ARIA OF REBELLIONS
すみません、説明多めです。
じりじりと「蜃気楼」の章は畳む流れに入ります。
あれから、およそ一か月半が経過した。
つまりもう12月の暮れ。さらに言うと25日の夜である。
俺こと瀬名悠里は、照明を半分ほど落として薄暗くなった児童館の一階で一人、先ほどまで並んでいた商品とクリスマス調の装飾品の撤去作業をしている。既に空調も切れているため、俺が立てる以外は一切の音の無い静かな聖なる夜である。
「……なんか、昔を思い出すな」
シャラシャラと音の鳴る飾りつけを黙々と取り外しながら、附属高校時代にもこんなことを一人でやっていたなと懐かしむ。あの頃は店長として皆を先に帰し、店全体の円滑な運営のために一人で残って作業をしていたものだ。
まあ、今も目的は大して変わらない。今回だって店のためを思って計画を実行した次第なのは間違いない。多くの(特に児童館の)部員に愛想をつかされてしまったし本部からも呼び出しをくらっているものの、成績だけを見れば今年の児童館の売り上げは歴史的であろう。
……流石に後ろめたさは半端ないので、贖罪の意味を込めて一人で撤去業しているというわけだ。
「ふう。まだまだあるな」
装飾品と什器(本をディスプレイするアクリル製の仮設棚)を片付けたところで辺りを見渡してみる。
周辺には大きな台車二台、畳まれた段ボールおよそ10枚、ごみ袋複数に、数えるのも億劫になる数の本が散見されている。これらを分別・廃棄・返却・各館へ移動させる必要があり、終わりは相変わらず見えない状況である。
これだけの作業量なので、やはり一人で済ませておいて良かったと少し安心はした。
「とりあえず11時を目途に判断するか」
後半は多分に移動もあるため、およそどこまで時間がかかるかの予想が難しい作業だ。それでもある程度の段階まで進められそうな時間を逆算して、ひとまず一時間半後を目安とすることにした。
入荷して並べた直後と比べて本の量が大きく減っている箇所に気づくと、思わず笑みがこぼれる。
……俺の計画。円城と共に侵略作戦と揶揄していた販売計画。
それは、児童館一階入り口という目抜きの場所に「新刊と話題書のコーナーを作る」というものだった。
新刊・話題の児童書というわけではない。ありとあらゆる今売れている本すべてである。例えば、連日テレビで紹介されているエッセイ本、映画が公開中の大人気シリーズの原作小説全巻、SNSで話題になったダイエット本、そして超人気漫画「ひとつなぎ」の先週出たばかりの最新巻……などなど。今現在の書店の売れ筋だけを集めて、児童館でどこよりも目立つ場所に大々的に展開したのだ。
新星大学は分野ごとに建物が分かれており、その総合的な在庫量は近隣の競合書店と比較しても抜きんでている。
その明瞭さと信頼性の高さが当本店の真骨頂なのだが、広大な敷地面積が災いし、他店と比べて大きく後塵を拝する部分がある。
それは回遊性、つまり客が自分で店の中をくまなく回って何かしらの発見をすること。この点に関して本店は多大な時間と手間を要してしまい、人を選ぶ作りになってしまっている。
11月に有夢に各館を一時間かけて案内した際に思わぬ出会い(どうやら有夢のオリジナル短編集だったらしい)があったように、リアル書店の良さは通常の自分の視野を拡張させてくれることにある。そういったジャンルを超えた発見が気軽に、そして時に連続的に起こりうることで人はそのお店で本を買う習慣を培っていくことだろう。このお店は思いの外その機会に恵まれていない。要は売り逃しが多発しているのだ。
ましてや子連れの親子や孫へのプレゼントを買いに来た年配の方々は、児童館を回るのに精一杯で自身の興味のある館にたどり着くことなく店を後にすることも多いことだろう。この周辺にはレジャー施設も多く、上記の人々も含めて客の滞在時間というものはそれほど長くないと推測している。
そこで児童館の入ってすぐの区画に、本屋の旬を集めたコーナーを作った。ここはすぐ隣に子どもを遊ばせたり本を読ませたりできるスペースがある。我が子から目が離せない親御さんでも目の届く範囲にいながら気になっていた本を吟味することができるのだ。
……とはいえ、単に売れている本を持ってきて並べる、といっても実際はそう上手くはいかない。障害は大きく分けて二つあった。身内の説得と商品確保である。
当然だが、11月末にこの計画を児童館の部員に説明したときは先輩部員を筆頭に控えめな反発の声が上がった。売り上げが取れるのは分かるが、はたしてそんな手段をただの大学生である我々が選んでも良いのか。要は常識外れではないのかという点だ。
俺は欲しい本を買い逃す客をターゲットに売れ筋コーナーを立ち上げたと話したが、必然、ここで買ってしまったので本家である各館で買う必要がなくなった人も多く出てくることだろう。そうなった場合児童館は「良いとこ取り」をした形となり、他の部門から批判が殺到する恐れがある。そんな後ろ指をさされる部活動ライフはみんな嫌に違いない。
……なので、俺は児童館を支配することにした。
手始めに本部に俺の計画を説明。これは児童館スタッフに説明するよりも先に円城と共に本部に出向き行った。円城が本部の人間なのでMD部門の誰なら話を通しやすく“安請け合い”しそうかは事前に分かっていた。
本部には当初、児童館入り口横にワゴンを一台設けてミニコーナーを展開する、と説明した。陳列する物こそ本屋の売れ筋だったがその程度であれば実験的な試みとしては容易に許可が下りるだろうというのは十分に予想できていた。
実際二つ返事で許可が下り、言質も書面上の許可も取ったところで児童館スタッフにも説明。多くの部員が一階入り口スペースは目立つ場所と認知していながら、実際のところ子供が多く本が散らかりやすくて、本屋というより託児所のような印象を持っていた。商戦時ともなれば尚更で、その手間を瀬名一派が担ってくれるのであれば、という学生らしい天秤の測り方もあって、最終的に全員を説得させることができた。
最後のひと押しとして全責任は俺が負うと強く主張したのは言うまでもない。何か他の売り場の部員から文句が来た場合は『あの瀬名がまた無理やり進めたから』と説明して構わないと話した。しかし円城はそれだけでは説得力に欠けると判断したのか、『本部から来た円城という二年生も強硬派で……』という腹案も差し出すことになった。今日以降他の館から暴力的な報復が無いことを祈るばかりである。
本部からの呼び出しというのは皆の想像の通りである。提出された計画図面と実際の売り場が一致しない。要は場所広げすぎ、という事に対する証人喚問のためである。12月の中旬以降は一年で最も本屋の売り上げが高い時期である。その期間ギリギリになるまで商品は隠しておいて、本番突入と共に大々的に展開した。期間中の呼び出しは全て無視した。
残りの問題は商品確保である。言うまでもないが児童館には児童書に関連した本しか入荷してこない。そして売り上げが期待できる新刊というのは総じて取り合いである。つまり国民的人気漫画「ひとつなぎ」の新刊の配本が新星大学(要はコミック館)で1000冊で予定されていたとしよう。そこに児童館から配本の申請を出すと、コミック館に800冊、児童館に200冊といった感じで分配されるのだ。これはさすがに、コミック館の奴らも怒る。勝手に売れる商材を持ち出して買ってに自分たちの敷地で売ろうというのだかたもう悪徳としか言いようがない。
ちなみに基本的に冊数は誤魔化すことができない。配本が決定した時点でネット上に登録され、部員なら誰でも入荷数および在庫数を知ることができる。PC上の在庫と200冊も違えばどこかの館が取り分を強奪して隠し持っていることが公然と知られてしまうのだ。
この問題を解決するにはコネクションが必要であり、今回は運も味方した。
先ほどの冊数は誤魔化せないという話だが、例外がある。それは出版社から直接本を送ってもらう直送という方法である。あまりピンと来ないことだろう。
本屋と出版社の間には取次という仲介業者がおり、その取次によって、出版社から送られてきた新刊の配本が各書店ごとに割り振られるのである。
ではそれを通さないとはどういうことかと言うと、難しい部分を省略すると営業の人間の持ち分というものが存在し、そこから頂くということである。この場合の営業とはもちろん出版社の営業という意味だ。
例えば道徳的海賊漫画「ひとつなぎ」などは初版で数百万部も発行する。コンビニやネット通販にも多くの数が流通するし、基本的にはこういった交渉はいち書店単位でできるものではない。それを可能にするのが円城の肩書と奈留の想像力であった。
円城については詳しい説明は割愛する。本部にいた一年半の間に「ひとつなぎ」の出版社の人間とは夕飯をごちそうになるくらい親交があったようで、本部説得の件と同様にある程度話が遠しやすい土壌ができていたのだ。
そこに奈留の考察が重なる。児童館を見て回った奈留は「ひとつなぎ」が人気作品でありながら子ども向けの絵本や参考書が少ないことに気が付いた。そういった役目は現在、同じく国民的アニメの「ドラニコフ」や「アンパン次郎」の独壇場であり、それらが子ども向け作品であるとはいえ、出版社的にはライバル企業の領分であるためシェアを奪いたいところだろう。
案の定、直送の提案をした際に「ひとつなぎ」の児童文庫も同送してもらい一緒に展開する確約を提示したらあっさり承諾してくれた。
他のジャンルについても、電子化が進むなかで今後も売り上げを期待できる児童書分野のパイというものは興味を持つ版元が多かったため、概ね順調に手配することができた。
後は俺たちが卒業した附属高校が外壁補強工事のために書店部を半年休部させることが分かり、本部の了承を後回しにして予定されていた配本分の多くを児童館に回してもらえたのも大きかった。理事長が変わっていなかったため円滑に、かつ非合法的に進めることができたのである。
……と、まあ長々と説明してきたが、要は各方面の協力と、あとは申し訳ないが忍耐のおかげでほぼ想定通りの商品と数を確保できたということだ。
結果として「ハリポ」の新刊が出てすこぶる好調だった去年の児童館の売り上げを、さらに二つ飛ばしくらいで伸長させることに成功し、各版元の営業からも概ね感謝される程度には成果を挙げられることができた。大学内の好感度は総合的に大きく減らす結果になってしまったが、元々腫れ物だったのでもう気にはならない(人間関係をそう割り切るようになってはいよいよ人格破綻者だな)。
円城とのパートナー契約も今夜までの予定なので、この後しっかりフォローしていくつもりだ。
ちなみに例の仲たがいの件だが、奈留にアドバイスをもらった翌日の夜に地元に呼び出し、色々あった結果仲直りすることができた。俺の人としての尊厳みたいなものがなんか目減りした気がするが、まあ良しとしよう……。
などと少し涙目になりながら時計に目をやると……。
「え、もう11時か」
中間ポイントと位置付けていた時間に到達していた。作業工程はまだ四割といったところだろうか。逆算すると終電は間に合わないのは明白だった。
俺は一度作業の手を止め、薄暗い店内を再び眺めた。
日中は今とは想像もつかないほどに人でごった返していて、結局児童館の部員何人かにも販売応援に入ってもらい、何とか問題なく終わらせることができた。
高校二年の冬に書店部を辞めた俺にとっては、浪人期間も経て都合三年ぶりの冬の商戦だった。附属の頃もこの時期は賑わったが、さすがに大学はその比ではなかった。身内だけで乗り切ろうとしていたが、さすがにそれは無謀だったな。
「奈留たちに、ちゃんとお礼しなきゃな」
時間を気にしなく良くなって、ようやく俺は仲間のことを心から思いやった。直接的に手を貸してくれた奈留と円城は言うまでもなく、度々新刊発売のポスターや什器を横流ししてくれた至流にも恩返しをしなければ。
……そして、ある意味最大の関門は。
「うわ、ほんとにやってるよナルっち」
「まったく……」
「明日早朝に集まるって話でしょ店長―」
俺が脳内で仁王立ちする女王を夢想しているところに、散らばったゴミや段ボールをかき分けこちらに近づいてくる足音と話し声が聞こえてきた。それはちょうどお礼として思い浮かべていた友人たちと同じ頭数だった。
「お前ら……」
「お、先輩に対してなんだその口の利き方は」
「ふぎゃ!」
長身でショートモッズのコートをナチュラルに着こなす至流が持っていた袋をこちらに投げつける。どうやら大量の缶飲料他だったらしい重量たっぷりのそれを受けて、思わず後方に倒れこむ。
「もう、情けない後輩にはお仕置きが必要ね」
「そうだね。とりあえず何をしてもらおうか」
「あ、そっちの方向は無しでお願いします」
既に打ち上げで酒を取り込んできたらしい奈留と円城は既にリミッターもレギュレーターも外れていてリミットオーバーアクセルシンクロ状態であった。さすがにこんな場所で奈留の同人誌の肥やしになるわけにはいかないのではっきりNOと言わせてもらう。
「どうしてここに?」
「最終的に三人ともたどり着いたのさ」
「俺は酒も飲んでないぞ。だから買ってきた」
書店員とはいえ大学生なので、忙しかった日の夜は書店部も館ごとに打ち上げを行う。奈留と円城は瀬名一派でありながらうまく立ち回っていたので、結果として児童館の飲みに招待されたわけだ。俺も拒否されているわけではないが流石に空気を読まなけれないけないし、片付けもあったので居酒屋に向かう途中で別れた。わざわざ駅の改札まで通る演出までしたのだが、恐らく奈留は疑っていたのだろう。
「この分じゃ四人がかりでも終電ギリギリだろ。諦めて朝までに終わらす感じでまったりやろうよ」
「和佐君はそのまま寝落ちしかねないからそれまでお酒だめだよ」
「う、了解」
「というわけで、店長は事務所の空調入れてきてよ」
「お、おう」
急に店内が騒がしくなり、温かくなった気がした。
……みんなのためにと一人でこなしていた附属時代。今回もそのつもりだったけど、気づけばこうして三人は俺の周りにいつもいてくれていた。
……ああ、まずいな。日中の熱の余韻もあって何かくさいことを口走ってしまいそうだ。
まあでも、それでいいのかな。
「それとユーリン、多分だけど夜中頃にもう一人誰か来ると思うから……」
「「「…………」」」
騒がしい店内が、再び静寂に立ち返った。
多少は酔っているはずの女子二人ですら押し黙るのだから、その影響力たるや相当なものなのだろう。
……前言撤回。俺はさっきまで考えていた最後の関門に立ち向かわなければならないのである。
今回のことの発端であり、今や部活内で中心的存在である二年生。将来の新星大学書店部を背負って立つ女。
二乃舞亜理亜との一騎討ちが。




