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ガラクタ倉庫のランプの精は、ランプの中へ戻れない  作者: 碧衣 奈美
第二章 魔性の魔力

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負傷

「きゃっ」

 ルルナは突然、突き飛ばされた。

 背中に本棚が当たり、目の前に何かが落ちてきて暗くなる。ルルナの頭の上に、固い物が落ちた。バサバサというのは、本が落ちた音だろうか。

 さらには間近で、ガレキが落ちたような重い音がする。

 頭に受けた衝撃のせいもあって自分や周りに何が起きたのかわかりかね、ルルナは呆然となった。

「いったぁ……」

 しばらく頭を押さえていたルルナは、ようやく顔を上げる。目の前には、予想通りに本が散乱していた。さっきの衝撃は、これらの本が頭を直撃したからだ。

 紙の束とは、なんと危険なものだろう。かろうじて角ではなく、面の部分が当たったようだ。それでも、痛さで涙が浮かぶ。

 ルルナはそれまでいた棚の前から、その向かい側の棚に身体を飛ばされ、そのぶつかった衝撃で、本が棚から落ちたらしい。棚は倒れなかったのは、学校が地震対策をしていてくれたおかげだ。

「え……ハズ!」

 ハズィランの上半身は本に、下半身は崩れた天井のガレキに埋まっていた。上半身が本で埋もれているとわかったのは、ハズィランの腕がかろうじて見えたからだ。

 ルルナは急いで駆け寄り、本を取り除く。この際、お行儀よくなんてできず、取り除いた本は遠くへ放り投げた。

「ハズ……ハズ、生きてるっ?」

 もしかして、さっきの衝撃ってハズがあたしを突き飛ばしたから? さっきまであんなにぐったりしてたのに、あたしを突き飛ばすだけの力がまだ残ってたの? だけど……自分は逃げられなかった。やだよ、ハズ。本をのけたら消える、なんてこと、ないよね。

 不安にかられながら本を取り除いていくと、ハズィランの頭や腕が出た。ルルナを突き飛ばした時の勢いだろう、さっきは仰向けだったのがうつ伏せの状態になっている。

 消えてはいなかったが、それで安心はできない。

 ルルナは本の面が当たったが、ハズィランは本の角が当たったようで、額から血が流れている。ここにあるのはかなり厚い本ばかりで、しかもハードカバー。十分、危険物になる。

 しかし、それだけではなさそうだ。ルルナの鼻に、血の臭いが入り込む。額の血くらいではありえない、濃い臭い。

「まさか……」

 ハズィランの上に、かなりたくさんの「さっきまで天井だった」ガレキが乗っていた。

 数は多いが、何とか持てる重さと大きさだ。どうにかそれらをのけたルルナは、ガレキの下敷きになっていたハズィランを見て真っ青になった。

「そんな……」

 ハズィランの左の脇腹が、赤く染まっている。着ている物がすっかり濡れているのでどういう状態かはすぐに見て取れないが、かなり大きな傷を負っているようだ。

 彼が倒れているのは、さっきまでルルナがいた場所。あのままでいれば、ルルナの頭にこのガレキが落ちて大ケガ、最悪だと死んでいる。

「ハズ! あたしの身代わりで死ぬなんて、絶対に許さないからねっ」

 泣きそうな顔で言いながら、ルルナはハズィランに顔を近付ける。

「だ…れが……んな……」


 誰がそんなことするかよ、馬鹿。


 ハズィランはそう言っている。まともに口がきけたなら。

 実際にはほとんど言葉にならず、息がもれたような「音」でしかない。

 ルルナにガレキや本の山から掘り起こされ、傷口が上になるようにどうにか体勢を横に変えられると、ハズィランは手で脇の傷を押さえる。その手がすぐに赤く染まった。

 ルルナは制服のローブを脱ぐと、それを傷口に当てる。腕や足なら縛ることもできるが、脇腹となるとそうもいかない。押さえるだけで精一杯だ。この後、どう対処すれば適切なのかがわからない。

 それから、ふと気付いた。今は脇腹の血に目がいってしまったが、ガレキの下敷きになった足は、腰はどうなのだろう。おかしな方向に曲がっている様子はないが、まったくの無事とは思えなかった。

 さっき、ハズィランの上からガレキを動かす時、かなり重かった。ルルナに持てる大きさばかりだったから何とかなったが、どれもが重くて。

 それらが、小さな山になっていたのだ。低いとは言えない天井からそんな物がたくさん落ちて来て、何ともないとは思えなかった。

 魔性なら平気、ということもあるだろう。しかし、今のハズィランはまともな状態ではないのだ。楽観できない。

 さっきまでさんざん壁を壊していた魔物が、急に悲鳴を上げた。その声に、ルルナはびくっとする。

 何なのよ、もう。今度は何する気?

 入っていた本が崩れ落ちたためにできた棚の空間から、ルルナは魔物の様子を覗いてみた。

 どうやら魔物は図書室の中へ入ろうとして、後ろから何かに引っ張られているようだ。ここからでは見えないが、ようやく集まって来た魔法使い達が何らかの方法で魔物の動きを止めようとしているのだろう。

「ルルナ、大丈夫?」

 メイムの声が聞こえた。魔物が壁を壊すのをやめた(やめさせられた)ので、ようやくこちらへ近付くことができそうだ。しかし、崩れた天井や本が邪魔をして、すぐにはそばへ駆け付けられない。

「メイム先生、ハズがケガしたの。すごく血が出てて……どうしよう……」

 ガレキを踏み越えながらどうにか顔を覗かせたメイムに、ルルナが今度こそ涙声で言った。

「ケガ? ……まぁっ」

 倒れているハズィランを見て、メイムも息を飲む。

「どこをケガしてるの。止血は?」

「左の脇腹。傷口は制服で押さえてる」

「そう。とりあえず、今はそれでいいわ。ルルナ、あなたは治癒魔法、習った?」

「一応……」

 メイムの質問に、ルルナは嫌な予感がした。

「じゃ、その魔法を彼に使うの。少しずつでも構わないわ」

 やっぱり、そうきたかー。

「今は出血さえ止まればいいから。私は他の先生達を呼んで来るわ」

 自分だけでは手に負えないと判断したメイムは、その場を離れた。

「治癒魔法って……」

 授業で習った。しかし、そう頻繁にケガをすることがある訳でなし、練習する機会は少ない。

 水魔法のレベルが上がれば自然に上達するとも言われたが、どっちにしてもルルナはあまり自信がなかった。

 例の、満点を取る、という話で行った実技でも、及第点は取れたが減点が一番多かったのは水魔法だったのだ。

 魔法をかけて傷を治すはずが、ますます傷口を広げたりすることにでもなったら、目も当てられない。見習い魔法使いにとって、慣れない治癒魔法は危険と隣り合わせだ。

「……やってみろ」

「ハズ?」

 さっきよりもさらに苦しげな息の下で、ハズィランがつぶやくように言った。

「実験台になってやるから」

「ちょっと、実験台って何よ」

 言い返そうとして、ルルナは口を閉ざした。

 今はこんな言い合いをしている時ではない。それ以前に、ハズィランはまともな会話も難しい状態だ。

 この傷を完治させるのは、今のルルナのレベルでは絶対に無理。しかし、メイムが言ったように、出血しないようにするくらいなら何とかできるはずだ。

 ここであたしがもたもたしていたら、例えばここにいるのが子どもとか身体の弱い人だったりしたら、死んでしまうかも知れない。あたしの目の前で。ハズだって……魔性だからって言っても、今はひどく弱っているから絶対に死なないなんて言えないんだわ。

「ハズ、やるからね」

 ルルナの声に、目を閉じたままのハズィランはかすかにうなずいた。

 焦らないで。確実に最後まで唱えれば、魔法はちゃんと発動するんだから。この前の補習で、ハズにさんざん言われたんだもん、そこを意識すれば……。ちゃんとできなかったら、今度は三倍の補習にされちゃうよね。

 ちゃんとできなかったら補習さえもしてもらえない……ということは考えない。

 一つ大きく深呼吸し、ゆっくりとルルナが呪文を唱える。少しすると、ハズィランは傷口が温かい何かに覆われる感触を覚えた。傷口がふさがってゆく、とまではいかないが、薄い膜が張られてゆくような。

 ハズィランが思っていたより、ルルナの魔法は効いている。

 しかし、ハズィランの傷はかなり広範囲だ。ルルナの力では、その薄い膜を傷全体に張れるかも怪しい。

 やばいな。魔力を抜かれた上に、かなり血が流れた。冗談抜きで、まずいかも。

 意識が途切れそうになる間隔が、さっきよりずっと短くなってきていた。自分自身をつなぎ止めようとして、すぐに手放しそうになってしまう。

 痛みが時々消える気がするが、これはルルナの魔法が効いている訳じゃない。麻痺しているのだ。

 そのことがさらに、ハズィランの不安をあおった。

 何だ、これは……。胸騒ぎ? 少し違うような気がする。これは……もしかして、死に対する恐怖ってやつか?

 ランプから解放される直前。ほとんどの魔力を使い果たし、意識をまともに保っていられなくなった。あの時、ルルナがランプを壊して魔力が身体に流れ込まなければ、ハズィランは消えていただろう。

 だが、自分がそうなるだろうとわかっていても、その時のハズィランは恐怖を感じなかった。

 あの時と似たような状況なのに、どうして俺は今、恐怖を感じているんだ?

「っつ……」

「な、何? あたし、何か失敗した?」

「いや……お前じゃない」

「本当に?」

 ハズィランが顔をしかめたのを見て、ルルナは今まで経験したことがない程の恐怖を覚えた。

 この魔法は、普段使っている魔法とは違い、失敗して「あーあ」と言って済むようなものではないのだ。失敗したら、命に関わってくる。

 なるたけそのことは考えないようにしていても、やはり苦しげな顔をされると、手が震える。

「ルルナ!」

 聞き慣れた声が聞こえた。ココナの声だ。通常の入口からではなく、別の方から聞こえた気がする。

 魔物が入口近くにいたので、ココナは裏口から入って来ていたのだ。と言っても、裏口の戸は鍵がかけられている。なので、その近くの開いてる窓から入った。

「ココナァ……」

 ココナの呼びかけに応えようと、ルルナが声を出した。その声が自分で思っている以上に心細げに聞こえ、改めて自分が不安に押しつぶされそうなことに気付かされる。気付いてしまうと、ますます怖くなって。

 ぽっちゃりでどちらかと言えば運動神経の鈍いメイムとは違い、ココナは身軽にガレキの上を飛び越え、ルルナ達のいる方へと来た。

 この際、本を踏んではいけない、なんて一般常識は無視する。今は緊急事態で、友情第一だ。

「図書室のすぐ外で、メイム先生に会ったわ。ハズィランのことは聞いたけど、ルルナはケガしてないの?」

「うん、本が頭に当たったけど……たぶん、コブができてるくらい」

 ルルナの言葉に、ココナはほっとした。他に擦り傷があったとしても、深刻さは知れている。

「ごめん。魔物が図書室の方へ向かってるのを見て、慌てて戻って来ちゃった。メイム先生が、他の誰かを呼んで来てくれると思うわ」

「うん……」

 何とかしてくれそうな人を呼びに行ったココナだが、むしろ戻って来てくれてルルナは嬉しかった。

 今の状況を変えられる訳ではないが、ココナがそばにいてくれるだけでかなり気分が楽になる。一人でいるのと、そうでないのとでは、精神的にもずいぶん違うものだ。こんなに誰かの存在がありがたいと思ったことはない。

「天井が崩れて……ハズがかばってくれたの。治癒魔法をかけてたんだけど、どこまでうまくできてるか、よくわかんない」

 服の上から治癒魔法をかけた。だから、傷口が今はどんな状態なのかを目で確認できない。……正直言って、確認したくなかった。

 傷の具合を見るのが怖い。どれだけひどいのか。治癒魔法でどれだけふさげたのか。

「ルルナ、ココナ。いるのか」

 また声が聞こえた。トイフェールだ。

「こっちにいます」

 ココナが答えた。

「図書室を出て最初に会ったのが、トイフェール先生だったの。それからすぐ、魔物を見てこっちへ走ったから」

 魔物がいる方へ走る生徒を、トイフェールも放っておけなかった。ココナより少し遅れて図書室へ入って来る。見えなかったが、ココナと同じルートで入って来たのだろう。

「ルルナ、無事なのか」

 魔物が壁を壊しているのは見えていたので、ルルナがここにいることを聞かされたトイフェールは最初にそう尋ねた。こういう点では、彼も普通の優しい先生なのだ。

 しかし、ルルナはトイフェールの問いには答えず、逆に聞き返した。

「……トイフェール先生、何したの」

「え?」

 涙をいっぱいためた目でルルナにいきなり睨まれ、トイフェールは戸惑った。

「何って……?」

 トイフェールがこう返すのも当然だ。ルルナの言葉の意味が、わかりかねた。

 自分に向けられた、その非難めいた視線の理由も。

 まさかルルナは、こんな事態を引き起こしたのが私だと思っているのか?

 ルルナの様子に、トイフェールはそんなことを考えた。そうでなければ「何をしたのか」という質問が出て来るとは思えない。

 何をどう考えればトイフェールの責任になるのかわからないが、ルルナがそんな風に思っているのなら完全に誤解だ。

「あの鏡、先生のじゃないの」

「鏡?」

 ルルナの態度は、どうやらトイフェールが考えた理由とは違うらしい。

 トイフェールがルルナの差す方を見ると、ガレキの間に小さな鏡が見えた。偶然の重なりで、鏡の上には崩れた天井も本も落ちてなかったのだ。

「あれは……」

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