冬の蜃気楼⑥
底知れぬ大雪にダイブを繰り返す土日だった……
数日後の夕方、俺と奈留と円城は児童・実用書館の売り場にて再会した。
俺はいつもの白シャツにキャメルのセーターとエプロンを着た仕事着(冬)。奈留も同色のダボついたセーターを腰下まで着込んで平常通り。そんな俺たちだけならまだ他人に見られても「変人同士でまた何か企んでいる」と思われるだけだが、この日はそれに加えてスーツ姿の円城までいたりするので更に怪しい感じになっていた。
「久しぶり、秋篠さん」
「そうね、円城さん」
特に親しくしていたわけでもない二人の再会は素っ気ない感じだった。誰かが「あ、うん、久しぶりだね円城さん」と恥ずかしげに返してこなかったことに驚くこともなく、淡々とあいさつを終えた。
この児実館は特に俺のような男が不得手とする場所である。要は絵本と料理・健康本が中心の売り場なので、必然的に子どもと女性客がターゲットとなるからだ。聞いた話では清潔感があって笑顔が自然に出るスタッフをより抜いて働かせているとか。
「ふーん、ここは初めて来たけど、さすが什器が綺麗だね。もちろん陳列も」
「スタッフの九割が女性だからな。この陳列の仕方とかは俺ら男にはできないセンスだよ」
元書店員の円城はぐるっと店内を見渡して頷いた。なんというか、元野球部だった友人と野球観戦に来たような、そんな不可解な嬉しさがこみ上げてきた。
…こうやって昔の友人をまた部活に連れてくる感覚って新鮮だな。色んな意味で。
俺はそんな風にして一人郷愁にも似た懐かしさを味わっていたのだが。
「んー…、でもさ」
「うん?」
「あのコーナー」
円城は腕を組んで少し店のいくつかのコーナーを注視した後、とある場所を指差した。
そのコーナー(病気や健康法の棚)に着くと、円城はその俺たちの背丈より高い棚の一番上の段を再度指差した。
「この陳列は……どうかな??」
「どう、って」
何かおかしくないかな、というニュアンスで俺に意見を求めてくる。いや、しかし……。
「分からない、店長?」
その最上段の棚には腰痛やひざの痛みについて書かれた本が並んでいた。円城はそれをして変だという。
…なんだろう。大手出版社が少ない? 棚にあてた割合が多い、あるいは少ないとかか?
俺が悩んでいる間、円城は黙って俺に視線を向け続けて解答を促す。……え、ていうかなんか緊張してきたんだけど。なに、なんで?
……この感覚は最近でも時々覚えがあるんだけど、なんだっけ?
「ジャンルの配置が悪いってことでしょ?」
俺が問いの答えと緊張感の根源について思考を巡らせていると、いつの間にか後ろにいた奈留が確かな口調でそう返答した。
「配置…だと?」
「うん。その本を取るであろう人たちの身になって考えてみてワトスン」
……えっと。
目線の合った奈留からのアドバイスに沿ってシミュレーションしてみる。腰痛やひざ痛の人が読むのだから体勢を……あ。
「……そっか。これじゃあ本まで届かない」
「手に取れる人は少ないかもしれないね」
俺はようやく陳列の不備に気づいた。自身の背丈よりも高い位置にある本を取ろうとすれば、当然片腕をのばして上体を反らすような姿勢になる。ついでに片方の足に体重をかけたりもする。そんな姿勢を、よりによって腰やひざを痛めている人に強いらせているのだ、この売り場は。
「店員を呼べば取ってもらえるだろうけど、こういう本が必要な人って大体が高齢者だよね。中には『年寄りだと思われたくない』と思って呼ぶのをためらう人もいるかも」
奈留の言うとおりだ。この棚は必要としている客のことをまったく考えていない。それが、よりによって固定客が重要となるこの売り場で発覚してしまうとは……。
俺は自身が気づけなかったことを反省しつつ、このことが本部にバレていたらと冷や汗をかいた。
「……ありがとう、さすがだな円城」
「気づいた秋篠さんが凄いと思うよ。かつての店長ですら反応できなかったんだから」
「うむ……とにかく助かったよ。サンキュー」
確かにここ最近の奈留は別人だからな。突き詰めていくと思いやりのある優しい小説家なのだけど。
そんな当の秋篠氏は先ほどから円城のことをためつすがめつして眺めている。こいつの奇行には理由があるので今さら驚きはしないものの、みてくれの整っている奴なのでどうも他人から目を引きやすい。今だってレジにいる部員から奇異な目線を向けられている。
「……ねえ、ワトスン」
「うん?」
ようやく人間観察を終えた奈留は、何やらメモ帳に書き込みをしている円城を挟んで俺に問う。
「ひとつ確認したいのだけど、さっき口にしてた『助かった』ってどういう意味かな?」
え? それはこの現状を本部に見つかる前に発見できたからだけど。何故それを奈留が気にするんだ?
「瀬名君は色々と気づけていないんだよ」
そう彼女がつぶやいたとき、円城のメモを走らせる手が一瞬止まった気がした。だがそれ以上に奈留の伏し目がちな表情がどことなく不穏な空気を醸し出していて、それどころではなかった。
「なんか背筋の凍るようなこと言うなよ。いつものようにさっと答えを教えてくれよホームズ」
俺は優秀な助手改め血気盛んなスコットランドヤードの警部の様相で名探偵に真実を乞うた。
……つい数分前にも似た緊張感を味わった気がするけど、いつだっけか。
「まあまあ、この棚は後で和佐君でも呼んで直せばいいよ。それより本題に入ろうよ店長」
「ん、ああ。そうだな」
奈留に知っていることを聞きたい気持ちもあったが、目下期日が漸進中の最重要課題について少しでも進展させたい気持ちが勝り、結局円城の促すままに話し合いを始めることにした。
会議は初日ということでこれからのコーナー作りの流れを説明し、そこに最近の売れ筋や今後の傾向を加えて販売計画を立てることにした。結果的にいうとスムーズに進んだ。もっとも、円城は経験者だし、奈留は経済学や心理学など活かせる知識の宝庫なので元から分かりきってはいた。
あとは定期的に細かい発注やスペース確保を例の先輩や他のスタッフにも相談しつつ、コーナー作りの細かい部分をこの三人で詰めていく。
ようやく見えてきた道筋に安堵する反面、年末の商戦が近づいていることを実感して気後れする。もう色んな意味で大学生じゃないよな、と思った。




