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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
間のお話「冬の蜃気楼」
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冬の蜃気楼⑤



さよならさん感想ありがとうございます。

日々学びつつ面白い作品にしていきたいと思いました。




 日付を跨ごうかという時間帯のファミレスで、俺は一人遅めの夕飯を食べていた。

 あれから駅に引き返し、三駅ほど乗ったところで電車を下りてここにいたる。相手には最寄りの駅まで行く旨を伝えてあったが、この駅がちょうど乗り換えで降りるところのようで、彼女の方からここを指定された。悪いと思いつつも俺がそれに従ったのは、相手が譲歩しても折れない相手だと知っていたからである。


「こんな時間にハンバーグセットとかヤバいよな…」


 そんなことを思いつつ、日中働きづめだった俺は相手が現れないのをいいことに豪華な夕食を堪能していた。大学生にとっては鉄板で焼かれたハンバーグなんて十分豪華である。しかもそれを、こんな時間に…。


「は、そうだ。ドリンクバーも頼んでいるんだ」


 真っ先に頭に浮かんだ飲み物がメロンソーダで少し落ち込んだが、とりあえず周りに知り合いもいないので素直に欲求に従うことにした。ついでに、ドリンクバーに行く途中で見たポスターで今日まで(あと残り七分ほど)ならスイーツが百円引きだということを知り、迷った末にそちらもオーダーした。たまにファミレスってありがたすぎて後光がさしてる。

 

 そんなわけで、日付が変わってから現れた彼女、円城紫衣瑠の目の前には、メロンソーダと抹茶ティラミスパフェを並べてハンバーグを頂く俺の姿があった。…パフェが来るのが意外に遅く、そして円城が来るのが思ったより早かったのである。ついでに言うとハンバーグも予想以上にボリューム満点だった。


「人を安心させる素晴らしい絵面だね」

「……」 


 久しぶりに見た円城は、髪を少し伸ばして大人っぽい雰囲気が出ていた。服装もかつてのスポーツ用品店御用達の機動性重視スタイルではなく、生地や裁断に目がいくようなブランド物のコートをまとっていた。それでも浮かべている笑顔は高校時代のままで、俺は人知れず安息する。


「久しぶり、円城。こんな時間に呼び出してごめんな」

「構わないよ。提案したのはこちらだからね」


 見た目は昔より女の子らしくなっているのに、相変わらずの中性的な喋りと立ち居振る舞いが少し異様に見えた。そういう要素も円城のトレードマークなのだと思うが。


「…うん、確かに見た目も変わっていないね店長。瀬名悠里としては良いことかもしれないけれど、大人の男としては悲しむべきところだよ」

「そこについてはしばらく考えないことにしてる」


 かつての友人たちと同様に、円城も俺のことを成長面でディスってくる奴である。とは言え俺も、ここ数年で二乃舞亜理亜というディスィストと関わっていくうちに、我ながら相当な耐性を獲得できたと思っている。


「バイト帰り?」

「うん。頭の固い大人たちに囲まれてあれこれ雑用を任されているよ」


 円城はコートの下にグレー色のスーツを着ていた。学生でバイトにスーツ着用とくれば塾の講師などが思い浮かぶが、彼女の説明を聞く限り何か事務職であろうか。まあこいつは僕っ子体育会系書店員という、ある種の積載量オーバーともいうべき個性を持ち得ている奴だからな。今さらそれにもう一つくらい属性が付与されてもさほど驚かない。そもそもが軽いノリに見えて至流と同じく要領の良いエリートタイプだし。


「僕のことはともかくとして、店長の大学一年目の華麗なる軌跡について語ってもらいたいな」

「いや、ただただ献身と罵倒の反復なんだけどね」


 献身は能動的で罵倒は受動的にな。


「秋篠さんが面白いことになっているのと、例の唯我独尊女店長が本領発揮してるっていうのは聞いてる。あと、アオイちゃんだっけ? 彼女とは仲良くやれているのかい?」

「奈留は一人でひと月分の辞典の売上くらい稼いでる。亜理亜は早くも時期店長候補だし、本部がSVに昇格させようとしてるって噂。で…アオイとは特に進展なし」


 左手のフォークをクルクルさせながらそう言い切って、俺はハンバーグの最後の一切れを口に運んだ。あまり美味しいと思わなかった。 

 その様子をしばらく眺めていた円城は、やがて口元に不敵な笑みをたたえて


「“進展”ってなんか恋愛関係的なニュアンスを連想させるよね」


 などと珍妙不可思議な発言を放ってきた。


「まだ俺よか円城紫衣瑠イケメンの方が付き合える可能性高いと思うわ」

「残念ながら同性愛は趣味じゃないね。まあでも、生意気な妹とかならちょっと可愛がりたいとは思っているけど」

「ふぅん。円城妹ほしいんだ。確かにお前は年下とか弄るの好きそうだよな」 

「好きだよ。特に、いつまで経ってもチョイスがお子様な妹なんて、最近じゃ頭がどうにかなりそうな程愛しく思うときがあるよ」


 そう言って俺からフォークを奪い、自分のグラスをキンキンと鳴らす円城。にしても今こいつの口から出た冗談みたいな感情表現にはドン引きだよ。そんな幼稚な子が好きって、ヤバいよ。

 

「…なんか失礼な想像してる? いいけどさ、抹茶パフェ溶けるよ?」

「ほわっ?!」


 会話をしていると時間が高速で過ぎ去る現象によってパフェは半壊していた。だらしない緑色の何かがそこにあった。


「うう、これじゃあまるで奈留が作る創作料理じゃないか」

「へえ、秋篠さん料理するの」

「創作が煮詰まったときに思考の羅列を食物にコンバートするんだとさ。スランプな時ほど神がかった逸品になる」


 ははは、と円城はシニカルに笑って注文したコーヒーに口をつけた。ちょうどそれがお互いに一息つくタイミングとなり、ようやく本題を切り出す流れになった。


「それで」

「ああ」

「僕は何を手伝えばいいのかな?」


 昔よく聞いていた、相手を挑発するかのような甘ったるい語調だった。加えてテーブルに両肘をつき、交差した手の上に顔を持ってくるという彼女らしくない仕草。実に女性らしい仕草なのだが。 


「基本的には週に何度か大学に来てもらって計画と準備を手伝ってもらう感じかな」

「ふうん? アルバイトを装って何か偽装工作でもするのかい?」

「え? いや、しないよ」

「そうか。では店で法に背くような取引でもするのだね?」

「はあ、しないけど」


 俺が歯切れの悪い返答を繰り返していると、次第に円城の頭にも疑問符が浮かんできていた。…まったく、変わらないなあ。


「少し誤解してるぞ円城。お互いもう成人なわけでさ、昔みたいなことはもうできないしする必要も無いんだよ。大抵のものは自力で手に入るから」

「おお、どや顔だね」


 ん、まあなんか大人っぽい響きだからな。

 俺は円城に先ほど電話を終えてからディナーにありつくまでの間に考えた計画を簡単に説明した。本当に臨時スタッフとして店で働いてもらい、奈留との話し合いにも意見を述べてもらうだけの奇策でも何でもない提案だ。もしかしたら肩すかしに思われて断られるかもしれないな。

 しかし円城は気持ちいいほど即答で


「うん、了解したよ」


 と、さも当然のように俺の助手役という仕事を引き受けてくれた。単にまた書店で働きたくなっただけなのだろうか。本当に人の価値観だけは容易に図れない。奈留なんかといると特にそう思う。


「報酬は時給換算でいい? 昔みたいに絶版書籍を支店間移動させまくって錬金術するのは無理だけど、ある程度入手が難しい書籍でも取り寄せてあげられるけど」

「うーん、基本的に賃金契約でいいけど、もしかしたらお金はいらないから別のものを要求してもいいかな?」 

「それは、俺が手配できるものなら……」


 俺の返事を聞いて円城はうんうんと頷く。ウチで働けるように手配してくれとかなら楽だし戦力増えるしでいいことづくめだけど、さすがにそれはないよなぁ。


「オーケー。それなら僕は文句無しだよ。このひと月半は喜んで君の手となり足となろう」

「おお、助かるよ」

「そしてやがては君の姉となろう」

「え、それはムズくね」

「心配いらないさ、三姉妹仲良しこよしで姦しい」


 ああ、そういうディスり方もあるのね。 

 深いため息をついている間にパフェ(だったもの)を彼女に奪われてしまった。正直溶けててもいいから食べたかった、なんて顔に出さないように俺は一生懸命ポーカーフェイスを意識した。



 ……。

 …。



 その後はしばらく、お互いの現在についてをだらだらと話し合っていた。浪人中の俺が至流や亜理亜と仲良くなっていったいきさつや、現在どのような仕事を任されているかについてなどを軽快に話した。円城は聞き手に回るととても楽しそうに話をきいてくれるため、ついつい話したくない類の思い出さえも口にしてしまう。まさかバイトってキャバクラとかじゃないよな。

 そして意外に思ったのは円城も現在は働きづめの毎日だったということだ。相変わらず何の仕事なのかは伏せているが、とにかく朝から晩まで週5で駆け回っているらしい。怒られることばかりだけど少しは楽しいと言う彼女の顔は結構大人に見えたものだ。ところで大学の話など一度もしなかったが、もしかしてもう通っていないのだろうか。

 俺がそんなことで勝手に不安がっていると、円城がこちらをジッと見つめていることに気づいた。いつものおちゃらけた目つきではなく、むしろかつて見たことがないほどに真剣な表情だ。

 ……もしかして、大学の話でもするのだろうか。


「店長さ」

「う、うん」


 大学って楽しい? とでも続くようならば、俺は彼女を週一で遊びに誘ってやるつもりだ。俺は確かに人格が破綻しているから孤立するのも仕方なしだが、円城がそうなるのには何か誤解があるに違いない。高校時代は後輩からの支持もあつく、クラスの中心にこいつがいたことは誰が見ても明らかだった。だから少しでもかつての友人である俺と動き回ることで、過敏になっている他人への壁みたいなものをとっぱらってやりたい。あの円城が友達ができずアンニュイになるなんて、いっそ彼氏がいてそいつと最近別れたとか、そういう一時的で日常的な理由の方がずっとずっとましだ。


「大学って楽しくないよね」

「……おっけー、明日はラウワンな」

「??」


 苦笑いを浮かべている円城というのも珍しい。あるいはそういう顔が今ではお前の素なのか。


「俺で良かったら何か話してみろよ。自慢じゃないが俺もここ数年は超不幸な生活だからさ」

「え? うん、まあそうだろうと思って聞いてみたんだよ」

「ん?」


 俺の言葉に少しも表情を変えず、円城は何杯目かのコーヒーを飲み干した。


「僕は相変わらずだからね。勉強は嫌いで自由に暮らしたい、そう思ってる。そして伝え聞いた話では店長も“相変わらず”のようだからさ」

「ああ、そう……」


 俺は恥ずかしさを紛らわすために何杯目かのメロンソーダを空にした。よくわからないが、円城が特に私生活で悩みがあるというわけではなさそうだ。


「附属高校の悪い部分だよね。評判も噂もひっくるめて大学まで持ち越されちゃうとことか」

「……」

「せめてアオイだけにでも誤解が解けたらいいのにね」

 

 円城は俺と同じことを思ってくれていたようだ。それだけあいつは俺にとっても他人からみても親しい存在だったということで。


 ……。


 でも、そのことで悩む時期は過ぎたと思っている。浪人したのはそういう人間関係から一度距離を置きたいという逃避願望が選ばせたわけだし。


「心配してくれてサンキューな。でももう折り合いをつけていくしかないと思ってる。だからその話はやめておこうぜ」

「うん、わかった」


 いつものように即答で承諾してくれた友人。しかし、その顔は先ほどと変わらず真顔のままだった。



 ……。

 …。



 そのあとも会話は途切れては盛り上がってを繰り返し、始発が動き出した頃になってようやくお互いが今日のことを考え始めるようになった。

 少し気になったのは、結局円城からは大学の書店部について一度も話をふられなかったことだ。正直なところウチの経営のあり方は奇抜過ぎるので超はなしのネタになるのだが、彼女は不思議とそのことについては無関心のようであった。まあ一度離れてしまうとそんなものなのかも。

 円城には数日中に連絡をする旨を告げ、俺は少し明るみのにじみ出してきた地元の道を歩いている。日付をまたいであんなものを食べた後悔や、自分自身の成長のなさに対する不安感は、あらかた円城と話をしてカラッと忘れられた。だからこの薄暗い帰り道もどこか楽しい。さっきまではそう、思っていたけれど。


 ……。


 数少ない友人が変わっていなかった。そういう感覚は今では希少なものなので、俺はつい感傷的になってしまう。例えば駅前のコンビニとか、遠くで聞こえる新聞配達のバイクの音とか、そんな動的なものに気が向いてしまう。


 ーー今まで散々だべってきたばかりなのに、また誰かと話がしたいなんて。


 自分としては珍しく他人を求めている自分を自覚した。携帯で連絡できそうな知り合いを、実際に連絡するかどうかはともかく、かじかむ指で懸命にスクロールして探していた。


 ……でも、そんな人は一人も登録されていなかった。

 だって、こんなほとんどの人がいまだ寝静まっている早朝に、悪い噂しかないこの俺が“気兼ねなく”連絡できるような相手なんているはずがないから。

 こういう時、こんな俺でも話しかけられる奴なんて、それこそ恋人でもないと無理だよ……。


 ……。

 …。


 一度は友人すら二度とできないとさえ覚悟していた自分は、少し人とふれあっただけでここまで欲してしまうのか。


 だから、こんなのだから……。


 楽しかったはずの帰宅の道のりに、気がつけば耐えられずにその場に立ち尽くしていた。









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