対人
短剣と短刀が打ち合った瞬間。
甲高い金属音が、わずかに遅れて耳に届いた。
その時には、すでにラフィの姿は消え、
「ッ!?」
視界の端を、桃色の残像だけが滑るように流れる。
反射的に振り向く。だが、そこには何もない。気配もない。肌に当たる風すら、どこから来たのか分からない。空気の流れが、断ち切られたように感じる。
次の瞬間。
首筋に、ひやりとした冷たい感触が走った。
背筋が総毛立つ。思考よりも先に体が動いた。無理やり体を捻る。空気を裂く鋭い音とともに、髪の数本が宙に舞い上がった。
「おっと」
目の前に、ラフィが立っていた。
短刀を軽く振るう。刃先に絡んだ髪が、ひらりと離れ、風に乗って散っていく。
「反応は悪くないですねぇ」
速い。
踏み込みが見えなかった。気配もなかった。間合いの外から、一瞬で背後を取られていた。それだけで、対人戦の力量差は明らかだった。
距離を取り、
「ルナ! 配信はどうなっている!」
「なんか……ラフィさん? ですか? 配信の画面だとノイズ混じりで、桃色の髪しか分からない状態です!」
なるほどな、と小さく息を吐く。
「アサシン特有のスキルか。配信に映っても関係ないってわけだ」
視界の端で、コメント欄が流れ始める。
:なんだなんだ
:新しい人ぼやけてる
:桃色しか見えん
:強そう
:楽しみ
:いつノイズは取れる?
ラフィの輪郭が、ふっと揺れた。
そして、消える。
左! そう思った瞬間、右から刃が迫っていた。
キィンッ!
短剣で受ける。火花が散る。手に伝わる衝撃は軽い。
「ッ……軽い?」
押し込まれる力が、ほとんどない。
「違う」
唐突に出た声。反射に思考が追いつく。
「これはフェイントだ!」
腹部に衝撃が走った。
「ぐっ……!」
いつの間にか、蹴りが入っていた。体の軸が崩れる。呼吸が乱れる。肺の奥の空気が強引に押し出される。
距離を取ろうと後退した。だが、すでに短剣が喉元に迫る。
ギィンッ!
受ける。
ギィンッ!
弾く。
ギィンッ!
連続して火花が散る。縦横無尽に来る斬撃が途切れない。刃が、水の流れのように滑らかに繋がっていく。無駄のない最短軌道で、防御の隙間を抉るように入り込んでくる。
速い。
重くはないが、止まらない。
攻撃のリズムが崩れないと、呼吸の時間すら挟めない。防御の間に差し込まれる刃が、常にうっとうしい。
「ソルさん!」
背後からルナの声。
その一瞬の意識の揺れを、敵は見逃さない。
足元を払われた。
「ッ!」
体勢が崩れる。地面に倒れ込む寸前、無理やり体を捻って転がる。次の瞬間、さっきまで頭があった場所を短刀が掠めた。跳ねるように起き上がる。
目の前!
反射ではわかってる。戦闘のあと一歩が確実に遠い。
「やっぱり、あんな強いモンスターと戦ってる割には……」
ラフィが笑う。目を細める。愉しむような、余裕の表情。
「人との戦闘経験値が、圧倒的に足りてないようですねぇ」
完全に遊ばれている。
短刀が喉元へ伸びる。
受ける。
弾く。
その瞬間、刃の軌道が途中で変わった。
肩に熱が走る。
血が滲む。浅い。
でもこれを繰り返せば、ジリ貧だ。
「そんな軽い攻撃をいくらやっても俺は死なねぇぞ」
余裕の仮面を被る。呼吸を整える時間を稼ぐ。
ラフィが、にやりと笑った。
「反応速度は私よりも速いですね」
姿が揺れる。
次の瞬間、背後!
振り向く。
いない。
横!
いない。
背中に、影が落ちた。
何も考えず後ろに振り向き、反射で短剣を掲げる。
ガキィンッ!
重い一撃が叩きつけられる。今までより芯がある。腕が痺れる。骨まで震える衝撃。
「そんな減らず口、叩けないようにしてあげます」
間合いは完全に支配されている。
攻めれば消える。守れば別角度から来る。距離が意味を持たない。呼吸を整える暇もない。背中に冷たい汗が伝い落ちる。
ラフィが、すっと距離を取った。
短刀が手に吸い付くようにクルンと一周する。
「次は……そこの彼女でも殺しましょうかね」
その言葉。
「あっ?」
ラフィの背後の木が、ばさりと切れ落ちた。
遅れて風が吹く。葉が舞い、空気が揺れる。
「……おまえな」
空気が、変わる。
喉の奥から、低い声が漏れた。
「ひとつ言っておく」
短剣を構える。体の奥から、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「ルナを狙ったらお前らの飼い主、その貴族ごと全員潰すぞ!」
ラフィの眉が、わずかに動いた。
「あれ? ちょっと言葉、間違えちゃったかもです」
草原を駆け抜ける風が、俺の圧で押し黙る。
『パッシブスキル・オールオン』
視界が研ぎ澄まされる。音が消える。空気の流れが見える。
世界が、静止したように遅くなる。
一歩、踏み出す。
「……こい」
短剣を指先で頭上に放り上げる。刃が空中で回転し、光を弾く、ゆっくりと落ちてきて、それを受け止める。
「格の違いってやつを、分からせてやるよ」
静かに、短剣を構え直した。
楽しかった! 続きが気になる! という方は☆☆☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!
作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!




