記憶
目が覚めると、いつも隣には陸がいる。
それが私の日常で陸がいない事が違和感だった。
陸とは幼なじみで私の双子の弟の海斗の親友で私の彼氏、付き合いだしたのは中3の夏だった。
何がきっかけだったかわからない、急に陸を幼なじみじゃなく男だと感じた。
私が知ってる陸は私より背が低くて女の子みたいに可愛い顔で、よく笑う男の子だった、一緒にいると楽しくて海斗といるより陸といたかもしれない。
意識しだしたらいつのまにか越された身長とか声変わりした声とか、いろんな事が気になりだして馬鹿みたいだけど陸と話せなくなった。そんな日が続いてしばらくすると陸に呼び出されて告白された。
"俺の話し相手は一生、七海がいいんだけど"
七海に海斗、両親は海が特に好きでもないくせに私達にそんな名前をつけた。
小さい頃は嫌いだった名前も陸に呼ばれると嬉しくて嫌いな名前も気づいたら好きになってた。
どうしてすぐ返事をしなかったのか、今も陸に言われる事がある。
私が陸に返事するまで一ヶ月もかかったから当然だとは思うけど...
もし別れたら、もう二度と前みたいに戻れない。それが嫌だった。
彼氏としての陸より友達としての陸の方がずっと一緒にいれる、それならそっちを選んだ方が絶対良かった。私は陸が思う以上に陸に依存してたんだと思う。
断ろうと思ってる、そう海斗に言うと海斗は呆れたようにため息をつく。
「なんでそんな結論なわけ?」
「陸は大事な友達だから、大事な友達がいなくなるのは嫌なの」
「七海って本当に馬鹿だよね、なら陸が他の子と付き合っても平気なんだ」
意地悪な質問に頬を膨らます。二卵性の双子は似てない、それは見た目もだけど性格もそうだと思う。
成長するにつれて余計に感じた。
何でも器用にこなして冷静で頭がいい海斗、私は海斗の半分も何にも出来ない。
「どっちしたって陸とは今までみたいにいれないんだから」
「付き合うって何すればいいかよくわかんないし」
「あれこれ考えすぎなんだよ、好きなら付き合えばいいんだよ」
投げやりに言われた言葉が効いたのか、次の日陸に返事をした。
嬉しそうに笑った陸はやっぱり私がよく知ってる陸で安心した。
高校を卒業してしばらくして陸と二人で暮らし始めた、陸との生活に気を使う事なんて何にもなくて居心地が良かった。
私が脱いだ服を陸が片付けて陸が置きっぱなしにした食器を私が洗う。
喧嘩もほとんどなくて、仕事が終わって一番に話したいのは何年たっても陸だった。
いい事も悪い事も悲しい事も全部聞いて欲しかった。
だけど私が話すばっかりで陸は自分の事は話さない。それが唯一不満だった。
気づいたら私達は23になってた、海斗と陸は二人で会社を立ち上げて、海斗にも可愛い彼女が出来た。
名前は花菜ちゃん。本当に花みたいに可愛い子。
目が合ったら誰でも恋に落ちそうなぐらい可愛い。
私の人生はいつだって恵まれてた。
大好きな人に囲まれて、愛して愛されてた。
少なくともあの日まではそう思ってた。
口の中が血の味がする、それに息がしにくい。
突然の事にこれは夢かと思った。
何かの機械音が規則的に聞こえる。
ゆっくり目を開けると自分の腕に何本も管が刺さってるのが見えた、息苦しい原因は口元にしてある酸素マスクのせいだ。
起き上がろうとしても体がうまく動かない。
自分の状況を把握するまでかなりの時間無機質な天井を眺めてた、真っ白な天井に所々茶色く染みができている。
いつまでも変わらない景色にこれが夢じゃない事を理解した。
ここは病院?だけど何でここにいるかわからない。
それに自分が何でこんな風になってるのかも。
陸、それに海斗の気配もない。
ここには誰の気配もない。
急に怖くなって酸素マスクをとって無理矢理ベットから降りた、そのせいで腕から点滴が外れて、部屋の中に警告音がなり響く。
私なんでここに?
必死に記憶を呼び出そうとしても、どうしてもわからない。
私何してたんだろう、陸、そうだ陸に会いに行ったんだ。雨が降ってて、陸に傘を届けに行った!
あの日はたしかすごく暑くて最高気温が30度越えてた、電光掲示板で見たのを思いだした、8月9日、あの日は8月9日だった!
だけど今この部屋の中は異様に寒い。冷房も入ってないのに吐いた息が白い。
自分に何が起きたかわからなくて一瞬パニックになりかけた時に看護婦さんが慌てて入ってきて私を見るなりナースコールを押して、私の手から流れてる血を慌てて止血する。
人が慌ただしく出入りして、私に何か質問してくる。
ただ何て答えていいかわからなくて黙って言う通りした。
いろんな検査をして落ち着くまで、誰1人私に何があったかはなさない。
病室に戻って海斗が来るまでの時間すごく長く感じた。
乱暴にドアが開いて入ってきた海斗は私が最後に思い出せる海斗とは全然違う。
私を見るなり何か言いたそうにして、だけど言葉を飲み込んでゆっくり私の横に来た。
「何でそんな怖い顔してるの?それより全然思い出せないんだけど私どうしてここにいるの?」
質問してみたけど海斗の返事はなくて、私の髪を触ると今にも泣き出しそうな顔をする。
「海斗?」
「・・事故にあったんだよ」
少し間をあけて海斗は静かに答えた。
「陸は?」
「・・・」
「陸に会いたい」
海斗の表情が曇る。だけど私にはその理由がわからない。
「今は会わない方がいい」
「どうして?」
「・・本当に覚えてないのか?」
頷く。
「8月9日、私が最後に思い出せるのは8月9日」
海斗の表情が凍りつく。そして上着のジャケットからスマホを出すと画面を私に見せた。
そこには12月6日、そう表示されている。
「嘘」
「そんな嘘ついたりしない」
「・・・」
「今は何にも考えなくていい。落ち着いたら陸を連れてくる」
初めて見る海斗の表情。
「お願いだから俺より先に死んだりしないで」
海斗の目から涙が流れた。海斗が泣いたのを見たのは両親が事故で死んで以来かもしれない。
私達はお互いが唯一の家族で海斗いなくなるなんて私なら耐えれない、それは海斗も同じで私が眠ってる間ずっと怖かったのかも。
そう思ったら少しだけ冷静になれた。
退院するまでの1週間、陸は病院に来なかった。
仕事で海外にいる、海斗にはそう言われてそれ以上は聞くのをやめた。
鏡を見て驚いたのは腰まで伸ばしてた長い髪が肩ぐらいまで切ってあった事、それに酷く痩せていた。
携帯は事故の時に壊れたらしくて退院するまで海斗以外誰にも合わなくて暇だった。
記憶がないのは一時的なのか永久になのか主治医にもわからないと言われて海斗にも思い出さなくていい、そう言われた。
退院して向かったのは陸と住んでた部屋じゃなくて海斗のマンションだった。
「陸が帰ってくるまでここにいて」
そう言って綺麗に片付けられた部屋に案内してくれた。
さすが双子なだけあって必要な物は全部そろえてある。
「海斗、ありがとう」
「・・いいから休んで。陸は明日来るから」
「帰ってきたの?」
「今日の夜中に帰って来る、本当に陸に会いたい?」
「何でそんな事聞くの?」
陸に会いたくないわけない。こんなに長く離れたのはたぶん初めてで不安だった。
毎日みていたはずの陸の顔が薄れてて早く顔をみたい、そうすればこの不安は消えるはずだから。
「・・ごめん。とにかく休んで」
「わかった」
静かに閉められたドアを確認してベッドに寝転ぶ。
病院はやっぱりどことなく疲れた。
陸と最後に何を話したかも思い出せない、それにどんな事故だったのかも。
だけど明日になれば陸に会える、そしたら何もかも元に戻る。
そう思いながら静かに眠りについた。
初めてキスしたのは付き合ってから1ヶ月後だった。
いつもみたいに二人で部屋で映画を観てたら陸にキスされた。
何されたかわからなくて戸惑ってると、「我慢の限界」そう言ってまたキスされた。
私は同年代に比べたらかなり幼稚だったと思う。
キスぐらいなんでもない、そんな風に回りが言ってるのに私には大事で泣き出して陸を困らせた。
嫌だったわけじゃない、そんなんじゃなくてただ寂しかった。
陸と私の気持ちには温度差があるんじゃないかって感じて不安になった。
陸が来る、朝から目一杯お洒落して海斗に何度も落ち着くように言われながら待つ。
時間がたつのがこんなに遅く感じるのは学校の授業以来だ。
チャイムが鳴って急いでオートロックを解除して玄関に走る。
「陸!」
開いたドアの向こうにいたのは陸だった、だけど陸じゃない。
何でそんな風に思ったのかは自分でもわからない。
会ったら話したい事がたくさんあった、聞きたい事も。
だけど陸の顔を見たら言葉が見つからない。
陸が私を見る。
「すぐ会いに来れなくて本当にごめん」
「・・・」
「会いたかった」
私も、そう言いたいのに言葉が出ない。
陸なのに全然知らない人みたいで急に怖くなった。
「そんな所にいないで中入れば」
後ろから海斗の声がして逃げるように海斗の横に行く。
陸が中に入ってきて三人でリビングのソファーに座った、私は海斗の横に、陸と向かい合うように座る。
「もう怪我は大丈夫?」
「平気。記憶はまだ戻らないけど」
「・・本当に何にも覚えてない?」
「・・・」
不安そうに聞く。
小さく頷くと海斗が私に携帯を渡す。
画面には2017年12月13日、そう表示されていた。
違う、あの日は2016年だった。
2017年?
「なにそれ冗談だよね?」
「嘘じゃない」
「だって」
「七海、嘘じゃないんだ」
陸が私の手に触ったのをとっさに払いのけた、8月9日、それが一年以上前なんて信じられない。
「事故で記憶がなくなったんだ、戸惑うかもしれないけど心配しなくていい」
「・・・」
「大丈夫だから」
陸がポケットから小さな箱を取り出して中から指輪を出すと私の指にはめた。
「結婚しよう。こんな時に言うべきじゃないのはわかってる、だけど二度と失いたくないんだ」
「・・・」
「生涯側にいて欲しいって思うのは七海しかいないんだ」
陸と結婚。バカみたいにそんな事をいつも考えてた、なのにこれは違う。
どうしてかわからないけど素直に喜べない。
「陸、何も今言わなくてもいいだろ」
いったいいくらするんだろう、陸はいつから私にこれを渡すつもりだったんだろう・・・
指輪を眺めながらそんな事を冷静に思った。
「返事はいつでもいい、ただ帰ってきてほしい」
「・・・」
「陸やめろよ」
「もう離れるのは嫌なんだ」
「大丈夫。一緒に帰るから、だからそんな顔しないで」
今にも泣き出しそうな陸の顔をみたらそう言うしかなかった。
陸といれば大丈夫。陸は私を傷付けたりしない。
自分にそう言い聞かせるように精一杯笑顔を作って陸の手を握った。
そのまま二人で家に帰ってきた。
タクシーの中でも陸は私の手を離さなくてずっと私を見てた。
恥ずかしくて目をそらしたくなるくらい。
部屋に入るなりドアが閉まりきる前に私を引き寄せてキスをした。
「っ・・陸」
懐かしくて甘いキス。
陸とするキスはいつも私の思考を止める。
お互いを確かめるように唇を求めた、陸に対する違和感がゆっくり消えてく。
キスしたままその場に座りこんで一度唇を離して呼吸を整えた、だけど整う前にさっきよりも深いキスをして陸にしがみつくように抱きついた。
「キスだけで我慢しようとしたけど我慢できないかも」
耳元でそう呟いて、私の首をなぞるように触る。
私の反応を確認するようにゆっくり触る手にキスして陸を見た。
「陸、会いたかった」
「・・」
「ずっと怖かった。もう陸に会えないんじゃないかって。」
「七海」