冬の蜃気楼⑫
円城が書店部に復帰してから一週間が過ぎた。俺たちは毎週決まった曜日の決まった時間に、適当な館の事務所を借りて集まり、児童書の計画を進めている。
書店部の面倒なところは、何かをするにしても日々の基本作業を終わらせてからでないと着手できない点だ。幸いにして俺の配下みたいな立ち回りになってくれた円城と一緒にデイリー(あるいはウィークリー)のミッションを先にこなし、そこからイベント周回が始まる。そんな手間がかかるのだ。
「幻東社文庫の追加分、出してきたよ」
「おお、ありがと。まったく隔月しか出さないくせにこのタイミングで当たるとはな」
今日も土日で売れたおよそ百冊の文庫本の補充入荷(売れた本が再び入荷してきた)を二人して棚に押し込み、養老さんの売れてる新書を多面にして並べ、至流の進捗状況を冷やかしに行き、ようやくコミック館の事務所を間借りして話し合いのスタートである。
「コミックの方は和佐店長、苦労してるようだね」
事務所の机を借り、隣り合わせに腰を下ろしながら、円城は壁の向こうの出世頭を労った。
同学年の至流と円城は既に顔見知りだったので、長文タイトルの並んだノベルコーナーで云々唸る至流を二人で見物に行くのはある種の息抜きになっている。当然アドバイスもしているが。
「まあ、あいつが今一番試されてるよな、俺らの代では」
その言葉に円城も腕を組みうなずく。
本屋における売り上げは、店の立地によって様々だが、大体雑誌と漫画のシェアが高いものである。ショッピングセンターなどにあるタイプであれば4~5割を占めるお店も多いことだろう。それだけ重要なジャンルなのだ。
「新星大学の漫画における売り上げシェアは約17%。ただし年末年始に限ればその比率は24%にまで上る」
「お年玉もらった子供が買いに来るからなぁ」
どんな人でも財布が緩みがちになる時期である。二か月で億にも至る売り上げを稼ぐこの館の目貫の部分を任された至流の期待度とプレッシャーを理解していただけたであろうか。
「その点、僕らはまだ気が楽だね」
「ああ、そうだね。シェア31%だけどね」
うう、また胃が痛くなってきた。
そう、他人の心配なんかしている余裕は全然全く無いのである。12月24日だか25日だかに子供に無作為にプレゼントを配るアレのせいで児童書が一番売り上げが跳ね上がるのだ。本なら値段もそこまで高くないし教養とか言い訳にすれば体面も守れるしで親御さんには大いに好評(子供には分からん)なんだよ。
「心配ないよ。店長の謀略に僕のコネクション、そして秋篠さんの想像力があればさ」
「……まあ悪いことする自覚はあるからそれでいい」
微笑みを浮かべて隣の元同級生(スーツ姿はそのまま)はこちらを見つめてくる。
深夜のファミレスで円城と話したとき、お互いもう大人だから違法なことや倫理に反することはしないと公言した。その言葉に嘘はない。それでいて、上手くことが運べば年明けには素晴らしい売り上げを新星大学書店部児童館は達成することになるだろう。
その時に、もしかしたら俺は誰からも賛辞を贈られないかもしれない。どころか先輩たちに小一時間説教とか指導とかされるかもしれない。それでも亜理亜の期待に応えるには、俺にはこれしかできないから。
「二乃舞店長のため、ねぇ。知らない一年間のうちに店長三人に固い絆が生まれていたとは」
「墓場から引きずりだしてくれたからな、あいつは」
昔のラノベの主人公みたいな在り方だからな亜理亜は。自分が良くないと思ったことは例え他人の人生であっても是正しないと気が済まない。まったく平凡な身の上には直視できない奴だ。
「……これは先が思いやられる」
「なんだよ、心配ないって言った矢先に」
「はい読解力△」
こちらの頬を指でぐいぐいと押してくる円城。こいつは男兄弟の中で育ったのだと自分に言い聞かせたのはもう遠い昔のこと……。
かま首をもたげ始めた何やら覚束ない心を諫め、俺たちは魂尽きた至流が事務所に戻ってくるまで計画を進めることにした。




