の後部座席に座る。

 3つのトランクに詰められた荷物は、バリーが荷台に載せた。


 カールは以前にも増して太った。

 バリーの持っている車は、国内でも有数の大きさを誇っている車両だったが、それでも車内が窮屈に感じるほどだった。

 バリーは車の窓を開け、車内の陰気な空気を入れ替えると

「カール、出発するぞ」

と言って、レバーをドライブに入れ、ゆっくりとアクセルペダルを踏んだ。


 背後にあった家が遠ざかっていく。

 普通であれば少し寂しさを感じて、家へ振り返りたくなるかもしれない。

 だがカールは、そんな素振りを見せなかった。


──・──・──・──


 家を出てから2時間が過ぎた。

 バリーの家まではあと、1時間ほど車を走らせなければいけない。


──これから、カールをどう扱えば良いんだろう

 バリーは頭を悩ませていた。

 家族が

「カールの面倒は、もう見れない」

と言った時、バリーは反対した。

 カールは心が折れてしまっている。この状態で手を放してしまったら、カールはどうやって生きていけば良いのか。

「それなら、俺が面倒を見る」

 そう提案したのは、道端で死んでいくカールの姿が鮮明に見えたからだった。


 そうは言っても、カールの前途は全く見えない。

 それはバリーに筋道を立てる能力が無いというよりも、カールの目が完全に塞がってしまっていることが原因だった。


 目が見えず、口も利けなくなった人間を導くことは、予想よりも難しい。

 手を取り、歩調を合わせ、周りの景色を言って聞かせる。そうやって注意を払っていても、どこかで転ぶ。

 そして苦悩している内にも、周りは足早に去っていく。


 導く人間には、周囲から遅れようとも構わない、という覚悟がいる。

 立ち止まっているように見えていても、歩き続けているんだと言い張る、神経の太さがいる。

 カールに無い分、自分が補わなければならないと思う。

 だが、そう決意していても

──俺はもう、人の上に立つ仕事はできないだろう

と、ひしひしと思っていた。


 バリーは印刷会社で働いていた。

 キャリアを重ねて、会社への発注を受け付ける業務を、責任者としてこなしていた。

 彼の下には何人もの部下がいる。

──カールを養いながら、部下や会社を支えるだけのバイタリティが俺にあるのか?

 そう思ったのは、カールを引き受けようと決めた夜だった。


 そして、バリーはカールを引き受けることを決断して、辞職した。

「いきなりじゃないか。なんでそう思うに至ったんだ」

 真面目で勤勉だったバリーが、急に会社を辞めようとしたことが信じられない。上司はそんな顔をして、バリーに問いかけた。

 バリーは

「家の事情です」

とだけ、話した。


 彼の弟が、チェッカーズにいたカール・フォスターだということは、会社の中でも知れてる。

 そして、その影響でチェッカーズびいきになった同僚もいる。

 そういった人たちに

──弟のカールが廃人同然になっている

と言うことは、カールの尊厳のためにも、できなかった。


「カール、着くぞ」

 バリーは、反応をろくに示さないカールに話しかけた。

「ああ」

 カールが返事をした。それだけでも、嬉しさを感じるほどだった。


 郊外の一軒家である。バリーはカールの為に引っ越した。

 人の匂いが濃いが、それでも少しばかり行けば自然がある。

──今のカールには、こういう場所のほうが良いだろう

 バリーはそう考えていた。


 バリー自身には妻も子供もいない。女っ気が無い学校へ行き、女っ気が無い職場で働いているうちに、いつの間にか結婚するチャンスを逃していた。

 気が付けば52歳。

 周りの同年代の人間には、すでに孫ができている人間もいる。


 羨んでもいるが、もう自分にはどうしようもない。

 行き遅れた独身者が、廃人も同然になった弟と同居する。

──俺も哀れになったもんだな

 そう思わないでもないが、同情する人はいない。むしろ気味悪がられるのが普通だろうと、割り切った。


 2年が経ち、バリーは新しい仕事を懸命にこなすうち、近隣の人に認められるようになった。

 だが、カールについては関わりたくない人が多いらしい。

 バリーは、カールにも社会に出てほしいと思っている。そして、行動にも移した。


 近くにある小売店や飲食店などに就職を掛け合った。

 最初は快く受け入れてくれていたが、次第に

「あんたの所の弟は腑抜ふぬけだ。役に立たない」

と言われるようになり、ことごとくクビになってしまった。

──思えば、子供の頃からヘマが多かったな

 そう思い出した。


 細かい作業ができず、頭の回転もにぶい。

 体格に恵まれ力持ちではあったが、それがいつも邪魔をする。

 家族も補おうと熱心に教育をしたが、それが却って、彼を委縮させてしまったようにも思う。

──どこで、間違えたんだろうな

 それはカールだけの話じゃない。バリー自身も、そして家族全員の話でもある。


 バリーは今、運輸業に従事している。

 毎日のようにトラックを運転して、遠くの街に物を運ぶ。

 休みの日に家に帰ると、カールに

「風呂に入れ」

というのが習慣になっている。カールはそうでも言われないと、体を洗わない。

 せめて周りの人を不快にさせる存在にならないよう、注意していた。

 普段の身だしなみは、その中のひとつである。


 カールはいまだ、食欲が旺盛だった。

 食べる割に運動しないで、贅肉が付きすぎなくらいに付いた。そしてその割に、足は細い。

 バリーはカールの運動不足を解消させるために、散歩に連れて行った。

──向こうの丘まで

 などと決めて外に出るが、カールにはそれほどの体力すら無い。だから、できるだけ道を大回りして帰る。


 生活が不安になった。だいいちトラックを運転している間、カールがどんな生活をしているのかも、わかっていない。

 バリーは医者に連れて行き、カールの体をチェックしてもらった。


 カールは糖尿病だった。

 具合が悪くなっている素振りも見せていなかったが、医者には

「糖尿病は、そういう病気なんです。気が付いたら悪くなっている」

と、言われた。

 それからバリーは、前にも増してカールに付きっきりになった。

 そして同時に、自分の仕事の手伝いもさせた。トラックの助手席に乗らせ、各地の風景を見せ、必要があれば辺りを散歩もした。


 50代も半ばになったバリーには、仕事に辛いものがある。

 それでもカールの「病状」が良くなるのを、近くで見れた点については、恵まれている。

──カールもいつかは、独り立ちができる

 そう信じられるのは、幸運なのだ。


──・──・──・──


 カールも51歳になった。

 バリーは58歳。それでも今の仕事にやりがいを感じ、はつらつとしている。


 カールは前に比べると表情が明るくなり、近くの小売店で働けるまでになっていた。

 人と話すことになっても、以前のように()()()()とする様子は、もう無い。

 一方のバリーも、この歳になってガールフレンドができた。

 彼女は41歳。だいぶ年下だったが、ふたりで居るときはよく笑っていた。


 最初は彼女も、カールの存在を不気味がっていたが

「あいつは、何もやましいことなんてない」

とバリーが言ったことを

「これから付き合う人の言葉を、信じられないのはいけないわね」

と、受け入れてくれた。

 カールにとっても彼女の存在は心地よく、ふたりの会話をそばで聞いて、大きな腹を揺らしながら笑ったりした。

──幸せは、いつ来るかわからない

 バリーもカールもそう思っていると、一人の珍客があった。


「カーター。何をしに来たんだ?」

 隠そうと思っていても言葉の端にとげが出てくるのは珍客、つまりカーター・フレイマンの人格を、知っているからである。

「そう固くなるな。少し、おしゃべりをしに来ただけだ」

 カーターは年を重ねたせいか、チェッカーズにいた時よりも落ち着いている。

 家に入り込んだカーターは、ソファに腰を掛けた。

「そこは姐さんが座っているところだ。こっちに座れ」

 カールは自分の座っている場所を明け渡した。

「わかったよ。お前は?」

「立ってるさ」


「でだ。あらためて、何でここに来たのかを聞かせてくれよ」

「ああ、思い出話でもしようかと思ってな」

「思い出なんて、俺には無いようなもんだ」

「いつもすみにいたもんな。それでも、覚えていることはあるだろう?」

「当然だ。お前のことも忘れられないよ」

「皮肉か。そんなことを、言えるようになったのか」

「ああ。少しだけ自信が持てるようになったんだよ。お前、今は何してるんだ」

「少年野球のコーチをしてる」

「お前がか? 今のご時世、受け入れられる奴なんているのか?」

「いや。だから、いつも試合ができるかはぎりぎりだよ」

「だろうな」

「まあ、報いってやつだよ」

「そんなことを言うなんて、珍しいじゃないか」

「思うところが、いろいろあってな」

「……ラッセルはどうしてる」

「軟禁中だよ」

「なぜ?」

「毒ガスを作ってたらしい」

「うそだろ?」

「本当だよ。あいつは、そんな事を望んでする奴じゃない。作らされてたのが実情だろうが、それでも責任を問われたらしい」

「思うようにはいかないな。俺もそうだったよ」

「軟禁されてたのか?」

「違う。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「糖尿病になってな」

「そうだったのか。体の調子が良くないのか」

「今は大丈夫だよ。薬ももらってるし、案外動ける」

「そういわれてみれば、やせたな」

「そうだろ」

「……なあ、カール。今から話すことは、お前の体に毒になるかもしれない」

「毒って、大げさじゃないか。思い出話なんだろ?」

「そうだ」

「なら、話したほうが良いんじゃないのか」

「なら、そうだな。どこから話そうか」

「どこでも良いぞ」

「……ジェイコブが、いまチェッカーズで監督をしているのは知ってるか」

「もちろん。あいつはリーダーに相応しいと思う」

「そうか。ほかの仲間については聞いているか?」

「そういえば、知らない。どうなったんだ?」

「お前から聞いてくれ。そうすれば答える」

「回りくどいな。じゃあ、タイラーは?」

「ジェイコブが監督をやっているのを知っているんだろ? なら、タイラーがコーチをしてるのも知ってるはずだ」

「マイケルはどうなった?」

「マイケル・ケイジか。あいつは戦争中に病気で死んだよ」

「ロランは?」

「ロラン・バークライは、帰還中に戦死した」

「アイクは」

「アイク・ウィリアムスは行方不明だが、死んだだろう」

「マイクは、どうなった」

「マイク・ロッティはヤクで捕まって、治療中だ」

「ロールスはどうなんだ」

「ロールス・エイブラムスは爆撃に遭って死んだ」

「……サイモンは?」

「サイモンか……あいつは戦争から帰ってきたが、強盗にあって死んだよ。これ以上、聞きたいか?」

「いや……そうか……」

「泣くな。俺が泣かせたと思うと、ムカッ腹が立ってくる」

「俺は……俺は仲間がいなくなったことに泣いてるんじゃない」

「なら、どうしたんだ」

「仲間がそんな目に遭っていたのに、何年も抜け殻のようになって生きてきた」

「そうか、お前も辛かったな」

「違う。仲間やその家族が辛い思いをしてきたっていうのに、俺だけ甘えて生きてきたんだ。そのことが申し訳なくて、たまらない。すまなかった。すまなかった……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ