スピンオフ:フェイ編① ―『勇者なんて柄じゃないので』より―
本編の少し前――
奴隷市場にいた頃のフェイの物語です。
自分だけのご主人様に仕えて必要とされたいと願い、
笑おうとしていた少女が、どのような日々を過ごし、
そして誰かに買われていったのか。そんなお話です。
森の奥に、獣人族が暮らす村があった。
この村には定期的に奴隷商人が訪れ、
若い娘たちは“自分だけのご主人様”に仕えることを夢見て街へと旅立っていく。
仲間の娘たちが目を輝かせて出発の時を迎える中
フェイだけはそっと尻尾を縮めていた。
「……こいつは、ちと厳しいかもな。もう少し痩せてりゃあな」
その言葉を、目の前で言われてしまったからだ。
誰よりもこの日を待ち望んでいたはずなのに――
フェイの胸の奥には、希望よりも不安のほうが大きくなっていた。
『勇者なんて柄じゃないので、
冒険者として奴隷とのんびり暮らすことにしました。』より
スピンオフ:フェイ編①
奴隷市場に着くと奴隷商人が悩みながら
1人ずつ奴隷を金額別の檻に振り分けていった。
「お前はここだ」
フェイは迷いなく最安値の檻に入れられた。
冒険者が檻に近付いてくる度にフェイは檻から手を伸ばした。
「買ってくださいー!」
冒険者は最安値の檻の中で少し悩んだ後に
1人の奴隷を選んでいった。
選ばれたのはフェイではなかった。
それから何人もの冒険者が奴隷を買いに来た。
1人、また1人 最安値の檻からも奴隷が減っていく
気付けば最安値の檻の中には2人の奴隷が残った。
今日も新たな冒険者が奴隷を買いに来た。
フェイは必死に手を伸ばした。
「お前みたいな丸い奴隷なんて買うわけねぇだろ」
冒険者はひどい言葉をフェイに浴びせた。
この世界では細身の奴隷が人気なため
胸の大きいフェイは絶望的に人気がないのだ
「……こいつは、ちと厳しいかもな。もう少し痩せてりゃあな」
その言葉を思い出したフェイの目から涙が溢れた
そして最安値の檻にいる奴隷はフェイだけになった。
今日も冒険者が奴隷市場に来た。
最安値の檻の前で立ち止まってくれたので
フェイは手を伸ばして応えた。
この人は私のことを買ってくれるかもしれない
もう私1人しか残ってないからと期待して必死に手を伸ばす
「へぇ、奴隷商人の旦那ァ・・・これが噂の丸い奴隷ですかァ?」
「ちと厳しいかもなと思ってはいたけどな」
「ヘッヘッヘ・・・」
冒険者は隣の檻へと足を進めていった。
フェイの手から力が抜ける
買ってもらえなかった。というのもあるが
あの人はそもそも私を買う気が無かった
ただ笑いものにしに来ただけだった。
様々な冒険者が奴隷市場へ足を運んでくるが
奴隷を買って満足そうにする冒険者を
そして買ってもらって喜んでいる奴隷を何度も見送った。
「いつか私もご主人様に仕えたい・・・」と願いながら
次の日も、その次の日も
更にその次の日も、フェイは冒険者に手を伸ばし続けた
それでもフェイを買う冒険者は現れなかった
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ある日を堺にフェイを見物しに来る冒険者が増えた。
どうやら誰かが売れ残りの奴隷がいると噂を流したらしい
「これが噂の売れ残りの奴隷ってやつか」
「へっへっへ・・・確かにこりゃ売れねぇな!」
「今日も売れ残ってんじゃねェか」
「マジで売れ残ってんじゃん!」
その日からフェイは手を伸ばすのが怖くなってしまった。
次の日も冒険者は奴隷市場にやってきた。
フェイは・・・手を伸ばす事が出来なかった。
また罵声を浴びせられるかもしれない
冷やかしに来た冒険者かもしれない
そう思うと体の震えが止まらなかった。
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数日後、また1人の冒険者がやってくる
フェイは決心して震える手を精一杯伸ばす
「お願い・・・します・・・
フェイのこと・・・買ってください・・・」
震える声で精一杯冒険者にお願いしたのだ。
「知ってますよ この辺りでは有名な売れ残りでしょう?」
その冒険者が隣の檻の奴隷を買って満足そうに帰ると
フェイは数時間泣き続けた。
そしてその日を堺に冒険者が奴隷市場に来ても
フェイが冒険者に手を伸ばす事は無くなった。
それでも冷やかしに来る冒険者は後を絶たない
「まだ売れ残ってんのか」
「今日も売れ残ってるね」
「これが噂の売れ残った丸い奴隷かぁ」
フェイは涙を流しながら冒険者が去るまで耐え続けた。
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そうして2年が過ぎた頃
1人の冒険者が最安値の檻の前で足を止めた。
冷やかしに来た冒険者だろうと思った。
「家事と料理はできるかい?」
聞き間違えかと思った。でも確かに私に聞いてくれた。
この人は私を買おうとしてくれている
冷やかしなんかじゃないんだ。返事を・・・返事をしないと・・・
なんとか絞り出したかのような声になってしまったけど
「はい・・・」と返事ができた。
この人しかいない。
この人に買ってもらえなかったら
きっと私は誰にも買ってもらえない・・・
そう思うと涙が溢れてくる、でも伝えなきゃ
「家事も料理も頑張るから・・・フェイのこと買ってください・・・」
その人は優しく私の手をとってくれた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
フェイがどんな買われるまでの間、どんな日々を過ごしていたのか、
少しでも感じていただけたなら幸いです。