並行世界で大金の気配
私は1年未満で必ず死ぬらしい。長く生きられないのは何となく悟っていたが、1年未満とは思っていなかった。分かってはいたものの、なんとなくそれでも長生きするような気がしていた。
平衡世界だが、異世界だかでそれを重々しく告げられて、全てが遠く感じる。
私は昔から変なものが見えた。ありもしない影、存在しない手足、人、物心を感じるその前からそれらは私に好意的ではないと気付いていた。
だからいつだって私は泣いていた。怖いと怯え、怯えに怯え。そうしておかしくなったのは私ではなく両親の方だった。私は病院へ行ったり、施設に一時的に預けられたりした。その施設で泣いている私をうるさいと、体の大きな子が暴力に走った。今思えばある程度しょうがない話だが、私からすれば、怖いものが見える上に、体を痛めつけられて、ここが地獄かと思った。私は罪人だからこんな目に遭っているのだと。しかし、蹴られたりする時間が長くなってくると、頭は冷静になってくる。
「こいつには実態があるから、触れない怖いものよりマシだ」
そう気付くと、私はどうにか立ち上がって、そいつの顔をひっかいてやった。そいつはギャーと大きな声で泣きわめき、私は無事退所になった。
それから、「怖いもの」に目をつむり生きていくと、随分と生きるのがマシになった。無視しているだけだが、ある程度見慣れてしまったのも大きい。
それから、怖いものにも触れると分かった瞬間、私の中で暴力が一つの手段になってしまった。
加えてだが、私には味方のような「怖いもの」もいた。「プン太」だ。プン太は影のように曖昧な存在で、私が小さいときからそばにいて、たまに「怖いもの」を食べてくれる。形も変幻自在で、筆箱に入る丸っこい形になることもあれば、自販機よりも大きい人型になることもあった。もちろん怖い存在の一つではあったが、アホっぽい名前をつけることでどうにかそれを緩和させていた。
それと心の支えはもう一つあった。可愛い弟妹だ。もちろん喧嘩することも多かったが、本当に可愛らしくてたまらなかった。弟妹は私のように変なものが見えることもない。半分しか血が繋がっていないのもあるのかもしれない。しかし弟妹は無償の愛情を注いでくれる。だから私もそれに応える。
ただ、弟妹は三つ子で、それは両親が予想していなかった展開だったのだろう。うちは貧乏だった。
プン太と弟妹。この二つがあれば私は大丈夫だった。ただ、自分の死期というのも私は小さい頃から感じ取っていた。若くして死ぬ。それだけは確信を持っており、辛いとは思わなかった。ただ弟妹の大きくなった姿が見られないのだけが悲しかった。
後数年程度の命なら、弟妹に良いカッコをしたい。あと両親にお金を残したい。私はずっとそれを考えながら、怖いものを無視して生きてきた。しかし、宝くじが当たるわけでもなく、バイト代も弟妹の学費を考えるとちっぽけなもので、ずっとくすぶっていた。
そうしていつも通りの帰りの電車に乗る。電車の揺れは心地よく、いつしか眠っていた。ソファーのクッションサイズになったプン太が私の袖を引っ張り、起こされる。
「なんだよ…」
そう言いながら、私は起きる。電車内がおかしい。いつもは夕方のこの時間はラッシュ前とは言えど、立っている人も普通にいる。だが、電車内には二人の若い男が立っているだけだった。その若い男も、一人は白髪のロン毛で、もう一人は三毛猫みたいにまだらな髪の色だった。服は学ランに近い。二人とも創作から出てきたような風貌だった。
白髪の方が私に何か鋭利なものを投げてくる。
いつの間にか人型になっていたプン太がそれを叩き落とした。それは折り紙の手裏剣のように見える。プン太の手はすこし焼け焦げたように縮れている。
「やばい人だ!!!プン太、行くぞ!!!」
でも男たちがいない方からもやばい雰囲気を感じる。プン太はその間も何度か手裏剣をはじき返す。
「プン太!大丈夫か!?」
プン太は首を180度回転させて頷いた。
あの二人が怖い。見た目も異常だし。いきなり攻撃してくるし。何も言わないし。いや、これは恐怖ではない。怒りだ。
「何も言わないで、いきなり攻撃しくさって…」
私は白髪の方に近づく。
「なんだんだよアンタはよお!?あ!?」
学ランに似ているので首元が掴みやすくて助かる。とは言え、私より全然身長が高いので、この男からすれば迫力なんてないだろうが。
「あ?んだよ!?なんも言えねえのか!?」
白髪はさすがに驚いた顔になる。三毛猫髪はどうすればいいのか、といった表情で無駄にきょろきょろとしていた。
「礼儀もくそもねえのか!ここで説明もなしに私を殺すってのか!!!良いぞ!!殺してみろや!!!くそほど化けて出てやるからな!!!怨霊として名を馳せてやるからな!!!」
私の心臓はどくどくと脈うち、息も切れていた。そのうち男を掴む握力も無くなる。
せめて私の生命保険で弟妹達が暮らしていけますように。そう願う。
「ジワジワじっくり呪い殺してやるからな…」
白髪は襟元を正して、隣の三毛猫髪に話しかける。
「須和くん、あなたはどう思いますか」
随分透き通った声だった。感情もよくわからない。
最初の一言が私に向けたものではなかったことにまた酷く苛立つが、スタミナ不足だ。もっと筋トレをしておくべきだった。
「や、予想外すぎますって…。ええ…。駆除はむりそうっていうか、人間じゃないですか?この人自体は」
「私も概ね同意です。どちらにせよ報告対象ですね」
二人で何やらごにゃごにゃ言っている。
「あんたら無差別殺人者なんだろ?何ボッソボソ言ってるんだ?」
白髪はようやく私を見た。よく見ると緑色の目をしていた。
「いいえ違います。先ほどは不躾に申し訳ありませんでした」
「殺そうとしておいて申し訳ないで済んだら警察はいらないんじゃないのか」
「それはその通りで…ええと」
悩み始めた白髪の代わりに、三毛猫頭が口を開いた。
「なあ、この電車、次の駅に全然つかないと思わないか」
「怪異だな。4号車だ」
私は答える。
「わかるのか?」
「長年こんな力があればな」
私は嫌味を込めて言う。
「まあそんなのよりアンタらの方が実害ある怪異だけど。コスプレみたいな格好だし、頭髪も見たことないし」
「それは…あんたからみると並行世界だからだろうな。俺も黒髪はほとんど見たことがない」
「は?」
「この世界で異物なのはあんたってわけだ」
「…アンタたちは何者なんだ?」
「あるべきものではないものを抹殺する学生だ」
「まるで意味がわからない」
会話が途切れる。気まずい空気が流れる。少なくとも私は変な事をいっていないだろう。わけが分からないのだから。
「須和くんは説明上手で助かります」
白髪が言う。おちょくってんのか。
「今はとにかくその4号車のやつを対処しないと」
三毛猫頭が言う。
「いや、私が場所まで特定したんだが?だから私が行くが?」
二人が自分の前を通る前に私は4号車へ進む。
「本当になにもん何だあんたは…」
5号車から4号車への扉は開いていたが、明らかに異質な空気が漏れ出ている。
「私の言った通りだろう」
「いばられても…」
4号車は全体的に霧が立ち込めていた。いつも通りの人の多さだが、全員が凍ってしまっているように白く固まっている。
入るかどうかから二人は考え込んでいるようだった。
「どうしましょう。白部さん」
「原因を突き止めないと分類もできませんね」
また二人は二人だけの世界に入るが私には関係がない。私はとにかく早く帰りたいだけだ。
4号車に入ると、つり革が私めがけて襲ってくる。私がプン太に指示するより早く、あの白髪が手裏剣を投げてつり革を切っていく。
私は項垂れて座っているサラリーマンの前に立つ。カバンをギュッと抱きかかえている。他の乗客と同じように凍って見えるがそうではない。
「あんたは楽になったんだろ。こんなところに後悔を残す必要はない」
サラリーマンは首を上げて私を見る。顔はぶれて良く見えないが、その表情は悲しんでいるように見える。
「素質があったんだな。ドンマイ」
私は彼の肩に触れる。触れる事ができた。
そこからパキパキとヒビが入り、彼は氷の屑となった。
もう電車内はいつも通りだった。ただ、乗客の髪色が色とりどりで知らない色ばかりだ。
「え。帰れるんじゃないの」
「そういうわけにもいかないんですよ。申し訳ないのですが」
白髪が穏やかな口調で、胡散臭い笑い顔でそう言った。
「こういうのは一件落着で元の世界に帰れるパターンじゃ」
「今の行為であやふやだったあんたの立ち位置が完全にこっち側になった」
「え、ええ~~~~~~!!!!」
私は電車内ということも忘れて絶叫した。乗客全員が顔を背けた。
ということで、私は彼らに頼らなくてはならなくなった。
とある駅でおり、使われていない売店の鍵を開けると、下に続く長い階段があり、そこに進んでいく。前には三毛猫頭。後ろには白髪だった。プン太を見失いそうになるのでカバンに入れた。というか、普通に拉致られている途中かもしれない。スマホを取り出すと当たり前のように圏外だった。私は売られるかもしれない。せめてそこで発生した利益の一部は家族に還元してほしい。
階段を下った先にはさらに地下鉄があった。二両くらいの短い編成で、有無を言わさずそれに乗せられる。窓の外をぼんやり見ていると、海の中をこの電車は突っ走っていた。三半規管に圧がかかり、大きく口を開ける。さっきまで喋っていた白髪も三毛猫頭もずっと無言で居心地が悪かった。カバンからプン太を取り出し、膝にのせて撫でる。
「てか不安なんだが!?!?!?どこ行くんだよ」
気まずさの余りに私は二人に聞く。
「俺らも不安だよ。あんたが暴れないか」
「須和くん、言葉に気を付けましょう」
「そうか。なんかあったら暴れてやればいいのか」
白髪は黙り、三毛猫頭をみる。ほれみたことか、そんな風に。
三毛猫頭も気まずそうにする。
「いや、暴れない為にもどこに行くのかを教えてくれよ」
「僕たちの学園です」
「得体のしれないものと戦うためのところだっけか」
「そんな感じですね」
「そこで私を討伐するんだな。帰る!」
「海の上だぞ」
「知らない人には付いて行くなってあれほど教わったのに…くそっ」
もう遅かった。電車は海の中の駅に着いていた。
「ここで戦うしか…」
「待ってください!今先生と連絡を取り合っていて、あなたの処遇もそこで決まります!」
「処刑か」
「違います!そんな野蛮ではありません!」
「いきなり襲っておいて何が野蛮じゃないって!?ああ!?」
「うう。それはごめんなさい…」
白髪は心から後悔しているように唸った。
「処刑だったらいくらでも暴れればいい。そうじゃない可能性があるのに暴れるのは、処刑のリスクを増やすだけだ。分かるか?」
三毛猫頭が理詰めしてくる。
「…そうかも」
私は納得して二人に付いて行く。エスカレーターをあがった先は埠頭のようなところで、橋などは見えなかった。二人に付いて行くと大きな門とそれを囲うように高い塀があった。
門が開く。そこにはちょっとした町のようなものが広がっていた。草花や建物が当たり前のように鎮座している。あの灰色の埠頭からは想像もつかない。
中央に偉そうにいるのが学校とやらだろう。
プン太は私の頭の上に乗ってキョロキョロしている。髪が乱れるのでやめてほしい。
「沢口村高専へようこそ」
白髪が言う。
「これは…高校卒業認定が取れるタイプの学校ですか」
「大丈夫ですよ」
白髪のスマホが鳴って、何か喋り終えると、白髪は深く溜息を吐いた。
「すみません。あの、戦って頂けますか?」
白髪と三毛猫頭は下がる。私の四方には入院着を着た亡霊のような人たちが集まる。
「やっぱ処刑じゃねえか!!!!」
「あの、そういう指示で…すみません」
亡霊をよく見ると、皆どこかを抱えている。口から出る声も、痛みに喘いでいるようだ。これは死人ではない。病人だ。
「プン太、悪いところだけ持っていけるか!?」
プン太は大きな鎌の形になり、人々を手当たり次第に狩っていく。それを受けた人たちはゆっくりと倒れていく。
鎌からはじゅぷぷぷぷという大きな音がした。
周りを見渡すと、宿舎だろうか。建物があり、窓から何人もの人間がこちらを見ていた。
みせもんじゃねえぞ!そう叫びたかったが、疲れがそうさせてくれなかった。
「よくやった。プン太」
いつも影状のプン太だったが、腹が出っ張っていた。食いすぎたのかもしれない。
白髪は倒れている人たちの脈を取ったり、手首を触り、目を閉じていた。
「素晴らしいですね…」
「そうだよ。素晴らしいんだ私は。わかったか」
白髪が大声で人を呼ぶと、入院着の人たちは担架で運ばれていく。
「見せてもらいましたよ!!」
ぶかぶかの白衣を着た少年が私に駆け寄ってくる。
「私ね、個々の教師の飯沼っていいます!あなたは?」
「首藤ですけど」
教師?そう思いながらも答える。
「首藤さん!校長室へ行きましょう!白部くんと須和くんも!」
こうして随分と金のかかったように見える瀟洒な学舎へ向かうことになった。
校長室は広々として、そこにふさわしいいやらしい金遣いをしたであろう家具が置いてあった。どんなひげ面のジジイが出てくるのかと思ったら、40代くらいの細身で桃色の髪の毛の男が出てきた。
「見せてもらいました」
見た目より威厳のある声で彼は言った。
「そいつはどうも」
「経緯を聞かせて下さい。白部くん」
白部は白部がみた通りの事を簡潔に言った。私がどれだけ好き勝手やったかももちろん。
「そうでしたか。時に首藤さん」
「はい」
「何故彼らが病人と分かり、病気の部分だけ持っていけたのですか」
「病人と分かったのは…幽霊と気配が違ったからです。病気の部分だけ持っていけたのは、私ではなくプン太という…ペット?のような存在のおかげです」
「なるほど」
間髪をおかずにそう校長は言った。本当に分かっているのだろうか。私だったらわからない。
「ところで、あなたは自分の寿命に興味がありますか」
「持ってあと数年じゃないですか?」
校長以外が私を驚きの表情で見た。それはそうだよな。
「1年以内です」
更に周りの空気が固まった。
「こりゃまた、プライベートな話をこんな公にしちゃうんですね」
「驚かないのですか」
「今日の一件で驚き疲れました。とにかく家に返してください」
「あなたの望みは大金ですね」
「はい」
「この学校に入学していただき、生徒たちを導くことで大金を与えます」
「いくらっすか」
それは、宝くじに当たったような額だった。
「入学します。でも導くって何を」
私は即決した。
「あなたのこれまでの知識を授けてください。そして座学と実技であなた自身も強くなってください」
「よくわかんないんですが」
「過ごしていくうちにわかるでしょう。もうさがってよろしい」
「はあ?まだこっちには聞きたいことが!」
そう思っている間に私の意思とは関係なく、校長からどんどん離れ、扉は閉まった。
「何だあれちくしょう!てか並行世界の金なんてなんとかなるものなのか!?」
「まあまあ」
教師と名乗った飯沼が私をなだめる。
そのあと三毛猫頭が私の部屋というところまで案内してくれた。
私用に用意された個室は実家の部屋よりずっと広く、逆に居心地が悪い。
部屋には風呂もトイレも完備されてある。良い部屋なのは間違いなかった。
三毛猫頭は設備を説明した後、すぐに帰ろうとするので引き留め、ソファーに座らせる。
「あー…三毛猫頭は何でこの学校入ったん?」
「三毛猫頭って俺か?」
「他にいないでしょ」
「須和だ」
「須和っちね」
「まあいいけど…。入学理由?」
「うん」
「怪異と立ち向かえる力があるからだ」
「そんだけ?怖くないの?」
「こわいよ。あんたもまだ怖い。でも力がある奴が立ち上がらないといけない」
「ふうん。殊勝なことですねえ。長生き出来なさそう」
「うるせーな。あんた…首藤は何で電車内であんなことしたんだ?」
「帰りたいからだよ!帰れると思ってたからだよ!並行世界ってなんだよ!」
「悪い。刺激したな」
「怪異がここは多いのか?」
「他の世界と比較は俺には出来ないからな。でも怪異専門のチームが国営であって、こういう学校があるってことは少なくはないんじゃないか」
「…まじかよ」
「ええと、つまり、首藤の出番が多くなって、その分稼げる!ってことでもあるんじゃないか?」
「まじかよ!!!」
「現金すぎるな。じゃあ、そろそろ俺は行くわ」
「えーまだいいじゃん」
「言ってなかったな。ここは男子校なんだ。あんたは一応女子に見える。そしてここは閉鎖的な場所であり、ヘンな噂に飢えている」
「男子校!?一応女子に見えるってなんだよ!?ヘンな噂!?」
とりあえず全てにつっこむ。
「というわけでじゃあな」
ツレない須和は出ていった。
と思ったら夕食を持ってまた来た。
「おー須和っち。おかえり」
「ちがうから。夕飯持ってきてやっただけだから」
「もうちょっと話していくか?男子校に燦然と輝く一輪の女子と!」
「こわいから帰る。食った後の食器は廊下に置いておいて」
「ツレない奴め」
「なんとでも言え」
夕飯はオムライスと副菜が二品、それから味噌汁だった。食生活も変わりないらしい。味付けもおいしい。私は安堵しながら完食する。
言われた通りお盆を廊下に出す。廊下には赤い絨毯が敷かれていて、ここは角部屋で隣の部屋の様子などは分からない。
部屋の窓の外はどうなっているかと思えばもう日が沈んで、疲れた自分の顔が反射するだけだった。
ケータイも使えない。暇だ。丸いプン太をもちもちと握ったり軽く潰したりする。
今頃家族は心配しているだろうか。というかこっちとあっちは時間の感覚が同じなのだろうか。いや、もう私は帰れないんだっけ。悲しい。ケータイの中の家族の写真を眺める。もう遠い日々に思えてきた。弟妹に会いたい。
シャワーを浴び、用意されていたパジャマに着替え、プン太を抱き枕にしながら、ベッドに横になる。
寂しいなあ!口に出してみるが、誰にもその声は届かない。そのまま寝落ちすることしか出来なかった。




