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ガラクタ倉庫のランプの精は、ランプの中へ戻れない  作者: 碧衣 奈美
第二章 魔性の魔力

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恐怖の意味

 魔物が消えたと知り、魔法使い達は胸をなでおろす。中には、力が抜けて座り込む者もいた。

「大丈夫か」

 そんな魔法使い達に、ハズィランが声をかける。

「ああ……助かったよ、ハズィラン」

「あんな魔物は私達も初めてだ。一時はどうなるかと……」

 魔法使い達は口々に礼を言う。

 魔物の抵抗力が強すぎて、押さえるのも限界にきていたのだ。もう少しハズィランの来るのが遅かったら、と思うとゾッとする。

「それにしても、図書室のあれはひどいな」

 少し離れた場所から見ても、図書室の建物はひどいことになっていた。大きく壁が崩れ、周辺の窓ガラスはほとんど割れている。

 外にいた彼らは知らないが、天井も一部が崩れてるし、本もかなりの数が散乱しているのだ。その本も、多くが床に落ちたことで傷んでしまっているだろう。

「ああ、あんなの、何てことない」

「え……」

 ハズィランが言った途端、図書室の壁にあいた穴がなくなる。元に戻ったのだ。

 どこにもガレキはなく、窓ガラスもヒビ一つない。

 図書室の中では、ルルナとココナが本棚へ戻った本を見て、目を丸くしていた。もちろん、天井も元通り。

「じじぃ……ガーヘンの所にいた頃、弟子達がよく失敗して色んな物を壊してた。それを直してたからな。……俺は修理屋じゃないって何度も言ったんだが」

 泣きつかれると、ガーヘンディッシャンがそばにいようといまいと、ハズィランは弟子が壊した物を元に戻してやっていた。修理屋じゃない、と言いながら、自分からさっさと直していたことは内緒だ。この時代にばらす人間もいない。

 まさかまたこういうことをする日が来るとは、思ってもみなかったが。

「ハズー」

 ルルナとココナが図書室から飛び出して、こちらへ走って来る。

「さっきの、すっごぉい。ねぇ、どうやったの? どういう魔法? あの魔物、どうなったの?」

 ルルナが息を切らせながら、立て続けに質問する。

「あ、それは私達も聞きたい」

 魔法使い達も口々に言い出す。

 あんなに押さえるのに手こずった魔物が消えたり、壊れた建物が一瞬で全て元通りになったのは、どういう力の働きか知りたい、という知識欲だ。

 復元の魔法は自分達にもできるが、あの広範囲を一瞬でなんて絶対にできない。魔力の高さは別として、技術面で模倣できる部分があれば自分のものにしたかった。

 さっきまでの緊迫感は、もうどこにもない。代わりに、さっきの魔物は一体何だったんだ、と生徒達までがわいわいと集まりだして、周囲は賑やかになってくる。

 そんな輪から少し離れた場所で、トイフェールは鏡を握りしめながら静かにその光景を見ていた。

☆☆☆

 外出先から戻って来たギルデント校長には、魔物に対峙していた魔法使い達数名がその日に起きたことを報告をした。

 全てはハズィランが直してしまったので、外見上は何も損害はない。だが、ほとんどの魔法使いと多数の生徒達が見ているので、黙っていてもすぐに校長の耳に入るだろう。

 結局、誰が呼び出してしまった魔物かは不明のままだったが、こういうことがあり、こういう形で解決した、という報告が収束に関わった魔法使い達によってなされた。

「あの……ギルデント校長」

 魔物についての報告が終わり、魔法使い達が退室した後。

 ハズィランに礼を言わねば、とギルデント校長が考えていた時、校長室の扉がノックされた。入って来たのは、司書のメイムだ。

「ああ、今日は大変だったようだね。ケガはしなかったかい?」

「はい、私は何も。ただ、ハズィラン先生のことでお伝えしておきたいことが」

「魔物を退治して、壊れた図書室の壁を直してくれたと報告を受けたが、それ以外に?」

「はい。魔物を退治する前、ハズィラン先生が大ケガをされていました。このことは……」

「ハズィランが?」

 メイムの報告に、ギルデント校長は驚いた。あのハズィランがケガをするなんて、考えられない。

「壁が壊された時、天井も崩れて落ちて来たんです。それで……」

「だが、ハズィランならそれを防げないはずがないと思うのだが……なぜできなかったのだ?」

「魔物が現れる前、鏡に魔力を吸い取られたらしくて倒れてしまったんです」

 ルルナが忘れ物の鏡を持っていて、誰のものか聞いて回っていた。ちょうどハズィランも図書室にいたので尋ねたらどうかとメイムが言い……その後でココナがハズィランが倒れたことを言いに来た。

「私がそこへ行った時、鏡は魔性の魔力を吸い取るなどの性質があることを話すと、ルルナはその鏡の持ち主が、その……」

 メイムの歯切れが悪い。視線も泳ぎ、言っていいものか悩んでいるのがはっきりわかる態度だ。

「トイフェール、かね?」

 思い当たるギルデント校長は、メイムの代わりに名前を出した。

「あ、あの、ルルナがそうつぶやいただけで、確認はできていません」

 確かにトイフェールの私物だということをルルナ達は聞いたが、メイムはそのことを知らない。

「ただ、こういうことがあった、と報告はしておくべきかと思いましたので」

 告げ口をするようで、メイムはかなり悩んだのだ。しかし、ハズィランの倒れ方はやはり異常だったし、その後のケガも黙っている訳にはいかない。

「そうか。ありがとう。言いにくいことを教えてくれたね」

 ギルデント校長が礼を言うと、メイムは校長室を辞した。

 その日はもう時間も遅かったので、ギルデント校長は次の日になってからハズィランの姿を捜す。

 とは言え、ギルデント校長も忙しい身。ハズィランと話ができたのは、彼がその日最後の授業を終えてからだ。

 昨日、魔物を退治し、壊れた建物を修繕してくれたことに礼を言ってから、怪我をしていたらしいが? と尋ねた。

「あ……ちょっと、な」

「きみほどの魔性が怪我をするというのが、私にはどうしても考えられないのだが……何があったのだ?」

「別に。俺がちょっと油断しただけのことだ」

 ハズィランは真相を話そうとしない。

「その時、ルルナとココナもそばにいたと聞いたのだが」

「あ……まぁ、な。でも、あいつらは関係ない」

 やや焦ったような表情になったが、やはり話す気はなさそうだ。

 鏡について尋ねようかとも思ったが、これ以上深く突っ込もうとしても、ハズィランはきっとはぐらかしてしまうだろう。

 だが、怪我を防げないようになるまで魔力を奪われた、という話は聞き流していい内容ではない。

「校長」

 ギルデント校長がどうしたものかと思った時、彼らの姿を見付けたトイフェールがこちらへと来た。

「ハズィランがケガをしたのは、ぼくのせいです」

「お前は関係ないだろ。あれは俺のいた位置が悪かっただけで」

「直接手を出した訳ではありませんが、間接的にそういう状況へ追いやったんですから」

 ギルデント校長に、トイフェールは自分から鏡の話をした。

 何も知らないルルナがその鏡をハズィランに向け、力を失った彼の上に天井が崩れ落ちて負傷してしまった、ということを。

「ルルナとココナにも言いましたが、あの時のあなたに明確な意識があったかどうか知らないので、もう一度言っておきます。昨日はあれ以降、話す機会がありませんでしたから」

 ギルデント校長に話した後、トイフェールはハズィランに向き直る。

「あの鏡はずいぶん前に作った物で、あなたをどうこうしようと思って作った物ではありません。もちろん、ルルナが使うように仕向けた、ということもやっていません」

「ああ、んなことはわかってる」

 ハズィランは面倒くさそうに返事した。

「お前なら、本当にやろうと思ったら真正面から来るだろうからな」

「……」

 トイフェールは真っ直ぐな性格だ。真っ直ぐすぎるから、身内を傷付けた魔性も他の魔性も一括(ひとくく)りにしてしまった。

 しかし、魔性だからと言って、何も知らない他の人間を使って(ほうむ)ろうとはしない、とハズィランは確信に近い考えを持っていた。そんな「魔物が使うような下劣な手段」をトイフェールが使うはずがない、と。

 だから、ハズィランはケガをしたいきさつを、ギルデント校長に話さなかった。

 魔力を失ってガレキを防ぐことができずにケガをした、と話せば、なぜ魔力を失ったのかということになる。ルルナが持って来た鏡で、と答えれば、今その鏡はどこにあるのかと尋ねられるだろう。また、どうやって元に戻ったのか、についても。

 そうなると、鏡はトイフェールが持っている、と答えざるを得ない。

 ルルナやココナに鏡から魔力を戻すことは無理だし、ましてや魔力を失ったハズィランができるはずもないから、これもまたトイフェールが戻したと答えなければならなくなる。

 それらの話を聞いたギルデント校長がトイフェールを問題視することになれば、その方がずっと問題だ。騒ぎになると、後味の悪い思いをすることもあるだろうし、何より面倒。

 なので、ハズィランは話そうとしなかったのだ。

「とにかく、魔法道具を置き忘れてしまったぼくが悪かったんです。申し訳ありませんでした」

「え……?」

 ハズィランが目を丸くして、頭を下げるトイフェールを見た。驚いたのは、ギルデント校長も同じだ。

 トイフェールが魔性のハズィランに頭を下げるなんて、青天の霹靂もいいところ。彼なら「あなたに使おうと思っていた訳ではない」で終わりそうなのに、謝罪の言葉を口にしたのだ。

 今までのトイフェールでは、絶対に考えられなかったこと。

「いや……俺は気にしてないから」

 彼の作った鏡で命を失いかけたが、彼が魔力を戻してくれたから復活できた。

 それでチャラだ。

 ルルナとココナにうるさく言われても、トイフェールが彼女たちの言葉を無視してそのまま放っておけば、ハズィランは確実に死んでいた。それを踏みとどまってくれたのだし、ハズィランとしては何も思うところはない。

 しかし、こうも素直に謝られると、以前やった口論のこともあるし、かなり戸惑う。何を考えているのだろう、と逆に勘ぐってしまいかねない。

「あの時のルルナを見て思ったんです。あなたの何が彼女を惹き付けるんだろうってね。校長もそうですし、他の魔法使い達や生徒も。それに、ルルナが飛び付いた時に見せた、あなたの表情はとても柔らかいものでした」

「……」

 ランプを壊されたことで復活した時も、そうだった。

 まるで親密な相手にするかのように、ハズィランに飛び付いたルルナ。首に手を回し、その手に力を込めて抱き締め……。

 二度もそんなことをされ、二度とも驚いた。ハズィランにあんなことをした人間は、ルルナだけだ。

 妙に気恥ずかしく、だが……同時に嬉しくもあり……。

 その感情が表に出てしまったのか。

「ぼくの目の前にいるのは、一体誰なんだろう。あの時、本気でそう思いましたよ。ぼくは今まで、人間を騙したり傷付けたりする魔物や魔性しか知らなかった。狭い世界しか見てなかった、と気付いたんです。あなたに対する不信感が全てなくなった訳じゃありませんが、これからは見る角度を少し変えて、観察してみようと思います」

「観察……ね」

 微妙な表現に、ハズィランは苦笑する。

「俺は特別なことをしてる訳じゃないぜ」

「それはあなたの主観的な見解でしょう。とにかく、ぼくは決めたんです。観察させてもらいますから」

 トイフェールは自分の言いたいことだけを言って、行ってしまった。

「何が彼の気持ちをあそこまで変えたのか、私にはまだよくわからないが……少なくとも敵視するようなことはもうない、ということかな」

 ハズィランが話さないのなら、ルルナやココナから、最終的にはトイフェールから話を聞かなければならない。

 ギルデント校長はそう考えていたが、どうやらその必要はなさそうだ。

「敵視から観察か。注目されるのは変わらないってことだな」

「だが、これで彼の師匠も少しは安心できるだろう」

 魔物を全く憎まなくなったのではないようだが、トイフェールにすれば大きな変化だ。

「あいつの作る魔法道具、かなりレベルが高いぜ」

「そうなのかね? 話だけで、私は(じか)に見たことはないが」

「鏡に魔力を吸い取られた時……本当に駄目かと思った。情けないよな。千年以上生きてるくせに、この()に及んで死ぬことにビビッて」

「千年と一口に言っても、きみの場合は空白期間が長い。それに、死ぬことが怖いと思うことに、何年生きたなんてことは関係ないと思うがね」

 ギルデント校長の言葉に、そうなのかな、などと思うハズィラン。

「ランプがルルナに壊される直前は、何も思わなかったんだけど」

 むしろ、これである意味解放されるんだな、と思っていた。そのせいか、そこに恐怖はなく。

「それは、きみを取り巻く環境が大きく変わったせいじゃないかね?」

「環境?」

「大切な者が、危険にさらされるかも知れない。きみが感じた怖いという気持ちは、自分がそこからいなくなることで、その大切な誰かが危ない目に遭う可能性に対して……だったんじゃないかな?」

「大切なって……だから、俺は……」

 ハズィランが何か言いかけた時、彼を呼ぶ声がした。

「ハーズィラーン先生」

 聞き慣れた声に、ハズィランはさっきトイフェールが謝った時より、さらに目を丸くしてそちらを見た。声は聞き慣れているが、言葉が聞き慣れない。

「ルルナ……お前、今何て言った?」

 ギルデント校長と立ち話をしているハズィランを見付けて声をかけてきたルルナが、今まで口にしたことのない言葉を確かに口にした。

「ハズィラン先生って」

「お前、どうしてそんな呼び方するんだよ」

 言われたルルナは、きょとんとなる。隣にいるココナも、似たような表情だ。

「だって、ずっと先生って呼べって言ってたじゃない。だから、そう呼んだんでしょ」

「寒いっ。お前が言うと、すっげー寒い」

 言いながら、ハズィランは自分の腕をさする。

「寒いって、何よー。どういう意味? 自分が言えって、さんざん繰り返しておきながら」

「お前がそういう言い方をすると、何か悪(だく)みしてそうな気がする」

 言われた通りにしているのに、ずいぶんな言われ様。もっとも、ルルナもわざと呼んでいる。

「やぁだ、ハズィラン先生ってば。悪巧みって、それは生徒に対してひどいんじゃないの、ハズィラン先生」

 あえて繰り返してみる。

「だから、もういいって。お前は今まで通りの呼び方で許す。先生なんて呼ばなくていい」

 ハズィランは今までと真逆のことを言い出した。

「えー、あたしだけそんな特別扱いしていいの、ハズィラン先生。またえこひいきって言われるわよ、ハズィラン先生」

「やめろっての」

 そう言って、ハズィランはその場から逃げ出した。

「あれ……何だかよくわかんないけど、これってハズにちょっとだけ意地悪できるかしら。待ってよぉ、ハズィラン先生」

 ルルナは面白がって、先を行くハズィランを追った。

「ほんっとーに平和なふたりですね、校長先生」

「全くだ」

 置いて行かれたココナとギルデント校長は、走って行くふたりの後ろ姿を見て笑い合った。

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