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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
最終章『いくつかの真実を隠したまま迎える終幕』
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会長の課題




その後、剣崎先輩から新役職以外の生徒会組織の改革内が説明された。そして最後に今後の生徒会の活躍計画を一通り報告し、この日の集会は解散となった。


一年生から順に下校となったが、俺は最後の三年生たちが下駄箱へ移動してもその場に留まっていた。舞台袖にまだ二人がいたからだ。


そして、残りの三年生と生徒会役員も体育館を離れ、この場には俺と玲菜と剣崎先輩だけが残った。

二人は壇上、俺はそれを下から見上げる形だ。


「…どういう、ことですか」


俺は久しぶりに会話を交わす先輩に挨拶もせず、単刀直入にこの状況の真意を問う。


「面と向かって話すのは久しぶりだな、瀬名」


俺は先輩の言葉に答えない。何か理由があるならば教えてほしい。これは冗談なのだと快活に笑ってほしい。


生徒会長、剣崎静華は相変わらず並々ならないオーラを放っていた。目力の強さは亜理亜に通ずるものがあり、その濁りない瞳は全てを見透かしているかのよう。

スタイルの良さにも異性からに限らず定評があり、玲菜と並ぶだけでも何やら絵になってしまう。


しかし、今日の俺はその光景に怯まなかった。ただひたすらに先輩の目だけを見つめ続けた。


…しばらくして、先輩はおもむろに口を開いた。


「お前の言いたいことはこういうことか? 『どうして自分ではなく玲菜なのですか?』」


……。


はっきり言ってしまえば、そうなる。俺は無言で頷いた。


「これは各々の評価を加味した結果だ。深千代が一番本校に貢献していたし、他の見本ともなっていたからな」

「な、待って下さい! それだったら俺の方がこの学校に貢献してきたはずです! 書店部の現時点での売上推移も確実に上向き始めています!」


放送委員として昼休みに書籍の宣伝放送も続けてきたし、件の在庫確保や電子マネーの導入、そして秘密裏にだが支店間在庫調整も始めている。文芸部の部費を拡張させてその分の資金を全て書籍購入に充てて売上に繋げているし、定期テスト後には駅前で旅行本の出張販売も計画している。

これほどまでに精力的に活動してきた俺が、どうして玲菜より劣っていると言えるのか。


俺はその反感を激情に乗せて先輩に訴えた。先輩は、それに対して表情も崩さずに、逆にこう聞き返してきた。


「瀬名、お前はどうして生徒会長になりたいんだ?」

「…え?」


その問いに、内心で自分の心か凍りつく感覚を覚えた。

これを問う真意を、俺は知ってしまうことを恐れている。


「それは、もちろんトップに立って学校を良くしていきたいからです…」

「違うだろう? お前はただ、深千代の上に立ちたいだけだ。ずっと競い合い、憎み合ってきた幼なじみである深千代の」


……俺の心を絶望が支配した。

やはり、玲菜が先に先輩に関係を告白したことがまずかったようだ。

俺も玲菜も互いを恨んではいるが、玲菜はその事と学校生活は区別が出来ていると思われている。でなければ、会長補佐になど選ばれるわけがない。

一方の俺はその妄念に取り憑かれており、日常的にその感情を抱いたまま書店部の店長を担っている。そう見なされているということだ。


「数週間前にお前たちが憎み合っていることを知った私は、最近まで放課後の時間を割いてお前たちの過去を調べていた。亜理亜にお前たちの幼稚園からの付き合いを教えたのは私だよ」

「「!!」」



そんな…。では、あの文集の暴露は先輩が仕組んだものだったのか?

俺も玲菜も動揺を隠せなかった。


「仮にも生徒会長だからな。行動力と人脈と、今回に関しては運にも恵まれていたつもりだ。もちろん亜理亜には一部しか話していないし、もしかするとお前たちが知らない事情にも到達してしまったかもしれない。ま、これは私の推測だがな」


「…俺たちの知らない事情?」

「……」


一体、先輩は何に至ったというのだ。疑念が渦巻く一方で、必死に腕の震えを抑えている玲菜の姿があった。


「恐らくは私の妄想だ、気にするな。それよりもお前が気にしなければならないことは、今のままのお前には書店部すら任せることも考え直さなければならないという事だ」

「そんな!」


俺はほぼ絶叫していた。こんな時期に店長職を降りれば、生徒会長になる野望など更に遠のくことだろう。

何があったか、あるいは何を知ったのかは定かではないが、先輩の俺に対する扱いは180度変わってしまっていた。もう俺のことを問題児や悪者といった爪弾き者にしか見ていないのか…。

何故か、先輩に見放されることは俺にとって堪え難いことに思えた。


「…過去の事については、弁解のしようも無いです。でも、俺はこの学校で本当に店長として店を盛り上げていこうと必死に活動してきたんです。昔と違って友達もたくさんいますし、もう馬鹿な事をしようなんて気は起きません。だから、俺にもう一度チャンスを下さい」

「瀬名…お前…」


剣崎先輩が驚きの表情を浮かべている。それほど俺の言葉は衝撃的だっただろうか。

隣に立つ玲菜は、はあ、と小さく溜め息を吐いていた。


「お前は、そこまでして生徒会長になりたいのか」

「はい」


俺は即答した。元より俺にそれ以外の目標などない。書店部の活動はやりがいもあるしみんなとも上手くやれているが、結局のところ生徒会長になる為の段階の途中に過ぎない。

確かに書店部は楽しい。本を通して人と触れ合うことは俺にとってとても大切なものを思い出させてくれた。


「…そこまでして、玲菜を屈服させたいのか」

「…………」


…でも、俺は入学前からずっと、玲菜にしか興味が持てないんだ。

憎み合ったままでいい。俺はずっと、あいつのことを追い続けていたい。

この感情の出処は、きっと憎悪であるに違いない。

あんな事をして、されて。最終的に裏切った女のことを愛しているだなんて。俺は史上稀に見る変態じゃないか。

だから、そんなことは絶対にない。



「お前は、いや、お前達はどうしてそこまで歪んでしまったんだ…?」


…?


動揺した先輩の言い方に引っかかるものがあった。まるで玲菜まで問題児扱いしているみたいじゃないか。


剣崎先輩は右手を額に当ててしばし何かを考えているようだった。


その間に、俺と玲菜はようやく視線が交錯した。


……。


俺は拳を爪がくい込むほど強く握り締める。

何も言わずとも、あいつの目が語っているのだ。


『これであたしの勝ち。もう悠里の思い通りにはさせない』


飼育している犬を見るような目つきだった。あいつは俺を完全管理下に置くことを考えているに違いない。


……玲菜っ。



「…分かった」


しばらくして、結論が出たらしい剣崎先輩はやれやれと首を降りながら言葉を発し始めた。


「瀬名。しばらくは店長を続けさせてやる。ただし夏までだ。それまでに、これから出す課題をクリアーしろ。できなければ降格だ」

「…分かりました」


横暴過ぎると思いながらも、俺は従うことにした。少なくとも夏までの猶予は得られたのだから、希望は見えてきたに違いない。


「それで、どんな課題なのですか?」


俺は緊張しつつも、剣崎先輩に条件を問う。かねてより鬼の松方・武士もののふの剣崎で通っている人だ。どれほどの難問奇問を突きつけてくるか分かったものではない。


「まあ、そう身構えなくてもいい。別に課題と言ってもレポートを提出させたりとか、店の売上をいくら上げろとか要求はしないからな」


…それは意外だ。てっきり書店部らしく店の売上にノルマを設けてくるかと思っていたのだが。


「課題は単純。『夏までに深千代玲菜をお前の女にする』、以上だ」

「「え、ええ!?」」


俺と玲菜は揃って仰天する。

課題の内容はおよそ予想外だったのだが、一応は剣崎先輩の問題としている項目を解消できるので合理的ではある…わけないだろ!


「なに言ってるんですか会長?!」


これには思わず玲菜も反論する。生徒会長って役職の人は少なからずこういう分野には硬派であるべきじゃないのか? 風紀的に。


「そうだな。瀬名の女になるという響きはいささか男尊女卑か。ならば逆でもいいぞ。瀬名が深千代の男になる。まあお前の場合は男っていうかツンデレ妹って感じだけどな、ふふ」


お前どこまで言い回ってんだ圭太!?

先輩には男として俺のこと見て欲しかったから凄まじくショックなんだけど。


「別に深千代じゃなくても良いんだぞ。瀬名が他の異性に興味を持てるならな」


先輩は腕を組みながらニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。何なんだ? さっきと全然態度が違うじゃないか。一体どれが先輩の本心なんだ?


「深千代、お前の課題は先ほど話した通りだからな」

「…あちらに比べればまだマシに思えてきましたけど、でも…」

「ふふ、期待しているということだよ。お前の方から…という意味でな」


壇上の二人は何か話し合っていたが、少し声が小さかったのであまり聞き取れなかった。


くそ、玲菜だけあんなに先輩と仲良さそうにしやがって。


「ということで、期間はおよそ二ヶ月半だ。その間にせいぜい青臭く足掻いてみせるがいい。お前たちの因縁あいじょうに結論が出る日は近いぞ」


そう言って先輩は高笑いして体育館を出て行ってしまった。

残された俺と玲菜はしばし呆然とし、頭を悩ませ、そして相手を恨みがましく睨みつけながらも別々に店先へと向かった。



…本来なら絶望のどん底にいてもおかしくない出来事があったにも関わらず、終盤の阿呆らしいやりとりのせいで、一気に諸所の問題が実はすごく単純なことなのではないかと錯覚させられてしまう。


イライラした動作で店先に立ちつつ、気付けばニヤニヤと笑っている玲菜を見ると、より一層そんな風に思ってしまうのだった。







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