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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第一章『幽霊は舞台で微笑む』
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違いの分かる男と女


このお話で章に区切りをつけます。






…土曜日は散々だった。


松方副会長を見て下駄箱まで走り抜けたまでは良かったのだが、そこで不意に後ろから肩を掴まれた。



「おう、ツラかせや瀬名」


生まれて初めて、現実でそんなセリフを聞いたぜ。


どこかで見たことのあるような先輩達だったが、すぐには思い出せなかった。


俺ははぁ…とだけ返事して、彼らの後をついて行こうとした。


しかし、その直前に背後から大きな声が響いた。


「逃げろユーリ!金曜のやつらだ!」


ーー瞬間、俺は方向転換して上履きのまま屋外の方へと逃げ出していた。


金曜のやつら。まず間違いなくあの夜のことを指しているのだろう。

…ん、それでは圭太も参加者なのか?


「待てコラ瀬名ぁ!」


活きの良い声が下駄箱にこだまし、思わず数人の生徒が振り向く。


もちろん、そんな事など気にしていられないので、俺は走り抜け際に鞄を警告の主・圭太に押しつけて疾走する。



「くっ…なんでキレてんだ?俺が副会長を呼んだとでも思ってるのか??」


走りながら思案する様はまるでコソ泥だった。我ながら何とも情けない小悪党ぶりである。



「昨日のアレはどういうことだコラ!!」

「……!…っ!」



うーん、どうやらそうっぽいな。

俺は幾度か反論しようとした。しかしどちらにせよ、もうあの饗宴を開く気はさらさら無いので、説得したところで納得は得られないだろうと直感した。



…故に、ここは逃げに徹する。



それから校庭まで逃げた頃だったか。ふと校舎の方に一瞬だけ視線をやると、三階のとある部屋から見覚えのある顔が覗いていた。



「先輩…と、深千代」


よりにもよって剣崎先輩に見られるとは…。

とことんツイてないと思うと同時に、もう片方の奴の表情が気になった。



「…何を笑ってやがるんだ。アイツ」


昔見せていた見下すような笑みではなく、なんというか、とにかく気持ちの悪い微笑みだった。


遁走を繰り返しながら、俺はしばらくその悪魔の笑顔が頭から離れなかった。



……。


…。




そうしている内に天候は急変し、大雨となった。

流石に、先輩らもずぶ濡れになってまで追いかけようとは思わなかったようで、間もなく俺の逃亡生活は終わりを迎えた。


とは言え、俺は既にしこたま濡れてしまっていたので、それらを乾かす為に教室まで一度戻ることにした。


…これも身から出た錆、と思うしかない。

彼らには大人になってもらうとしよう。(大人への勉強はもう十分だろ)



教室に戻ると、窓際の席に奈留と圭太が腰掛けていた。


「瀬名君!」

「無事に戻ってこれたか」


俺の帰還を、一方はオドオド、もう一方はヤレヤレといった感じで出迎えた。


「大丈夫?どこか痛むの?」

「い、いや…」


奈留は用意してくれていたタオルで俺の頭をがしがしと拭き始めたが、妙に恥ずかしかったのですぐに制止する。



奈留の表情は幾分か和らぎ、次第にあれこれ説教をし始めた。



「隠れてそういうことやるのは良くないよ」

「書店部の人たちにも迷惑かけたかもしれないんだから…」

「はい。すみません…」


圭太から大筋で理由は聞いてあるようだ。もちろん何を売っていたかはぼかしてあったが。



制服は雨を吸って重たくなっていたので、椅子に干してジャージに着替えることにした。


静かな教室内に、雨音だけが鳴り響く。


「ユーリ」


着替える間、奈留には教室の外で待ってもらっていた。

それを見越して圭太がようやく声をかけてくる。


「ありがと圭太。助かったよ」

「今までの恩と相殺だな」


ニヤッと笑う友人。

えらく高くついたな。まあコイツもしばらくは爪弾き者だろうから仕方あるまい。


「まさかお前も参加者だったとはね」

「昨日はヒヤっとしたぜ。お陰で目は覚めたがな」


そりゃ良かった。俺もこんな近しい奴にあんなもの売ってるって気づいたら、教室で面と向かって話できなくなっていただろう。



「あばよ、団長。楽しかったぜ」

「ああ」


俺たちはそこで、熱い握手を交わした。


前任者たちと同様、俺も相当お粗末な思考回路の店長であるようだ。



……。


…。



ーーなどということが昨日はあり、今日は日曜日ということで全日フリーである。


いずれは日曜日も部活動に参加しなくてはいけないのだが、部長らの好意に甘えてお休みをもらっている。


テンション最低の状態から、校庭強制マラソン(ペースメーカー付き)までやらされた昨日は心底疲れた。今日くらいは惰眠を貪っても誰にも文句を言われまい。


そう思っていた朝方、携帯が突然メールの着信を知らせた。


緩慢な動作でそれを確認すると、珍しいことに後輩の華宮アオイからだった。


『件名:どうしてもお願いです

本文:服を買いに行きたいのでどこか連れて行ってほしいです』



「…………」


え、これ小学生か何かからのメール??


年端もいかない子が自分の

母親にお願いすることだろコレ…。


流石としか言いようがない。

お陰で、いつもならめんどくさくて断っているような用件なのに行きたくなってしまったじゃないか!


なんだろ、子どもにせがまれる父親みたいな気持ちなんだけど。


俺は早速返信を送る。


『本文:いいよ。昼から行けるよー』


送信完了を確認し、布団から脱出する。

しょうがない奴だなあと思いながらも、顔は自然とニヤけてしまう。


後輩偏差値みたいなものがあるとすれば、アオイは間違いなく首席のポテンシャルを秘めている逸材だろう。


そんな優等生ことアオイからの返信は速攻で来た。



『件名:ありがとうございます

本文:深千代先輩も来れるみたいなので、河越駅に12時に集合にしましょう』



……ぇ。


本文を二度読み返す。高校受験で自分の番号を確認するとき並に読み返す。


………。


ヤバい!どう見ても悪魔を召喚しますみたいなことが書いてある!


部活の絡みで最も恐れていたブッキングがついに発生か…。



即座にアオイに電話する。


急な用事だ。しょうがない。

それに、深千代に見てもらった方がセンスのある服を見つけられることだろう。



………。


…通話中?!



とりあえずメールで返しておくとするか。こういうのは早めに断っておいた方がいい。


俺は、急用ができて急遽行けなくなった旨のメールを作成し、すまないと思いつつも送信のボタンを押した。


「ふう…これでまた暇を持て余す休日か」



罪悪感からどこにも出かけたくない気分だったので、やはり今日は家でゴロゴロ…。


「…ん、電話か」


画面を見ると、アオイからだった。


「はいよ、ゴメンなー今日…」

『もしかして、お二人でデートですか?』

「……は?」


電話の主は、不満たっぷりな声でいきなりそんなことを言ってきた。


「デート、って、誰と誰がさ?」

『瀬名先輩と深千代先輩がです!』


…縁起でもないこと言うなよ…。


「しないよ一生。なんでそんなこと聞く?」

『だって今、深千代先輩に瀬名先輩も来れますってー、ってメールしたらすぐ電話かかってきて、私は今日用事を思い出したなら行けなくなったわゴメン、って言うんですよ!それで通話終わってメール見たら、瀬名先輩も来れなくなったって言うじゃないですか!明らかに誰がどう見たっておかしいですよ!』


一気にまくし立てるアオイ。

…これには俺も頭を抱えた。


「…それは偶然というものだぞアオイ君」

『いいえ!お二人は家が近いので恐らく私からのメールを見た後に糸電話でも使って帳尻合わせをしたに違いないです!もう怒ったです!』


うーん、混乱してるなぁこれは。


これはほっといたらいつまでも意地張って口聞いてもらえなくなるなぁ。


アオイが拗ねたり傷ついたりするのは、何気に他の誰かがそうなるよりもこう、心にくるものがあるんだよな…。


………。


俺は、自室の窓から、家の面した通りの真向かいにある家に目をやる。


………。


………………………。



「…いや、やっぱり無理だ」

『??』



いくら可愛い後輩の為でも、こればっかりは不可能だ。




「本当にゴメンな、アオイ…」

『……』

「でも、俺たちは本当にそんな関係じゃなくて」

『……もう、いいです。怒鳴ってしまって、すみませんでした』


そんな、珍しく大人な彼女の対応が余計に俺の心を締めつける。



「あ、えっと、越谷まで行ってみたらどうだ?電車で一本で行けるし池袋とか出るより近いぞ?」


『そうします。では…』


ツー、ツー、ツー


最後の方は何とも消え失せそうな声であった。


「………」


俺は携帯を放り投げ、布団に身体を投げ出す。


アオイのたどたどしい電話での怒り口調が頭の中に響き渡る。


俺は、何をやっているのだろう。


「最悪すぎるな…」


なんなんだ、俺とあの女の関係は?周りを不幸にするばかりじゃないか?!


ふつふつと、最近忘れていた感情が湧き上がってきた。


何年経ってもこの激情は、一度顔を出すと収拾がつかなくなる。


こういう感情の無尽蔵さはいつかエネルギー源として運用されるべきだ。

代わりに人間関係は地獄と化すだろうな。


などと言った冗談を真顔で夢想する様は、狂気である。


…アイツが憎い。

俺から居場所を奪った、夢を奪った、大切な人を奪ったあの女が憎い…!



…………。


…だが、今回は違った。


アオイの顔が不意に思い出されて、黒い感情は一気に消え失せた。


内心の変化に、少し戸惑う。



「……そうだ!」


罪悪感から先ほどの会話を思い起こしていたところ、俺は突如として明暗を閃いた。


「俺も越谷に行けばいい」


ただし、アオイには告げずにだ。



結局のところ、先ほどの電話で「じゃあやっぱり行くよ」と言えなかったのは、それが余りにも自分勝手に思えたからなのだ。


俺と深千代の関係も気づかれかねないし、アオイだって無理して俺がついて来たなんて勘違いしかねない。


とにかく、一度断ったり請け負ったりしたことを再び反故にすることは、一般常識的に信用を落とすことなのだ。


では、俺はどうするのかというと、元々越谷に用があったみたいな体でアオイに遭遇するのだ。


…うん、かなり無理あるよ。

でも、このまま月曜を迎えるよりはマシになる! …と、思う。



お世話になってる剣崎先輩に何かプレゼントしようと思っていたんだ、とか、ちょっと俺みたいなシャイボーイが口にするのには勇気がいるような理由にすれば…。



「…よし、行こう」


全て俺の想像で組み立てた不安定極まりない計画だが、いざとなったら俺とアオイの絆パワーみたいな、よく分からない部分を押して心に訴えかけるとしよう。


一応、身なりは最近買い揃えたものを着た。


時間も分からないので、俺は朝食もとらずに越谷へ向かうことにした。



……。


…。



それから30分ほど後、俺は聖地越谷に降り立っていた。


何もないど田舎だったこの土地は、数年ほど前にアウトレットができて以来、連鎖的に発展を続けている。


俺やアオイの最寄駅からならば、池袋や新宿へ出るよりも

早く、そして安く買い物ができる…正に聖地だ。



「さて、駅前でアオイを待つか」


メインのアウトレットも駅周辺の飲食店も、日曜日ということで人でごった返していた。


そんな人の流れの中で待っていたらぶっ倒れてしまうし、背の小さいアイツを見つけるのは一苦労だろう。


俺は二階から駅を見渡せる、大手チェーンのコーヒーショップに入って待機することにした。


既にアウトレットにいるということはないだろう。アオイの最寄駅は各駅しか止まらない関係で、越谷へ30分で来ることはなかなか難しいからだ。


カウンター横のメニューを見、適当なコーヒーを適当な呪文を唱えて注文する。


結果、トップにソフトクリームとよく分からないフワフワしたものが鎮座した女々しさ有頂天のモノが出てきてしまったが、これも試練と受け入れた。


窓際の席に陣取り、準備万端。



ーーさあ来いアオイ。

お前の中の暴落した瀬名先輩株を回復させるチャンスをどうか俺にーー。





「すみません、お隣一緒してもいいですか?」


不意に横から声をかけられた。

今日は例によって混んでいるので、こうしてカウンター席でも隣同士で座り合わなければいけないほどだ。


「あ、はいどう、ぞ……」


俺はその上品な口調の少女に隣を案内して…。



「………」


「………」



そのことを、すぐに後悔した。


ーー聖地越谷は、どうやら鬼門であったらしい。



………。



未だ会話も交わさぬその男女は、とある高校の中に設けられた書店の、店長と服店長。




魔術も異世界も名探偵も存在しないつまらないこの世界で、現実離れした人間関係が、今ゆっくりとその幻想の殻を打ち破ろうとしていたーー。





第一章「幽霊は舞台で微笑む」完




第二章へ続く



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