始まり
ダンジョン十五層へ続く石階段は、淡い蒼光に濡れていた。
壁面に埋め込まれた魔鉱石が、まるで深海の底に沈んだ星のように明滅し、その光が少女たちの装備をきらきらと撫でていく。青と白と金色の装飾が施された軽装鎧、ひらりと揺れるスカート、揺れる髪飾り。どれもが配信映えを意識した、華やかな冒険者パーティーの衣装だった。
その先頭を歩くのは、リーダーのミレイ。
金色の巻き髪を肩で跳ねさせ、口元には自信に満ちた笑みを浮かべている。彼女は自分が誰よりも可愛いことを疑っていなかったし、実際、配信画面の中ではいつだって主役であるべきだと思っていた。
「みんな見てるー? 今日はランダン最速攻略、ボス撃破RTA配信だよっ!」
明るく弾んだ声が、空間に浮かぶ配信ウィンドウへ向けて放たれる。
透明な画面には、流れるようにコメントが走っていた。
:待ってた!
:今日もミレイちゃん可愛い!
:ボス何分でいける?
:回復役の子も頑張ってるね〜
その最後の一文に、ミレイの目がほんのわずかに細められる。
視線の先には、後衛で必死に杖を握る少女がいた。
その名をルナ。
銀髪を肩口で揺らしながら、彼女は前衛三人の体力を絶えず見守っていた。細い指先からこぼれる治癒光は、春先の木漏れ日のように柔らかく、傷を塞いでいく。
階段を降りきると、空間が急に狭まった。
十五層は異様だった。
壁一面に魔鉱石がびっしりと張り付き、洞窟全体が蒼く輝いている。逃げ場はない。広がりもない。ただ中央に、巨大な影がひとつだけ立っていた。
魔鉱石型ゴーレム。
ダイヤモンドのような結晶体の体が、光を乱反射させる。無数の面がぎらぎらと輝き、見る者の視界を刺すようだった。ここはボスしか出現しない特殊階層。RTA配信では定番の討伐目標。
「ミレイさん、少し下がってください! 次の攻撃、来ます!」
ルナの切羽詰まった声。
ゴーレムの腕がゆっくりと持ち上がる。巨大な質量が軋み、空気が押し潰される。
タンクのルーファが前に出る。衝撃が弾ける。金属音が響き、彼女の体がわずかに沈む。直後、ルナの治癒光が包み込む。魔法職のリザが足元を凍結させ、動きを止める。
そして。
ミレイが飛び込む。
閃光のような斬撃。結晶の核が砕ける。ゴーレムの巨体が崩れ、動きが止まる。
歓声が配信に溢れる。
投げ銭通知が鳴り続ける。
コメントが加速する。
その喧騒の中で、ルナはテキパキと動いていた。アイテムボックスからタオルと飲み物を取り出し、一人ずつに配る。最後にミレイへ差し出す。
「終わりましたね」
NEW
【RTA 02:35:05】
頭上にデカデカとニューレコードとして浮かび上がった。
「世界ランキングに載っているランカーたちは全員一時間以内だからもっと頑張れるわ」
「はい」
配信画面の端に、アンケートウィンドウが現れる。
【今回いちばん活躍しているのは?】
毎回恒例の人気投票。
ミレイは当然、自分が一位になるものだと思っていた。
ダメージトップは自分。
ラストキルも自分。
配信の見せ場も、盛り上げ役も、全部自分。
だが。
結果表示と同時に、彼女の笑みが固まる。
【1位 ルナ 67%】
画面いっぱいに広がる、圧倒的な票差。
:ルナちゃん頑張りすぎ
:この子いなかったら全滅してる
:健気で推せる
:ずっと回復してるの泣ける
コメント欄はルナの賞賛で埋め尽くされていく。
その光景が、ミレイにはひどく不快だった。
喉の奥に、黒い想いがじわりと滲む。
「なんでよ」
拳を握る。
爪が掌に食い込む。
なんで、こんな地味な奴が。
可愛いのは自分だ。
目立っているのも自分だ。
敵を倒しているのも自分だ。
なのに。
どうして視線は、いつも。いつもルナに集まるのか。
「……ふーん」
ミレイはルナを下に見る。
ボス撃破後。
巨大なゴーレムの残骸がアイテムボックスに収納するのも、ルナの仕事だった。攻略完了のエフェクトがダンジョン内に咲き散る。
止まることがない歓声。
投げ銭通知。
祝福コメント。
その喧騒の中で、ミレイはポーチの中に指を滑らせた。
指先が触れたのは、二つの石。
一つは帰還石。
淡い蒼色に光る、見慣れた転移用の宝石。
もう一つは、ほとんど同じ色をした、ランダム転移石。
意図的に似せて作られた悪意の色。
「ルナ、これ持ってて」
ミレイは何でもない顔で石を差し出した。
「え……? ありがとうございます」
ルナは疑いもせず、それを受け取る。
その素直さが、また癇に障った。
ランダム転移の仕様は、誰かがいるフロアへとは飛ばされる。
ミレイの視界の先に映る配信者画面には、全員駆け出しの冒険者の配信しかない。
少し別フロアに飛ばされて、少し困るだけ。ただのドッキリ。
そう思っていた。
少しだけ苦労すればいい。
少しだけ泣けばいい。
少しだけ、自分の方が上だと分かればいい。
その程度のつもりだった。
ルナがミレイの前から消える。
配信画面に残されたサブモニターを見た瞬間、ミレイの背筋を冷たいものが走った。
映っていたのは、ルナ視点配信。
転移直後の荒い息遣い。
揺れる画面。
問題は、そのフロア番号だった。
画面端に表示された数字を見て、ミレイの血の気が引く。
そこには初心者がいるはずのない。
「62階層」
誰も到達したことない未階層。
映像越しでも身がすくむ、息が詰まる。そういう圧倒的な圧がそのフロアにはあった。
:は? 62階?
:ルナちゃぁぁぁ、早く逃げてぇぇぇ!!!
:なんで62階? 死ぬんじゃね
:こればやばば
「……え」
ミレイの喉から、かすれた声が漏れる。
モニターの向こうで、ルナの視界が地面に向かう。
振り返ると、暗闇の奥で、何かが動く。
重く、湿った足音。
地面を削る爪の音。
闇の奥から、二つの光が灯った。
黄色い瞳。
ゆっくりと姿が浮かび上がる。巨大な狼。銀灰の毛並み。地面に沈みこむほどの体重。呼吸のたびに青白く光る息が吐き出される。
「フェンリル……」
ルナの声を押し殺してなお、怯えた声が配信に乗る。
その狼は絵本などに出る空想上の生き物。神狼。口角を吊り上げた。牙が覗く。
まるで、嘲笑うように。
ミレイはようやく悟る。
取り返しのつかないことをしたのだと。
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