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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第二章『夢を叶えた二人』
14/103

二人の妥協点




「……」



休日のアウトレット。その前にある満員のコーヒーショップ。


辺りの喧騒が、一気に遠くのことであるかのように、気にならなくなっていた。



「……」



お互いが、相手を元より意思疎通のできる同種の生き物だと認識していないかのように、言葉が口から出て来なかった。


これは最早、お互いがただ嫌いだからというレベルではなく、「ずっと無視してきたから何を話せばいいのか分からない」という、本当に障害のような状態なのである。


俺は部活での社交的演技を試みようと思い、口元を吊り上げてみた。しかし、それは引きつった不気味な笑顔となってしまい、深千代は一層顔をしかめてしまう。

これからどうなるのだろうという不安と、休日に仇敵と居合わせたことへの不快感が邪魔をしたのだ。



そのまま身を翻して帰ってもおかしくなかったが、深千代は俺の隣に黙って腰を下ろした。


ここまで来ておいて、というよりも、「こいつの為に行動を変えるのが癪」といった感じだろう。


そして、その不機嫌極まりない表情のまま、こちらを多分に気にしてきつつも、深千代は駅前の監視を始めるのだった。


………。


…実は、俺と深千代は中学校の二年生の秋に、とある約束事を交わしている。


大人になったら結婚する!

とか、

大学まで同じ学校に通う!

なんて、こそばゆいものではなく…。


「公の場以外では一切会話をしない」


という、嫁姑もびっくりの鎖国政策を敷いているのだ。


もちろん、このことは誰も知らない。集団に属している間はいつものゆう×れいコンビだったからだ。


そんな縛りプレイも慣れた高校生活では、案の定俺たちの関係を怪しむ輩など皆無だった。


このまま無事に卒業できれば、今度こそコイツとさよならできる…そういう手筈だったのだが。



………。


……。


…はあ。



俺は、覚悟を決めた。





「なあ、深千代」


「…っ」


おかしなことに、あの深千代玲菜がコーヒーを吹き出しそうになっていた。


…いや、分かるよ。

感覚としてはソ連とアメリカが握手を交わした歴史的瞬間に近いもの。俺たちの中ではね。



でもさ、後輩の涙を見てまで守り通さなければいけないような義理はないだろ?


まあ、涙なんか見てないし、俺たちの関係に義理とか引き合いに出すのは反吐が出るがな。


「なあ深千代。深千代玲菜」

「……はぁ。聞こえてる」


俺が声をかけても相手は聞き間違いみたいな反応だったので、今度はフルネームで呼んでみた。

なんか火遊びしているみたいでゾクゾクした。


「どうしてここにいるのよ?っていうなんで話しかけてきてるの?」

「アオイの為だ。何もかもアオイの為だからな」

「気持ち悪い」


こ・い・つ!

原稿用紙二行にも満たない会話でここまで人をイライラさせる奴!


「アオイに断りの電話入れた後に、山盛りの三点リーダと一緒にここに行くってメールが来たのよ。それで、一度断った手前…」

「ああ、もういい。俺も全く一緒だから」


全く一緒、と口に出してから、お互い揃って仲良く顔をしかめる。

字面で見ればパロディに見えるかもしれないが、現実はかなりシリアスである。


「……悠里を服の買い物に誘うなんて、アオイもよっぽど誘う人がいなかったのね」

「……」

「…何よ?」


コーヒーに口を付けながら、深千代は、彼女を凝視している俺を睨んできた。


「いや、別に」


お前は未だに、自然に俺のことを悠里って呼べるんだなぁ、って。

それこそ気持ち悪いから口が裂けても言えないが。


「それで、相談なんだが」

「私はアオイと会う。他の誰かがついて来ても無視し続けるわ」

「…いや、お前そりゃ人格破綻だわ」


コーヒーを飲み干し、ストローで氷をカラカラさせながら深千代が毒づく。


「お前にツッコミ入れるだけでも死にたくなるんだから黙って聞けよ。それとも、人の話もまともに聞けないほど非常識な人間なのかお前は?」


ピクッ、と。

深千代の眉が吊り上がる。


彼女のNGワードに触れたからだ。


ーー外道、卑怯、非常識。

普段はリアリストぶってクール気取ってはいるが、その実コイツは誰よりも正義の味方に憧れている。というか、正義に傾倒し過ぎている。


何がきっかけでそんな堅物になったのかは知らないが、仲違いする前はコイツの超正義っぷりに手を焼いた。男女のポジション逆じゃね、っていつも思ってた。



「後輩を“騙し”、“内緒”で目的地に先回りし、その上同級生を“差別”するとは、これは正義が聞いて呆れる」

「うるさいわね、分かったわよ」


そう吐き捨て、深千代は腕を組んで瞼を閉じた。黙って話を聞く姿勢らしい。


「相談というのは、俺たち二人でアオイに会いに行くという計画なのだが…」

「……それは無理」

即答。


「じゃあお前は、このまま俺をロープで縛るか気絶させるかして、一人でアオイと会って完璧に誤解を解けるってのかよ」

「誤解?何のよ?」

「……むぐっ」


しまった。コイツは激おこアオイを知らないから、俺たちがデ,デートしているとアオイに誤解されていることも知らないんだ。


「そ、それは…」

「??」


分からない、という風に首をかしげる深千代。

つか首かしげんなよ!かわいこぶっても全然キュンとなんか来ないんだからな!



「くす。ところでさ。まだジュースにアイスクリーム乗ってる飲み物が好きなの?」


「んん?!」


不意打ちな彼女からの質問に、思わず声が詰まる俺。

頬杖をつきながら深千代が指差しているのは、先ほど見よう見まねで注文した俺のバニラクリームフラペチーノの亜種だった。


「き、今日はたまたま甘いモノ食べたい気分だったの!」


「ふーん。そういえば母さんから聞いたんだけど、まだあのフードに犬の耳ついてるパーカー着てるんだって?」


「い、家着でな!しかも冬だけだし!」

「ふふ、笑えるわ、スゴく」


クスクスと、目尻を下げて笑う深千代。

コイツの年上目線は相変わらずだな!



「ぐぬぬ……ってアレ?」


悔しさを紛らわす為に視線を外へ向けたところ、ちょうど駅から歩いてくる銀髪の少女が目に入った。


アレをよもや見間違うはずがない。


「アオイだ、行くぞ玲菜!」


俺はとっさにれいち…深千代の手を掴む。


「え、ちょっと待って!」


深千代は呆気にとられていたが、その後、即座に俺の腕に手刀を叩き込み、掴んでいた手を離された。


「いって、何すんだよ。見失う前にアオイ追わなきゃ!」

「行く、行くけど。…アオイはその、何を誤解しているのよ?」


……。


俺は天を仰いだ。


…時間が無い。もう今だけはこのちっぽけな自尊心をかなぐり捨てるしかないようだ。



「その、俺とお前が……」




……。


…。



「アオイ」

「え?!」



アウトレットの入り口で、深千代が優しい声でその後輩の後ろ姿に声をかける。


すぐにアオイは振り返った。


「瀬名先輩に深千代先輩!?どうしてここに…」


「後輩の勘違いを正してやろうと思ってな」


頭上にハテナが浮かんでいる様子のアオイ。


「ゴメンねアオイ。変な誤解させちゃったみたいね」

「………」


少しふてくされたような表情のまま、下を向くアオイ。

夏を目前に控えての、大きな帽子とワンピース姿のその出で立ちは、とてもコイツに似合っていた。


「別に、寂しくなんかないです…」


自分の袖をギュッと掴みながらそんなことを言うものだから、先輩二人は大いに心をうたれてしまう。


「アオイ、ごめんな。実は俺、嘘をついてた」

「私もなの。でも、本当のこと言うのも、なんか気が引けて…」

「……」



アオイは自分の足元を見つめたまま動かない。

意を決して、俺たちはその“本当の理由”を語り始めた。



「実は俺、コイツと、深千代と買い物に行きたくなかったんだよ」

「……え?」

「私も、悠里と出かけるのが嫌だったの」


俺たちの告白に、顔を上げて仰天するアオイ。およそ予測していた理由と違ったのだろう。


「…どういうことですか?」

「実はな…」


後輩の真っ当な問いかけに、俺たちのマシンガンが爆発する。


「アオイはコイツと買い物行ったことないだろ?深千代ってなんかめんどくさいこだわり持っててさ。同じ服の色とか丈とかで散々悩むんだよ。それで店側もさ、一応見てくれだけ良く映るやつだからさ、何としても自店の服着てもらおうと試着させまくったりするから更に時間食うわけ。それで散々悩んだ挙句に『あえて我慢するわ』とか訳の分からないことほざいて何も買わずに隣の店に入って行くんだぜ?男は元々、女子のウインドウショッピングに付き合うのを躊躇うものなのに、コイツに関しては同性でもうんざりさせられると思うね。とにかく、深千代と服飾関係の買い物に出かけるのは時間を全力でゴミ箱にぶち込む行為に等しいから俺は今回遠慮しようと思ったわけよ」

「悠里って、小学校くらいから買い物に行くお店の選択肢が変わってないんじゃないかってくらい行く場所が単調なのよ。しかも大抵目当てのものは漫画・ゲーム・おもちゃのお子ちゃま三種の神器だし。たまに都心の方行ったかと思ったらわざわざポイントカードの使える電気屋でゲーム買ったり、サブカルがメインの本屋で一時間以上店内歩き回って目ぼしい本をチェックして、後日自分とこの店で注文出して社員割引で買ってるのよ?もうちょっとまともな時間の使い方できないのっていつも思ってるわ。そんなわけで、悠里がいたら無駄に走り回って終わりになると思ったから今日は遠慮しようと思ったのよ」


「……」


アオイは、ゲームのステータス異常でいう「石化」状態であった。

余りに多くのことを二人同時に言われたものだから、彼女の脳内変圧器がショートしてしまったようだ。


「とにかく、私は悠里と行くのが嫌だっただけ。アオイとだったら、本当に私行きたかったんだから」

「俺もだ。休日までアオイに会えるなんて最高だぜ! とか思っていたんだぞ!」


「先輩…」



結局、ス○バで深千代にアオイの勘違いを伝え、そのことで二人で絶句しつつも、思いついたのがこれだった。


曰く、できる限り真実を添えることによって、信憑性というものは格段に強まるらしい。

確かに俺たちは嫌い合っているわけなので、理由を述べる際の言動は真に迫るものがあっただろう。


「ではお二人は、本当は仲が悪いのですか?」


「……それは」

「なんと言いますか、私は今まで、お二人ほど仲の良い男女を見たことがなかったので、本当は嫌い合っていたなんて事実は信じられません。そして、もし本当だったとしたら、お二人のあのいつもの気さくなやり取りは何だったのかと…」


深千代は、アオイからの問いに一瞬躊躇う。

今度は100パーセントの嘘をつくことになるので、彼女の中の超正義回路が警告を鳴らしているのだろう。


「馬鹿だなぁ」


俺は、アオイだけではなく、心の中でも深千代に向けて同じ言葉をつぶやいた。


今の俺は、少しおかしいのかもしれない。


俺は、隣に立つ深千代に向けて腕を伸ばし…。


「え、きゃ!?」

「俺たちが仲悪いわけないだろ?ほら、この通り」


彼女と肩を組むようにして、身体をこちらの方へと引き寄せた。


「?!!?!???!!?」


言葉にならない、喉から絞り出しているような極小の悲鳴をあげながら硬直する深千代と、両手を口元にあてて唖然とするアオイ。


怒ってるんだか驚いてるんだかよく分からないが、まあ異性に突然こんなことされたら超正義様としては相当ショックだろう。

正直そこを狙ったやった感が無いわけでもない。

……自分への反動も半端ない、が。


…。


…いやゴメン! 俺もかなり限界近い!



「あ、アオイ!」

「は、はい?!」


それでも、伝えなければいけないと思ったことを、俺は精神を奮い立たせて言葉にする。



「嫌うってのは色々な形があるのさ。俺たちの場合は、相手の一部分が嫌いなだけ。もちろん好きな部分だってある。


本当に相手の全てが嫌いなんて人間は滅多にいないはずさ。そんな、相手の事を心底憎んでいるような奴はまともな人間じゃない。人格破綻者だ。

アオイ。お前は俺たちが嫌い合っていることを知ったからといって、俺たちの全てを嫌いになったかい?」



「……」


アオイは少しうつむき、口をキュッと強く結んだ。


「そんなこと、ないです。お二人は、未熟な私が尊敬している人たちです。だから、今日一緒に買い物に行けるって知ったら、私、嬉しくて……」

「アオイ…」


下を向き、涙が零れるのを見られまいとするアオイ。


やっぱりこいつは純真だ。好きか嫌いかを、心の中に隠したりしない。


そんなアオイを、深千代が優しく抱きしめる。


「ゴメンね、アオイ。心配させちゃったね。私たちは、あなたの知っている私たちだよ」

「はい……」


人混みの中で抱きしめ合う二人。それは姉妹のような繋がりを感じさせた。



これでようやく、今回の騒動は解決しそうである。


誓いも破られたし、少し今後のスタンスを考えなければならないな。


………。


それから俺たちは、三人連れ立ってアウトレットへと向かった。


……。


…。



そして夕方。

元気を取り戻したアオイは、アウトレットのショップの隅々まで、俺と深千代を連れ回していた。


そして今は、試着室の中で本日通算何着目かも分からない服の試着中である。



「これは、お前並にファッションモンスターだな、玲菜」

「うるさいわね」


両手に紙袋を掲げた俺を睨めつけてくる深千代。

俺たちは路上に置かれたベンチに腰かけ待機していた。


「大体、あたしが服選ぶの時間かかるとか、何で知ってたのよ?」

「…たまたま見かけたんだよ。近所なんだから仕方ないだろ。お前こそ、電気屋のポイントカードのこととか何で知ってたんだよ?」

「たまたまよ。近所なんだしビックリカメラはみんな利用するでしょ」


ここまで行動パターンが被るとはね。我ながら田舎民であることを自覚せざるを得ない。


「…あと、なかなか興味深いことを言っていたわね」

「ん?」

「『相手の全てが嫌いなんて人間は滅多にいない』って。そんな奴は人格破綻者だって」


ーーああ、アレね。

俺は荷物を置いて、ベンチから立ち上がる。


夕日は段々傾いてきており、周りには満足げな人々の柔らかな笑顔が満ち満ちていた。


「嘘は言ってない。俺は人格破綻者だよ。お前の全てが嫌いで、憎んでる」

「…でも、そんな感情を剥き出しにしたまま、俺たちはこの世界で生きてはいけない。それは他者に向ければ傷つけてしまうから。今日みたいにな」


それはもう、魔術や超能力の類と同質とみて良いだろう。


危うく後輩を傷つけ兼ねなかった今日は、そのことを改めて学ぶことができた。


「…ふうん、柄になく大人じゃない」

「このことに関してはもう長いからな」

「肩組む時に腕が震えるようじゃ、まだまだ研鑽が必要みたいだけど?」

「……お前こそ、な」


内心で苦笑を浮かべながら、真顔でやり取りする俺たち。この光景が異様であることに気がつく人は、ここにはいないだろう。


「…私的な会話を禁じなくても、互いを嫌い続けることはできる」

「それがお前の妥協点?」

「そうね。今日みたいなことはもう繰り返したくないもの」

「…だな。そうしよう」


お互い、関係の修復なんて妥協点は考えない。

今回、ここまでの騒動に発展しても揺るがないこの信念は、おそらく一生曲げることはないだろう。

…そんなことを考えさせる存在が表れたなら、俺は恐怖する。

そんなのは神様くらいなんじゃないかと思ってしまう。


それくらい、俺たちの関係は強固で不可侵だ。誰も俺と玲菜の間には入って来れない。入れさせない。



「飲み物でも買ってくる。何かいる?」

「いらないわ」


返事を聞いて自販機に向かおうとしたが、アオイにも聞いていこうと思い、俺はショップの中へと入っていく。


「確か、一番右の試着室だったよな」


俺はそのボックスの前まで行き、レース越しに話しかける。


「アオイー」

「…あ、ちょっとすいません。はい、何ですか?」

「?? 誰かと電話してたのか?」

「はい。剣崎先輩とです」


ん? 剣崎先輩と?

珍しい組み合わせだな。

元々書店部にはよく顔を出していたから顔見知りではあるが。


まああの人も後輩の面倒見いいし、色々とアオイも目をかけられているのだろう。



「へえ。ところでさ、飲み物買ってこようと思うんだけど、何がいい?」

「えっと、オレンジジュースお願いします」

「はいよ」


返事だけ聞いて店を後にする。

ちょっとアオイが俺の声で動転して試着室の中でワタワタする様を期待していたが、まあそこまで子どもじゃないよな。


そういえば、アオイって好きな人とかいるんだろうか?あいつなら未だに「お父さん!」とか言っててもおかしくはないが。


そんな失礼なことを考えながら自販機のボタンを押す。


「あ、いけね」


気づけば、無意識に飲み物を三つ買ってしまっていた。オレンジジュースとコーラを二本。

たまたまあいつと同じ場所に来ていただけなのに、中学生の頃の習慣が未だに出るとは…。


「…………」


俺は、しばらくの間買ってしまったその余分な炭酸飲料を見つめ、そしてその余剰分をゴミ箱に捨ててから、ベンチへと戻っていった。









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