冬の蜃気楼⑬
「とりあえず粗方のリストアップはできたよな」
事後承諾でコミック館の事務所に籠ってから約一時間ほど。ようやく冬の児童書売り場の計画が完成した。
計画というか、もう侵攻作戦みたいなものだが。
「そうだね。あとはお互いのコネクションをフル活用して方々に根回ししなくちゃ。ある意味ここがこの作戦の一番の要所だよ」
店の図面に書き込まれたおびただしい文字列を一通り確認し、座ったまま大きく伸びをする円城。スーツ姿でそういうことするとキャリアウーマン感ある。
「コネとかはもう、本部勤務の円城様の威光に最大限あやかりたいところです」
「うん、そこは僕も一番役に立てるところだから頑張るよ」
任せて、と軽くガッツポーズする仕草は、割と普段の彼女には見受けられないアクションで新鮮だ。
……半月ほど前に円城と再会したときは今の計画ではなかった。爪弾き者の俺には単純に行動を共にできる仲間が少なかったので、部外者の奈留と円城に手伝ってもらおうと思っていたのだ。ましてや児童書担当の部員は性質上教育学部の生徒が多く、倫理観とか人一倍強そうな気がして傷有りの者としても声をかけ辛いところがあった。
そこにまさかの本部勤務という事情が発覚し、俺は計画を180度変更した。法は犯さないクリーンさはそのままに、確実に成果をあげられる作戦へと舵をきることにしたのだ。
……これは、恐らくは大学に上がってから初めて行うスタンドプレーになるだろう。成果を挙げ、しかれどもそれ以上の迷惑をかける、人格破綻者の真骨頂。
ちょっとここ二年ばかしおとなしくしていたから発症した俺の呪いみたいなものだ。他意はない。
「ところで円城って兄弟いるの?」
今日詰めようと思っていた部分までは済ませたので売り場に戻るまでの一時間くらいは雑談して過ごすことにした。
「いないよ?」
一つ学年も上だし本部勤務で交友関係も広いだろうから極力こちらから誘わないようにしているけれど……っていうか一人っ子って嘘だろ。
「本当さ。だからだよ。男子との距離感が分からないんだ」
「いや近い近い」
イスをずりずり引きながらこちらの絶対防衛ラインを越えて侵入を果たす円城家の一人娘。なんかからかわれ始めたのは分かったが壁の向こうには大勢いるので恥ずかしいっていうより緊張感がやばい。
「妹が欲しいんだよね、僕」
椅子の侵攻を右足と両手で止めたら、あろうことか上半身だけをこちらに寄せてきた。
何か凄く、酷く熱を帯びたものが近づいてくるようなとても危険な感覚が近い(混乱している)。
「いやー無理じゃないかな、あいたっ」
「なんでそういうこと言うの」
お互いの年齢的にもう新しい兄妹とか難しくないかって素で思ったので口にしたのだけど、昔から誰かに言われていた俺の良くない部分が出てしまったようだ。
……?! あの円城が頬を膨らませている?!
「そういう話じゃないの。店長がなればいいの」
パーソナルスペースを侵してから円城のノリがおかしい。
というか急に変わるよねこの子。附属の頃もそうだった……ってくそくそ、思い出したくないことを最悪のタイミングで思い出させやがって。
「お前の理想の妹像がだいぶ歪んでいることは分かった」
「そうかなぁ?」
そうだよ。どう考えてもおかしい。
よし、ここは気を紛らわす意味も兼ねて俺の妹の話でもしよう。現代妹学の時間だ。
「兄さん……」
「そうそう、うちの妹はそんな感じで……」
ゼロ距離から始める妹学が開かれる刹那、後方の事務所の入り口から身内の掠れた声が聞こえたような気がした。




