必殺
ラグルの盾がうなりを上げる。
火花。
衝撃。
金属音。
シールドバニッシュによる自動迎撃が、ソルの短剣を幾度も弾き返していた。
巨体のラグルが、石畳を削りながらじりじりと後退していた。
靴裏が砕けた路地を擦るたび、ギリリ、鈍い音が響く。
「んッ、ぐ……!」
重い。
あまりにも。
一撃受けるごとに腕の骨が軋み、肺の奥まで衝撃が突き抜けてくる。
まるで巨大な怪物に正面から殴られているみたいだった。
目の前にいるのは、細身の男ひとりのはずなのに。
「まだや! 耐えろラグル!」
後方からマシュの怒声が飛ぶ。
「あと十秒!」
「簡単に言うなやボケェ!」
ギィンッ!
再び火花が炸裂した。
盾と短剣がぶつかり合うたび、空気そのものが震える。
ラグルの両腕には既に感覚が薄れ始めていた。
それでも。
ここで止めなければ終わる。
未来視を持つマシュが、あそこまで焦る相手なのだ。
「グッ!」
一瞬。
ソルの視線が、後方のマシュへ流れた。
ラグルはそれを見逃さなかった。
「まだまだ、お前には付き合うてもらうで!」
盾が甲高い共鳴音を鳴らす。
キィィィンッッッ!!!
青い光が盾表面へ走り、幾重もの紋様となって浮かび上がった。
『犠牲の盾』
瞬間。
ソルの視線が強制的にラグルへ固定される。視界が狭まり、眉間は僅かに皺が寄った。
「盾のヘイト管理や。抗えへんやろ!」
シールドバニッシュの黄色い光が消える。
その刹那。
ソルの短剣が軌道を変えた。
盾表面を滑るように流れ、そのままラグルの脇腹へ潜り込む。
「やばッ!」
低い。
今までよりさらに低い軌道。
刃が、そのまま喉元へ跳ね上がる。
「――ッ!」
血が舞った。
夜気の中へ、赤い飛沫が弧を描く。
ブシュッ! 斬撃音が響き渡る。
『風女神の悪戯』
ソルが咄嗟に距離を取った。
ソルの右腕から血が噴き出す。
深い裂傷が何本も刻まれ、鮮血が地面へ滴り落ちた。
ボタ、ボタ、と。止まらない。
無数の風刃がラグルの身体を包み込んで消滅した。
「危なかったな、ラグル。感謝してもええんやで?」
ウィズが杖を回しながら笑った。
ラグルは喉を押さえたまま息を吐く。
「死ぬか思うたわ……サンキュな」
「カウンタースキルは、マシュの未来視と合わせたら百発百中やからなぁ」
ウィズが肩をすくめる。
それを見て、ソルが口を開く。
「……なるほど」
静かな声。
感情の起伏が、ほとんどない。
「未来予知を軸にしたカウンターパーティーか」
その一言で。
全員の背筋が冷えた。
ソルの纏う冷たい空気が、一度、さらに一度、深くなる。
周りの温度そのものが下がったみたいに、肌が粟立った。
マシュの未来視が警鐘を鳴らす。
危険だと、この男を理解した。
「ラグル! シールドバニッシュ!」
叫ぶ。
だが、遅い。
ソルが踏み込むと同時に、音が消えた。
次の瞬間には、短剣が盾の内側へ入り込んでいる。
「なッ――!?」
ラグルの瞳が見開かれる。
違う。
今までと動きが違う。
カウンタースキルが発動する、その前へ潜り込まれている。
たった数瞬で、守りが崩れた。
ソルの肘がラグルの喉へ叩き込まれる。
「がッ!」
巨体が浮いた。
肺の空気が強制的に吐き出され、視界が揺れる。
「ぐッ……! もう十秒経ったよなァ!」
「あぁでも、縫い付けといてや!」
「盾の役割多すぎやねん!」
ラグルが咆哮した。
吹き飛ばされる中、盾を頭上へ全力で投げ放つ。
回転する巨大盾が夜空へ舞い上がった。
強制的に地面に着地すると、ラグルの纏う雰囲気が変わる。
『職業変更! アサシン!』
重戦士だった巨体から、一瞬で冷たいソルのような気配が滲み出た。
ソルが目を細める。
「コイツ、偽善者か」
その直後。
ソルの背後へ、小さな火球が浮かび上がった。
『ファイヤーボール』
ウィズの下級魔法。
だが、それは攻撃ではない。
ただ、そこにある。
逃げ道を塞ぐように。
背後を意識させるように。
ソルは一瞬で理解し、火球を無視してラグルの首へ短剣を押し込む。
その瞬間。
「――ッ!」
ソルの動きが止まった。ラグルを睨みつけ、ガリッ、と、奥歯を噛み締める音が鳴る。
『影縛り』
ラグルの影が、ソルの足元へ絡みついていた。
スキルの拘束がソルを縫い止める。
「はい、必勝パターン。あとはよろしくな、リーダー」
ラグルが笑う。
そして、
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
マシュの持つ大剣が、心臓みたいに脈動を始めた。
赤い闘気が噴き上がる。
熱く、熱く、熱い。
雨上がりの路地から、一斉に白い蒸気が立ち昇った。
石畳が焼ける。
空気が乾燥する。
「この瞬間が最後の景色や」
マシュが笑う。
「たんと焼き付けとき」
カンッ――!
ラグルの頭上を飛び越えるように、マシュが跳んだ。
赤い流星がソルに降り注ぐ。
『一撃必殺!!!』
世界が赤く染まる。
ソルの目が、初めて大きく見開かれた。
金色の紋様が闘気の中へ浮かび上がる。
次の瞬間。
袈裟斬り。
ソルの左肩から右脇腹へ、超高速の斬撃が走った。
ガクッ、と。
景色がズレる。
そして、景色が正常に戻ると、
遅れて血が噴き出した。
ブシャァッッッ!!!
「ガァッ――ッ!」
大量の鮮血が夜空へ散る。
マシュは止まらない。
そのまま水平へ剣を薙ぐ。
再び景色がズレた。
戻る。
ソルの胸部が深く裂け、血飛沫が吹き荒れる。
「切れんな……どんだけの耐久力やねん」
ソルの口から血が溢れる。
ズレる。
戻る。
ズレる。
戻る。
斬撃速度に景色の認識が追いついていない。
戻るたびに、血だけが噴き出していく。
やがて。
ソルの瞳から、ハイライトが消えた。
立ったまま。
糸が切れるみたいに。
「……やっと終わった」
マシュが肩で息をする。
全身から汗が噴き出していた。
「ラグル、解除や」
「はいはい」
影縛りが解除される。
その瞬間。
今まで止められていた慣性が、一気に息を吹き返した。
ソルの身体が、血飛沫を撒き散らしながら後方へ吹き飛ぶ。
砕けた石壁へ叩き込まれ、轟音と共に瓦礫が崩れ落ちた。
評価がモチベです。




