集団
ソルは短剣を逆手へ持ち替えた。刃を首元の前で構える。
それだけ。
ただそれだけの動作だった。
なのに。
路地の空気が、さらに重く沈んだ。
肌に張りついていた緊張感が、一段深く食い込んでくる。
マシュは無意識のうちに息を止めていた。
視界の中央に立つ男。
月光を背負い、瓦礫の中で静かに刃を構えるその姿は、人間というより『死』そのものだった。
未来視の中で、何度も見た。
自分たちが殺される光景を。
喉を裂かれ。
骨を断たれ。
気づけば地面へ転がっている未来を。
それでもなお、勝ち筋が見えない。
マシュが切羽詰まったように叫ぶ。
「ラグル! シールドバニッシュや! 早く!」
「ッ! 何や! 相手まだ何もしてへんぞ!」
ラグルが歯を剥く。
巨体に似合わぬ鋭い目が、ソルの僅かな動きすら見逃すまいと細められていた。
「このスキルはカウンター型やぞ……チッ!」
次の瞬間。
クォン! と、低い共鳴音が響いた。
ラグルの持つ大盾から、濃い黄色の光が滲み出す。
鈍く揺らめく炎みたいに盾表面を這い回り、やがて盾が意思を持ったみたいに震え始めた。
『――ッ! シールドバニッシュ!!!』
瞬間。
ソルの身体が揺らぐ。
いや、違う。
盾の方が先に反応していた。
ギィンッ!
火花が爆ぜる。
短剣と盾が激突した衝撃で、空気が震えた。
ソルは既に踏み込んでいた。
その斬撃を、盾が自動で迎撃したのだ。
「連続や!」
マシュの声が響く。
『シールドバニッシュ! シールドバニッシュ! シールドバニッシュ!』
キキキキキキキキキィィィッッッ!!!
耳障りな金属音が連続する。
火花が無数に散り、夜の路地を白く焼いた。
盾がうなり、短剣が閃く。
高速で繰り返される衝突に、石畳が細かく砕け始めていた。
「コイツッ……マジか!」
ラグルの顔が引き攣る。
重い。
速い。
何より、一撃ごとの圧力が異常だった。
受けるたび、腕の骨へ直接響くみたいな衝撃が走る。
「耐えとけや!」
マシュがさらに後ろへと指示を飛ばす。
「ウィズ! 雷をそことそことそこと、そこ! 重めの設置魔法頼む! そこ突破されたら終わりやぞ!」
「はいはい、リーダー」
ウィズが肩をすくめながら杖を回した。
長身ほどもある大杖が滑らかに軌道を描き、空気中へ魔力陣を刻んでいく。
青白い光が夜を侵食した。
バチ、と雷が弾ける。
次の瞬間。
人ひとり丸ごと飲み込めそうな雷球が、空間へ次々と浮かび上がった。
『終雷の王様!』
透き通るような言葉と同時に、雷球が配置される。
屋根の上。
細い路地。
崩れた家屋の隙間。
そして。
ヒーラーとソルを一直線で繋ぐ侵入経路。
負け筋を潰すように、青白い死が空間を埋めていく。
「シルファ! 速度のバフ! 絶対に切らすな!」
「うん、わかってる!」
屋根の上。
淡い光を纏った少女。シルファが、慌ただしく両手を組み替えた。
白い魔法陣が足元へ浮かぶ。
「ヘイストエンチャントはもう掛けてる! オールエンチャントする!?」
「いや、長引きそうや。MPを無駄遣いすんな。回復とヘイストだけ維持しろ」
「マシュのこんな姿、100階層のボスでも見てないよ!」
「黙っとけ」
マシュの声が鋭く落ちる。
視線は一瞬たりともソルから外れていない。
「こいつは、それぐらい強い」
短い言葉だった。
けれど。
その一言に含まれた警戒は、今までのどんな説明より重かった。
未来視を持つマシュが、なお断言する。
目の前の男は危険だと。
化け物だと。
「ウィズ、準備出来とるか!」
「あぁ、もちろん」
ウィズが口角を吊り上げる。
その瞬間。
マシュが右腕を横へ広げた。
空間が歪む。
黒い裂け目みたいな穴が開き、その中から巨大な剣が姿を現した。
自分の身長を超えるほどの大剣。
鈍い銀色の刀身には、幾重もの傷跡が刻まれている。
マシュはそれを軽々と肩へ担いだ。
重々しい金属音が響く。
その姿は、先ほどまでの軽薄な笑みを浮かべた男とは別人だった。
「職業・ジャイアントキリング」
未来を読む怪物。
数々の高難易度ダンジョンを踏破してきた異常者たち。
その本気が、ようやく牙を剥く。
マシュが口元を歪めた。
「じゃあ行こうか。ラスボス討伐や」
勝利の切っ先が、静かにソルへ向く。
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