12.pools of blood
「平和的な解決を望むよ、美樹」
ガラス扉を開けて入り口に立った市谷が小さく零した。アナログの鍵も掛かっていないということは、俺たちがこの部屋に入るのは予定内なのだろう。美樹と呼ばれた女が無言でこちらを見る。市谷、千代、俺へと視線を移して手にした銃を僅かに握り直す。
視線のあった俺に向かって腕を持ち上げ、すっと銃口を向ける。俺はなぜかその場に張り付けにされたようで、体が動かない。女が俺に向けているものが殺意なのか疑問だった。躊躇いも無く引き金を引きそうでもあり、それでいて撃つことなど絶対になさそうでもある。
「美樹、流血は見たくない」
『美樹』が銃をこちらに向けたまま視線を市谷に戻す。そしてこの状況から一番遠い種類の柔らかな笑みを浮かべた。
「そう……。美しい台詞ね」
「…美樹」
「少年みたい。本当のところね、私は貴方の…ずっとそれに焦がれていたのよ」
『美樹』の穏やかな口調は、過去を懐かしむ。
「私たちは既に量り知れない流血の上に生きてる。でも貴方は、血に片腕を浸しても、残りを暗闇に売り渡したりしなかった。……私と違って」
「美樹…、もう惨劇を重ねるのは辞めよう。、なぁ、……美樹、頼むから、…、美樹」
市谷のどこか焦りの混じった声。何か察しているようだった。胸騒ぎに心臓が強く脈打つ。
胸騒ぎの原因は、『美樹』のふわりと諦めに似た微笑。
「出来ないよ……」
「美樹、」
「無理なの。何もかも間違いだったって、もう、分かり始めてるから」
誰かこの女を助けてくれ。
「美樹、止めてくれ…」
俺から逸らした銃口を自分のこめかみへ。
―違う。それは違う。死のうだなんて、やめてくれよ。どうして、どうして、どうして。
突然現れて、分かったような顔をして。分かるように説明してくれよ。心の中では言いたいことが溢れてくるのに、声を発したら終わりな気がして、少しでも動いたら世界が止まってしまう気がして、ただ俺は呆然とすることしか出来ない。
「私は…もう戻れない」
笑うな。行かないでくれ。
「……美樹…」
『美樹』が愛しそうに笑った。
「ありがとう。出合えたことを感謝してる。…貴方への感情は愛じゃなかった。
でもどうしようもなく好きだった」
ぱん、とどこかで音がした。
どさりと『美樹』が倒れる。
見れたものじゃない。
血溜まりが広がって…。
血、って、こんな色なのか。
終わりか。これで。
この女の人生は、ぷっつりと切れたのだ。
これが、終わり。
そうか。
世界は動いているのか。
無関係なのだ。
この女の死とそれ以外は。
馬鹿な女。