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表 ー7ー

その後、アカネはすぐに元いた世界へ還ることを希望したが、王や皇子達の説得にあい、もう暫くはこちらに滞在することとなった。

王にしてみれば、救国の英雄の象徴たるアカネを外交をする上でもう少し利用したいのであろうし、皇子達にしてもそれ以上に彼女を口説く時間が欲しいのであろう。


当のアカネはそんなこちらの事情は把握しているのか、大人しく滞在を受け入れた。


「王様にはお世話になったからね。少しは役に立ってから還ろうかな」


凱旋パレードを明日に控えたその日、アカネはリキドレイと城の中庭を歩きながら、仕方なさそうに笑う。




凱旋パレードの衣装合わせも終わったアカネの希望で、リキドレイはアカネとの時間が許されていた。

皇子達はそれぞれ仕事があるが、リキドレイにはそんな物はないし、救国の英雄となった彼には暫くの休暇が与えられており、アカネに呼ばれなくとも彼女の側にいるつもりであった。


「リキはこれからどうするの?」


簡素なワンピースに身を包み、綺麗な漆黒の髪を緩く結い上げたアカネはニコニコとしながら尋ねる。

世界を救うと言う重責が無くなったせいか、その笑顔はいつも以上に柔らかく、そんな彼女の近くにいるだけでリキドレイは途方もない幸せを感じた。


「どうもしないな。このまま仕事を続ける」


「褒賞は何を貰うの?」


悪龍を倒し、王家の間へと降り立ったあの日、王は自分達救国の英雄に褒美として何でも与えると約束した。


アカネはすぐ様、元いた世界へ還ることを希望したが、それ以外のメンバーはその場では特に答えなかったので、保留となっている。


「考えつかん」


「欲がないなぁ」


リキドレイの言葉にアカネは笑う。



欲しい物など決まりきっている。

ただ、それは王でも与えることができない、と言うだけの話だ。



「リキなら良く分かってるとは思うんだけど。これから先、気をつけてね」


今までの柔らかな笑顔を無くし、真剣な瞳でアカネは言う。


「リキ、手を貸して」


言われるがままにアカネの手に触れると、小さな波動を感じる。


「今ね、結界を張ったから。私達の会話は聞こえない。姿は見えるけど」


少し離れた所にいる護衛を気にしてか、アカネはそう言う。


リキドレイのアカネへの執着に皇子達は気付いているのであろう。

城へ帰ってきてから、アカネとリキドレイを二人きりにはしたくないようだった。

必ず、騎士団の中でも腕の立つ者を数人、護衛として付けている。

それはリキドレイがアカネを拐おうとするのを防ぐ為か。


「この国はきっとリキ達を政治の駒にするでしょう?多少は仕方ないにしても、いいように使われないでね」


アカネの言いたいことが分かり、リキドレイは頷く。


「俺は騎士団を辞めるつもりだ。ラドルとシエナもそうだろう。ここにいるつもりはない」


「辞めてどうするの?」


「ギルドで傭兵でもやるか。自分一人くらいどうとでもなる」


「リキは権力に興味はないもんね」


「貴族になんぞなりたくはないからな」


王からは功績を讃えて、一代限りの男爵の地位を与えようかと言う話も出ていたが、そんなものは御免だった。

ラドルとシエナもそうだろう。


このまま騎士団にいたら、貴族位を与えられ、どこかの貴族の令嬢と結婚させられ王家に抱え込まれる。

救国の英雄と言う肩書はさぞ外交上使い勝手のいいカードだろう。

騎士団にいて、貴族出の人間に散々煮湯を飲まされてきたリキドレイとしては、権力などただの足枷に過ぎない。


「ギルドかぁ。中立ではあるよね。でもなぁ‥」


アカネは何か難しい顔をしている。

そんな彼女をリキドレイは穏やかな気持ちで眺める。

誰かと一緒にいて気持ちが落ち着くと言うことがあるなど、初めて知った。


自分の行く末を心配する程度には、彼女にとって自分は気にかける存在なのだろう。

ラドルやシエナと同等ではある様だが。




「アカネ」


何か難しい顔をして考え込んでいるアカネを呼ぶ。


「なに?」


「好きだ」


こちらを向いた彼女の黒曜石の瞳を見つめながら、リキドレイは伝える。

驚いたようにアカネの瞳が見開かれる。


「俺はお前が好きだ」


アカネは還ってしまうのだとしても。

この気持ちだけは伝えておきたかった。


「本当に‥?」


アカネが驚いたように尋ねる。

その声は掠れていた。


「あぁ。俺は今まで他人の事など大して考えて生きてこなかった。だが、アカネと出会って共に時間を過ごして、人を恋しいと思う気持ちを知った。アカネは元いた世界に還ってしまうのだとしても。俺はお前と出会えて良かったと思っている」


それは紛れもないリキドレイの本音だ。


「私‥。この世界では聖女なんて呼ばれて、お姫様みたいに扱われてるからお淑やかにしてるけど。本当はもっと我儘で自分勝手な人間だよ?」


アカネは眉を下げて苦笑を滲ませながら言う。


「それがどうした。お前にとっては義理も縁もない世界だ。還る手段と引き換えに世界を救うことを強要してくる人間達に本心など晒せる訳がない。俺はお前が聖女だから好きになった訳ではない。共に時間を過ごしていく中で、お前を好きになったんだ」


それは紛れもなくリキドレイの本心だった。

もちろん、第一印象で惹かれたというのはある。

だが、これ程彼女を愛しいと思える様になったのは、あの旅で共に時間を過ごしたからだ。


それを聞いた瞬間、アカネの瞳から涙が溢れた。


「じゃあリキは‥リキは‥私のために全て捨ててくれる?」


「捨てる?」


「私の世界に一緒に来てくれる?」


「どういう意味だ」


ぽろぽろと涙をこぼしながらアカネが話してくれたことによると、アカネをこの世界に喚んだのは女神であるそうだ。

その女神が救国の褒美としてどんな願いでも叶えてくれると約束した。

この世界の人間を連れて帰ることもできると教えてくれたそうだ。

ただし、その場合は条件がある。


その人間はアカネの世界に永住することになるのだから、このままの状態で連れ帰ることはできない。

つまり、アカネの世界で生まれ変わるということをしなければならないらしい。


生まれ変わるという事は、こちらの世界のリキドレイという人間は一度死んで、アカネの世界で新しい両親の元、また生を始めるという事である。


「‥その場合、ここでの記憶はあるのか」


「あるみたい。でも、ある程度大人になってから思い出すって感じになるらしいけど」


「生まれ変わったそこでアカネと出会える保証はあるのか?」


「必ず出会える様にするとは言ってたけど‥」


アカネ自身も女神の言葉に信憑性が感じられないのか、信じられないよね‥と、諦めた様に呟く。


だが、リキドレイにはそれ以上に確認したいことがあった。


「俺にそういう話をするという事は、アカネは俺と共に在りたいと思っていてくれると受け取っていいのか」


リキドレイの言葉にアカネは驚いた様に顔を上げた。


「やだ、嬉しくて大事なこと言ってなかった。私もリキが好きだよ。許されるならこの先もずっと一緒にいたい」


その言葉を聞いた瞬間にリキドレイの心は決まった。


「ならばお前の世界へ連れて行ってくれ」


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