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第38話 夕暮れの決意

 校長室に漂っていた重い空気が、わずかに和らいだ。

シュタインルー村での出来事を語り終えたライアンは、深く息を吐く。

足元に置いていた剣――鍛冶師ガラントが作ってくれたものを拾い上げ、そっと刃を撫でた。

その様子を見ていたダリオン先生が、低い声で尋ねる。

 「……その剣は、どこで手に入れた?」


 ライアンは姿勢を正し、再び口を開いた。

 「洞窟の奥で“オルゴナイト”という鉱石を見つけました。

  そのあと、ガラントという鍛冶師に出会って……彼が、この剣を作ってくれたんです」

 

 ダリオン先生は興味深そうに目を細め、静かに頷く。

 「見事な出来だ。……腕のいい職人だな」

その声は厳しさよりも、どこか誇らしげだった。そして、ライアンの新しい剣を見て、

ふと首をかしげた。

 「……ところで、お前。出発の時に学院の剣を持っていったはずだが?」

 

 その言葉に、ライアンは一瞬で血の気が引いた。

 (あ……忘れてた!)

 背筋に冷たい汗が流れる。


 「え、えっと、それはですね……」

 慌てて鞄を探り、底の方から柄だけになった学院の剣を引っ張り出す。

 「その……こう、なりました」

 机の上にそっと置くと、カラン、と情けない音が鳴った。

ダリオン先生は折れた剣を見て眉をひそめた。その表情はどこか厳しい。


 ライアンはごくりと喉を鳴らし、心の中で叫んだ。

 (え、ちょっ……先生、それ父さんが怒るときの顔にそっくりなんだけど!?

  やばい……絶対怒ってるやつだこれ!!)

背中がピンと固まり、思わず声が裏返る。

 「ち、違うんです! ゴブリンの巣を見つけて戦って……

  それに、操られたシグムントとも戦って……!」

 

 必死に弁明するライアンをしばらく見つめたあと、ダリオン先生はふっと小さく笑った。

 「……なるほど。ならば致し方ないな」

 

 その声に張り詰めていた空気が和らぎ、ライアンは心の中で深く息を吐いた。

 (よかった……怒ってなかった……)


 しかし、その隣でアルヴェイン校長が白い髭を撫でながら言葉を継ぐ。

 「ゴブリンの異常発生……おそらく、その“謎の男”が関わっておるな」


 重い言葉が落ち、部屋の空気が再び静まり返った。

校長の言葉に、ライアンは背中に冷たいものが伝うのを感じる。

 

 その時、隣に座るレグナスがわずかに顔を曇らせた。

何か引っかかっているようで、落ち着かない視線を校長に向けていた。

やがて、レグナスは意を決したように口を開いた。


 「その……あの男は、なんでゴブリンなんて大量に発生させてたんでしょうか?」

 問いに、アルヴェイン校長は白い髭に手を添え、思案するように目を伏せた。

しばらく沈黙が続いた後、静かに口を開く。


 「……おそらく、狙いは“オルゴナイト”じゃ」


 「オルゴナイト?」

 レグナスが聞き返すと、アルヴェインはゆっくり頷いた。


 「ライアン君が鉱石を手に入れた瞬間、あの男が現れたと言っておったな?」

 レグナスが頷くと、老人は低く息を吐いた。


 「ならば……やはりそうじゃ。洞窟にゴブリンをばら撒き、冒険者の関心を引く。

  多くの者が足を踏み入れれば、オルゴナイトが探し当てられる確率が上がる。

  そして――見つかったその瞬間に奪い取る」

 淡々と話す校長の声には、背筋を冷たくする現実味があった。

 

 ライアンは思わず背中を震わせる。

 (そんな……わざとあの状況を作ったってこと……?)

 

 ぞっとするほど緻密で、残酷な計画だった。男を侮ってはいけない――そう痛感させられた。

重い沈黙が部屋を覆ったその時、ダリオン先生が軽く咳払いをした。

 「……話はここまでだな。ライアン、お前の屋敷の使用人が来ているぞ」


 「えっ……!」

 ライアンは飛び上がりそうになった。


 ダリオン先生は続けて言った。

 「寮の食堂で待たせてある。お前を迎えに来たと言っていたぞ」


 ライアンは思わず瞬きをした。

 (しまった……今日は帰る日だった!)


 慌てて立ち上がり、校長とダリオン先生を見つめる。

 「す、すみません……先に帰らせてもらってもいいですか?」


 アルヴェインは優しく微笑んだ。

 「もちろんじゃ。帰り道、気を付けるのじゃぞ」

 

 ライアンが礼を述べて立ち上がろうとしたその時――

 「……待ちなさい」

老人は静かに腕を差し出した。握手を求めている――そう理解するには少し間があった。


 「え、あ……はい」

 ライアンは不思議に思いながらも、右手を差し出す。両者の手が触れた瞬間だった。

アルヴェインの表情が、はっきりと強張った。紫の瞳がわずかに震え、老人は息を呑む。

 「……お主は……まさか……」

 呻くような、小さな声。

 (え……? どうしたの……校長先生?)

 

 ライアンの胸に不安が広がる。

だが老人はすぐに咳払いをし、手をそっと放した。

 「……いや、何でもない。帰るがよい、ライアン君」


 その声はいつもと変わらぬ穏やかさだったが、その掌にはまだ微かな震えが残っていた。

ライアンは疑問を抱えたまま、深く頭を下げた。


 「……失礼します。今日は色々ありがとうございました」

  立ち上がると、レグナスが軽く手を挙げる。

 「またあとでな、ライアン」

 

 フィオナも柔らかく微笑んだ。

 「気を付けて帰ってね」


 ダリオン先生は腕を組んだまま、短く頷く。

 「行ってこい。無茶はするなよ」

その声は相変わらず低いが、どこか安心させる温かさがあった。


 ライアンは三人に向けてもう一度頭を下げた。

 「はい、行ってきます」

 

 静かな廊下へと歩き出す。

背後の扉がゆっくり閉まり、重い音を立てて場を区切った。

閉ざされた扉の向こうに、なおも続く謎の気配が残されていることに――

ライアンはまだ気づいていなかった。


 ライアンは速足で自室に戻り、必要な荷物を手早くまとめると、そのまま寮の食堂へ向かった。

今日は屋敷に帰る日だということを、ようやく思い出した。荷物を抱えて寮の廊下を急ぎ足で進む。

胸の奥がざわつく。

 (……遅れたら、またドロテアに何かされる)

その不安が、足を速めていた。

 

 食堂の扉をそっと開けると、窓際の席で本を読んでいる青髪青年の姿が目に入った。

その瞬間、張り詰めていた心が少しだけほどける。


 「……ロニー。お待たせ」

 声をかけると、ロニーはすぐに顔を上げ、ふわりと笑った。


 「久しぶりだな、ライアン。……元気そうで安心したよ」

 立ち上がったロニーが、軽くライアンの頭に手を置く。

 「どうした? なんか表情が曇ってるぞ」

 

 ライアンは目を逸らした。屋敷へ戻るというだけで、胸が重く沈む。

ロニーはその気持ちを深く追及せず、ただ穏やかに微笑んだ。


 「……大丈夫。今日は俺が迎えに来たんだし、帰り道くらいは安心していい」

 

 その言葉に、緊張が少しだけ和らいだ。

ロニーは「行こう」と言い、歩き出す。二人は長い石廊下を並んで歩き、外の馬車停留所へ向かう。

ロニーは歩幅を合わせ、何度も横目でライアンの様子を確かめた。

まるで、不安な弟を支える兄のように。停留所に着くと、ロニーは慣れた動きで荷物を受け取り、

馬車に積み込む。


 その途中、ふとロニーは手を止めた。

 「ライアン……その剣、学院のやつじゃないよな?」


 「あ、これ? シュタインルー村で鍛冶師さんに作ってもらったんだ」


 ロニーは剣に近寄り、刀身へそっと指を伸ばす。

 「すごいな……細工も綺麗だし、重心も悪くない。いい職人が作ったんだな」


 ライアンは誇らしげに胸を張った。

 「オルゴナイトで鍛えてあるんだよ!」

 

 ロニーの指がぴたりと止まった。

表情がほんの一瞬だけ揺らぐ。

 「……鍛冶師の名前、聞いてもいい?」


 「ガラントさん。メリックっていう鍛冶師の子孫なんだって。エルデア王国の」


 「メリック……」

 ロニーは刃をなぞり、どこか遠くを見るように目を細めた。

その横顔にほんのわずかな悲しさが滲む。


 「ロニー? どうかした?」

 問いかけると、ロニーははっとして、いつもの柔らかい笑みに戻った。


 「ん、なんでもない。……さ、乗ろうか」

 ロニーは優しくライアンの背を押した。

その手は決して強くないのに、安心できる温度があった。

ライアンが馬車の御者台に乗り込むと、ロニーも隣に座り、手綱を軽く打ち鳴らす。


 「帰ろう、ライアン」

 夕暮れの光の中、馬車は静かに屋敷へ向けて動き出した。

馬車に揺られながら、ライアンは流れる並木道をぼんやりと見つめ、ひとつ深いため息を吐いた。

隣に座っているロニーが、ちらりと視線を向けて微笑む。


 「……ドロテアのこと考えてるのか?」

 問いかけに、ライアンは小さく頷いた。


 「……またあの女に会わないといけないのかと思うと、ちょっと……」

 声がかすかに震える。

 

 ロニーは手綱を片手に持ち替えながら、少しだけ肩をすくめた。

 「そんなの、適当にあしらっとけばいいんだよ。

  ああいうタイプは、こっちがいい子のふりしてりゃ、勝手に油断するからな」

からかうようなロニーの口調に、ライアンの頬が少し緩む。


 ロニーはさらに茶目っ気を含ませて続けた。

 「そのうち弱点が見えて逃げられるかもしれないし? ほら、作戦ってやつだよ」

 

 暗い顔をしていたライアンも、思わず吹き出した。

 「……ロニーってさ、なんか……どこかの国の宰相みたいだな」

 

 ロニーは一瞬だけ目を丸くし、それから照れたように笑った。

 「宰相ねぇ……そんな立派なもんじゃないさ」

そう言って、そっとライアンの頭を撫でた。

風の音と馬の蹄の響きの中で、その手つきはどこまでも優しかった。

 

 「でもさ、ライアン。ほんとに成長したよな。

  最初は吠えることしかできなかったお前が、今じゃ難しい人間の言葉も、ちゃんと使えてる。

  ……すごいよ」

 

 褒められたライアンは照れくさそうに笑い、膝の上で手を握りしめた。

 「……ありがとう、ロニー。本当に……。森から攫われたとき、何がなんだか分からなくて……怖くて。

  でも、ロニーがいたから……ここまで来られたんだ」


 ロニーは目を細めて頷き、前を向いた。

 「大丈夫。きっとまた森に帰れるよ。……俺もそう思ってる」

 

 その言葉は胸の奥に静かに染み込み、冷えた心を温めた。

姿も言葉も味覚も変えられてしまった――けれど、森の匂いも父狼と母ゴリラの温もりも忘れない。

必ず生き延びて、帰る。ライアンは改めて固く決意した。

そうして語り合う内に、視界の先に大きな屋敷が姿を現した。

高い門が夕闇に沈み、重い影を落としている。

ライアンは深呼吸して、強張った胸を落ち着かせるように門を見つめた。

――そして、静かに開かれようとしている扉の向こうで、彼を待っている者がいた。


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